第13話 カフェオレと君と

 それは,大雨の日曜日のことだった。


 今日はバイトもないし,こんな天気だから出かける気分でもない。

 明日は全校集会とHRだけ。

 明後日からは夏休みが始まる。

 僕は一日,夏休みの宿題を前倒しで取り組んだ。

 そして,夕食の準備でもしようと冷蔵庫の中を漁っていた時。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴る。

 友達と約束もしていないし,他に僕を訪ねて来る人なんて智子先生くらいしかいない。

 まさか実家に僕の居場所がバレた?

 しかし今は事業の拡大で,僕になんか構っている暇はないはず。

 いろいろな可能性を考えつつ,インターホンのモニターをのぞき込む。


 そこには見慣れた金髪の女の子がいた。




「まどかさん・・・どうしたの?」

 慌ててドアを開けると,びしょ濡れのまどかさんがいた。

「・・・家出,してきちゃいました」

「え?」

 物騒なことを言う。

「とにかく上がって。今,タオル持ってくるから」


 まどかさんにタオルを渡す。

「お風呂入れるから待ってて。このままじゃ風邪引いちゃう」

「はい・・・」

 風呂は昨日の残り湯があるから沸かし直しでいい。

 バスタオルと,着替えは・・・僕のスウェットでいいか。


「すぐ沸くからね」

「はい・・・」

 彼女はガタガタと震えている。

「今,温かいものでも入れるよ」

「はい・・・」


 夕方に煎れたコーヒーを温め直す。

 牛乳をミルクパンに注いで温める。

「カフェオレでいい?」

「ありがとうございます・・・」

 カフェオレは二人分。

「どうぞ」

「いただきます・・・」

 彼女はカフェオレを一口飲むとホッと一息ついて俯いた。


「・・・何があったか,聞いてもいい?」

「・・・」

 まどかさんはしばらく黙っていたが,やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「・・・実は,前に両親に自分の気持ちをぶつけたのですが」

「言ってたね」

「それから,すっと両親とは口をきいてなかったんです」

「うん」

「それが,今日になっていきなり見合い写真を渡されて・・・」

「・・・それで?」

「父の会社の,取引先の社長の息子さんだったんですが・・・」

「うん」

「家柄も学歴も申し分ないから,婚約しろと・・・」

「それで,また喧嘩になった?」

「はい。だって・・・」

 まどかさんはポロポロと大粒の涙を流し始める

「だってっ!私は聡二君が好きなのにっ!」


「まどかさん・・・」

「私はっ!好きな人と結ばれたいっ!家柄とかっ,学歴とかっ!そんなのっ!」

「・・・」

「・・・そんなのどうだっていい」

 彼女の涙は溢れて溢れて止まらない。

「私の人生は,私だけのもの・・・。進路も,結婚も自分で決めたいのに・・・」

 彼女は肩を震わせて泣いている。

 僕が掛けられる言葉は何だろう?

 僕は・・・。




「・・・まどかさんは『笹宮本家の跡取り娘』だもんね」

「・・・っ」

「僕なんかに拘るより,両親の言う通りにした方がいいじゃないか?お相手は申し分ない人なんだろう?」

 自分でも,何て冷たいことを言っているだろうと思う。

「僕なんかと比べなくても,いい縁談じゃないか」


 まどかさんはキッと顔を上げた。

「・・・本気で言ってますか?」

「・・・本気だ」

「なんで,そんなこと,言うんですか?」

「僕と結ばれても幸せになれない」

「本当に,そう,思っているんですか?」

「・・・本当だ。僕は,君に不幸になって欲しくはない」


 ああ,言ってしまった。

 君は僕のことを好きと言ってくれた。

 僕は君のことを好きなのか,今は正直分からない。

 しかも,僕と結ばれることは,僕の不幸を一緒に背負い込むことになる。

 これで,いい。

 これでいいんだ。

 きっと僕に落胆して,諦めてくれるだろう。

 それでいい。


「・・・私の幸せは私が決めます!」


まどかさんは強い口調でそう言い放った。


「僕なんかって言わないで下さい!私は聡二君が,あなたが好きなんです!わたしをの好きな人を悪く言うのはやめて下さい!たとえ本人であっても,許せませんっ!」

「まどか,さん・・・」

「私は,あなたの過去も,境遇も知っていまいました!でも,それでも私は,あなたを選んだんです!」

 何て強い。

「私はっ!それを否定されるのは嫌です!たとえ両親にだって,真里花だって,友達だって!」

 何て眩しい。

「あなたにだって,それを否定はさせません!」

 何て愛しい。




「・・・ごめん」

「謝らないでっ!」

 まどかさんが僕の胸に飛び込む。

「ごめ・・・」

「謝らないで!そう約束したでしょっ!」

「でも,僕は・・・」

「謝るなっ!」

 僕の胸の中で泣きじゃくる彼女。


 ああ,そうか。

 僕は。


「謝ら・・・ない,で・・・」


 僕は,君のことが・・・。


「『ありがとう』」

「・・・聡二,君?」

 顔を上げる彼女。


 僕は笑えているのだろうか。

 泣いているのだろうか。


「僕を好きなってくれて『ありがとう』」

「聡二・・・君」


「僕も,君が,好きだ」


「あ・・・」

 見つめ合う。

 自然と顔が近付く。

 互いの唇が,近付いていく・・・。


 ピピピピッ!


「お風呂,沸いたようだね」

「もうっ・・・」

 口を尖らせてむくれる彼女。

「まずは,温まってきて」

「・・・うん」

 顔を見合わせて,クスリと笑い合う。

「脱いだ服は洗濯機に入れておけば,乾燥まで自動だから」

「はーい」

「着替えは用意してある。下着は・・・その」

「大丈夫ですっ」


 顔を真っ赤にして立ち上がり,脱衣場へ向かおうとする彼女に向かって言う。

「・・・お風呂から上がったら,『これから』の話をしよう」

「・・・!」

 目を大きく見開いて,そして満面の笑顔を見せてくれる。

「はいっ!」




 ・・・ああ,本当に。


 僕は君のことが。




 好きなんだ。

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