第二章 カフェオレと僕の物語
第9話 カフェオレとオレンジタルト
「聡二君,お昼を食べましょう!」
4時限目の古文の授業を,眠気と闘いながら終えた僕の前に立つクラスメイトの女の子。
笹宮まどかさん。
才色兼備を絵に描いたような人。
祖母譲りの金髪と白い肌。
夏服のYシャツは,丸みを帯びた肢体を隠すことが出来ない。
成績もトップクラス。
いや,入学試験では首席だったし,先日終わった中間考査でも1位だった。
ちなみに運動は得意ではないらしいが,そんなにいうほど悪くない。
そんな彼女が。
「今日のお弁当は和風にしてみました!」
毎日僕の弁当を作ってくれていた。
事の起こりは中間考査を終えた次の日に遡る。
「聡二って,いつも購買のパンだよなあ」
いつものように学食で5人で昼食を食べているときに拓也がポツリと言った。
「楢崎君,お菓子作り上手なんだから,お弁当ぐらい作れるでしょ?」
君島さんが聞いてくる。
「もしかして料理は苦手なんですか?」
桜さんも聞いてくる。
うん。
もっともな疑問だ。
「いや,軽食ぐらいなら作れるよ。喫茶店で出てくるようなやつなら」
「じゃあ,なんで弁当作んないんだよ」
「・・・」
言い辛い。
「・・・何か,事情があるの?」
笹宮さんが心配そうに聞いてくる。
「苦手なんだ・・・」
「苦手?」
「・・・早起きが」
そう。
僕は早起きが苦手だ。
いつも登校時間に間に合うギリギリの時間まで寝ている。
なので朝はゼリー飲料で大体済ませている。
「分かりました。明日から,聡二君のお弁当は私が用意します!」
笹宮さんが拳をぐっと握る。
なんかスイッチが入ったようだ。
「・・・ところでさ。試験前から気になっていたんだけど,なんで笹宮さん,聡二のこと名前で呼ぶようになったんだ?」
拓也にとって,最大の謎はそこらしい。
いや,僕も疑問に思ってたけど。
「・・・?だって,私,聡二君のことが好きだからですよ?」
何でもないことのようにさらっと言う。
学食は阿鼻叫喚の嵐に包まれた。
時は現在に戻る。
「こんだけ尽くしてもらって,聡二は笹宮さんのこと何とも思わないのかよ?」
拓也に正論をぶつけられる。
「いや,僕は・・・」
「いいんです,大川君。私が好きでやっていることですから」
「まどまどはそれでいいの?」
『まどまど』とは,君島さんが付けたあだ名だ。
「今は,いいんです」
『今は』か・・・。
「私としては,楢崎君の煮え切らない態度はイライラするけれど,こういうのは焦って結論出してもよくことないと思うし」
笹宮さんの一番の親友である桜さんにとっては,心底面白くない話だろう。
「で,今日のお弁当はいかがですか?」
笹宮さんの作ってくれたお弁当は,サワラの麹漬けをメインに,卵焼き,キンピラゴボウ,ほうれん草のおひたしと,目にも鮮やかでバランスの良いメニューになっている。
味も絶品で,僕の実家の旅館で出しても問題ないレベルだ。
ただ・・・。
「・・・とても美味しいです。でも,桜でんぶでハートマークを掻くのは勘弁して下さい」
「お断りします!」
恥ずかしい。
僕達が喧嘩したあの夜から,笹宮さんの態度が一変した。
笹宮さんを送るとき,早い時間にかかわらず,お店はもう閉店していた。
多分,マスターと陽子さんと笹宮さんで大切な話をしたんだろう。
二人は僕の過去は詳しく知らないはずだから,どんな話をしたのか想像もつかない。
それとなく聞いてみても,やんわりと話をそらされる。
でも。
あの日から笹宮さんは『謝る』と言うことをやめた。
僕もだけど。
そのかわり・・・。
「聡二君は,私に言うべき言葉があります!」
「・・・『ありがとう』」
「よく出来ました!}
『ありがとう』を伝え合って,もっと仲良くなろう。
いざ実践してみると,恥ずかしいことこの上ない。
「こんだけイチャイチャしていて,まだ付き合ってないってのが驚きだよ」
拓也, それは分からないでもない。
ただ僕は『好き』という感情が,どんなものなのかが分からないんだ。
「せめて,デートぐらい誘ってあげたら?」
「デート!?」
桜さんの意見に,笹宮さんが食いつく。
「デート・・・って,何すればいいの?」
「「「・・・」」」
僕の言葉に3人は唖然とする。
「・・・そ,そりゃ,まあ,なあ?」
「・・・あたしと拓也なら映画館とかテーマパークとか行くけど,何か楢崎君はそういう感じじゃないと思うな」
確かに。
「だったらカフェに連れてってあげたら?」
「カフェ?」
「楢崎君なら『Cafe Carrot』以外にも素敵なお店,知ってるでしょう?服でも何でもいいからお買い物して,オシャレなカフェで一休み。初めてのデーとっしては及第点でしょう?」
桜さんの提案に,頭の中にいくつか候補が上がる。
笹宮さんは目をキラキラさせながら,僕の言葉を待っている。
「・・・笹宮さん」
「はい!」
「・・・オレンジタルトは好き?」
「好き!」
こうして初デートの行き先が決まった。
桜さんに感謝だ。
「あ。あとデート中は,まどかのこと名前で呼んであげてね?」
やっぱり感謝は取り消しだ!
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