閑話 桜真里花の初恋~その4~

「驚いたわ・・・」

 興信所から送られてきたレポートを読んで私は絶句した。


 まどかと彼がデートをした夜。

 デートの首尾はどうだったか電話で話した。

 自分の気持ちを伝えただの,あーんしてもらったタルトが美味しかっただの,惚気話を散々聞かされてうんざりした。


 でも,最後にまどかはでこう言った。

『真里花の力を借りるかもしれない』


 おそらく笹宮本家の後継問題についてだろう。

 かつて私もそうだったように,彼女も親の決めた縁談相手と結婚するしかない。

 まだ相手は決まってないだろうから,そこに楢崎君をねじ込む?


 でも,楢崎君の素性は分からない。


 一人暮らしをしていること,喫茶店でバイトをしていることは知っている。

 どう考えても,家柄が笹宮本家と釣り合うとは思えない。

 それにまどかが彼のことを話すとき,何か大きな問題を隠しているのが分かってしまった。


 楢崎誠二は何者なのか。


 私はまどかには内緒で,父の知り合いの興信所に依頼して,彼の身辺情報を調査させた。

 1週間掛かったが,レポートには彼の生い立ちが詳細に書かれていた。




「まさか韮川温泉グループの御曹司だったとは・・・」


 韮川温泉グループ。

 私でも知っている業界大手の大チェーン。

 韮川温泉の老舗旅館,韮川荘を中心に,全校各地で旅館やホテルを経営している。

 総資産で考えれば,おそらく笹宮本家,いや分家を含む笹宮一族をも上回るだろう。

 確かに家柄としては申し分ない。

 しかし,その後に続く彼の生育歴に言葉を失った。




「兄である長男は失踪。祖父の遺産は全て次男聡二か相続・・・」

 そして。

「先代の祖父で聡一郎氏の死後,当代の父親,晃助氏の後妻にグループの経営を乗っ取られる?」

 さらに。

「後妻に虐待され,児童相談所に保護されること12回・・・?」

 ありえない。

 いや,あり得ない話でもないか。

 韮川温泉グループの財界に与える影響力を考えれば,児相も手をこまねいてしまうことも十分考えられる。

 先妻,つまり彼の実母の従姉妹である,我が校の教師,宗宮智子先生の働きで,何とか家を出ることができた・・・。

 あまりにも情報量が多すぎる。


「はあ・・・」

 レポートを読み終えた私は,ため息をつくことしかできなかった。


 楢崎聡二。

 彼の背景にある大きな『闇』。

 まどかはその『闇』と戦う気なんだ。


 私に手伝えることがある?

 たとえ笹宮分家,桜家の長女であっても,所詮私はまだ15歳の小娘だ。


「まどか,あなたの『初恋』はなんて・・・」


 ううん。

 嘆いているだけじゃ何も解決しない。

 私の『初恋』は叶うものではなかったけど,まどかの『初恋』だけは。

 それだけは,何としてでも成就させたい。




 私は,そのためだったら,何だってする。

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