第11話 ブレンドと木イチゴのタルト

「美味しい?」

「美味しいです!」

 オレンジタルトをニコニコしながら食べる彼女に聞いてみた。


「生のオレンジを使ってるのに,えぐみがなくて!タルト生地もサクサクしてて最高です!」

「お気に召して良かったよ」

「さすが聡二君のオススメです!」

「前から気になってたんだけどこの店。ちょっと男一人では入りづらくて」

「・・・え?」

 笹・・・まどかさんの手が止まる。

「じゃ,じゃあ,このオレンジタルト,食べたことないんですか?」

「うん」

「・・・」

「?」

「分かりました!」


 何が?と聞こうとしたら,彼女がタルトを一切れフォークに刺して,僕に差し出した。

「こ,これは・・・?」

「あ~ん,です」

「いやいや」

「あ~ん,です!」

「・・・」

 耳まで真っ赤になるならやらなきゃいいのに・・・。

「・・・分かったよ。あーん」

 パクリとそれを口にした。

 オレンジの甘みが口に広がり,香りが鼻腔をくすぐる。

「・・・美味しい,ですか?」

「・・・うん。評判通り,だね」

 こっちも顔が熱くなる。


「・・・私も,木イチゴのタルト,気になります」

「食べてみる?」

 食べかけのタルトの皿を,彼女に差し出す。

「ううう・・・」

 彼女にジト目で睨まれた。

 やっぱりやるしかないのか!

「・・・分かったよ。はい,あーん」

「・・・あ~ん」

 僕が差し出したタルトをパクリと咥えると,彼女は一瞬だけ笑顔になった。

 そう,一瞬だけ。

 すぐに赤面して俯いたから。


「・・・聞いてみたかったことがあるんだけど」

「何ですか?」

 すっかりぬるくなったブレンドをちびちび飲みながら,彼女に話しかけた。

「いつから僕を好きになってくれたの?」

「・・・多分,初めて,カフェオレを,いただいた,時,です」

 言葉を句切りながら,一言一言丁寧に話す彼女。

「そんな前から?」

「その時は,自分の気持ちが,どういうものなのか,分かりませんでした・・・」

「うん」

「初めてお店に行ったとき,アップルパイをいただきましたよね」

「ああ,そうだった・・・ね」

「マスターの作られたアップルパイを食べたとき,聡二君の目標が,こんなに高くて険しいものだと驚愕しました」

「そんなこと考えてたんだ・・・」

「だから私は,聡二君の力になりたいって思ったんです」

「え・・・?」

「なんでそんなこと思ったのか,正直今でも分かりません・・・」


「だから調理実習の班に誘ってくれたんだ?」

「そうです。短くても一緒の時間を過ごせたら,聡二君のそばにいられたら,そんなこと考えてました」

「そう,だったんだ」

「仁美ちゃんも,大川君も,聡二君と仲良くしてくれると思ったし,真里花は・・・ちょっと心配でしたけれど」

「心配?」

「聡二君のこと好きになっちゃうかもって・・・」

「そんな。あり得ないでしょ?」

「真里花は幼い頃からの幼馴染みです。親戚でもあります。彼女の理想のタイプぐらい,お見通しです」

「・・・それは,光栄,と言えばいいのかな?」

「さあ?」

 二人でクスリと笑い合う。


「・・・『聡二君のことが好き』と自覚したのは,あなたの家で出来たてのカフェオレをいただいたときです」

「どういうこと?」

「理屈とか,そういうのは分かりません。ただ,自分がそれまでに抱えていた『想い」の,答え合わせが出来たような気がしたんです」

「そっか・・・」

「そのあとは,予想外の出来事ばかりでした」

「予想外?」

「聡二君が作ってくれたアップルフィリング?あれはカフェのアップルパイの味にかなり近かったですよね?」

「まあ,研究したからね。隠し味が醤油ってところまでは分かったし」

「醤油?・・・そうだったんですか!」

「うん」

「・・・ただ,その時気付いちゃったんです」

「何を?」

「『聡二君の力になりたい』なんて,なんておこがましい考えだったのだろうと」

「・・・?」

「聡二君は,私の力などなくても,一人で高みに登れる。たくさんの人に愛される」

「愛される?」

「あの後,すごくモテたじゃないですか!」

「ははっ」

「・・・でも,大川君が勉強会の話をしたとき,すごく後悔したんです」

「後悔?」

「私の,思い上がった行動で,聡二君の穏やかな日常を,壊してしまったんじゃないかって・・・」

「・・・だから,『謝った』?」

「はい。それがあなたにとって,どれだけひどい仕打ちだったのか,知りもせずに・・・」

 なるほど。


「・・・まどかさんは『どこまで』知ってるの?」

「!」

 彼女の顔が驚愕の表情で固まる。




 僕が,本当に聞きたかったのは,そのことだった。

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