第10話 第三の不幸
おかしいと思ったのよ、私だけ楔の世話をさせられて……次期当主であるはずの私が! 一体何のために手を汚してまで、あの子を
あまつさえ私を始末しようだなんていうのなら、こちらにだって考えがある。
この家の存続が一体誰に懸かっているのか、それを思い知らせてやる………。
§
純の家は状況が状況なのですぐに見つかった。……でも、状況が状況だから警察の人が立って不審な人物が入っていかないよう警戒している。放火は罪が重いって、校長先生も言ってたもんね。この感じじゃ入れてくれなさそう。
遺留品?っていうのかな、そういうものとして回収されてるかどうかだけでも教えてもらえないかなと思って聞いてみたけど、だめだった。仕方がないので「もし見つかって、可能であれば純一くんの彼女に渡してほしい」って言伝だけはしておく。多分無理だと思うけどねえ、だって。世の中ってどうしてこうもハッピーから程遠いんだろう、とがっかりしてしまうけど、行きのバスで出会った幼子を思い返してぶんぶんと首を振った。未来を作る私たちがこの世界を重ね塗りしていく中で、先を行くお姉さんが悲しい色を塗っていてはいけない。魔法戦士のように明るく希望になれる人にならなきゃ。きっといつかは琴の心のひとかけら、見つけられるよね! 大丈夫。人生は長いんだし、……――。
おとうさんのところに いこうね。
「――?」
………あれ? いま私、何考えてたっけ……。
ま、いっか! 忘れちゃったってことはきっと大したことじゃないもんね!
帰りのバスに乗り込んだとき、時刻はまだ十時にもなっていなかった。煉に送ったメッセージの返信を確認すると、「お前はこなくていい」「今どこにいる? 学校行け」……だってさ。煉こそどうなのよ。
お母さんは無事?と送ってスマホを閉じる。バスに揺られながら、煉って普段どんな生活してるのかな、みたいなことを想像した。いつもこんな風に魔祓いのお仕事してたら学校どころじゃなさそう。あ、でもこのブレスレットって結構難しい案件なんだっけ。じゃあ今回が特別なのかな。
それから、お母さんのことも考える。家に帰らない日、お母さんてどこで寝泊まりしているんだろう。叔父さんの家に泊まってる日もあるみたいだけど、それ以外は知らない。私は知らないのに煉は知ってるのって変なかんじだ。次に会ったら教えてもらおうかな。でも、知らないままでいてあげたほうがいいかな……。
やがて自宅の最寄りのバス停に到着して、降車する。降りたところで携帯を開くと返信があった。「今どこにいる」やばい、どっちも質問に答えてなくてバトルみたいになってるじゃん。家の近くのバス停、と返して、お母さんは?と追って送る。そしたら、こう返ってきた。
『家に帰るな 人通りの多い道へ』
なにそれ、と思っていたら追加で受信する。
『母親が消えた 家に帰るな』
………なにそれ。妙に念入りな警告に私も身構える。わかんないけど、人通りの多い道へ行けばいいのかな。っていうとこの通りが一番いいと思うんだけど、それでどうしろっていうんだろう。
「柚実」
ふと呼ばれて振り返って、どきりとした。
「お母さん、?」
あれ、お母さんってこんな顔してたっけ……? なんだかちぐはぐな印象を受けるのは髪を下ろしているからだろうか。それとも。
きゃあ、と悲鳴が上がる。ざわめきだす人々の中心に私たちは立っている。
「柚実なら、私のこと、苦しめないでいてくれるよね」
まるで昔のお母さんに戻ったような口調。きらめく刃。ああ、包丁を持っているのが珍しいのかも。こんな往来で――どうして、そんなもの。
「おやすみ、私のかわいい柚実」
その切先は真っ直ぐ私に向けられていた。そしてこれは、初めての光景ではないことを思い出す。ずっと昔、そう、お父さんが死んだあの血溜まりの中でこの人は私に刃を振おうとした。
それがもう一度果たされようとしているのだと分かったときにはもう遅くて、彼女は確かに、私の腹に包丁を突き立てていた。
§
あの母親ならやりかねない、と思っていた。
遊李夜の者はその家業の性質上、探偵業の真似事のようなこともする。それで煉は柚実の母親の素性も、普段の行動範囲も知っていた。家に帰らない日は実家を含む身内の家か、職場の近くのビジネスホテルで寝泊まりしていること、下の娘、瑠璃香にはひどく固執している節がある一方で柚実に対してはその存在を憎々しいものと捉えているようであること、そして
煉は柚実の家に向かっていたが、文月瑠璃香を護身していた弟からの連絡があり、行き先を病院に変えた。母親――金井穂乃果が柚実を刺傷したという連絡を受け、瑠璃香も病院に向かっているらしい。
(くそ……)
また後手に回った。しかも経過としては最悪の形だ。これは柚実に伝えてはいないが、ブレスレットの不幸は十二あると伝えられている。まだ儀礼の途中であるはずだから死に至ることはないだろうけれども、畏怖を植え付けられるには十分すぎる。麻木琴の事故で一時的な心神喪失に陥ってたことも考えると、柚実は間違いなく、過去の事件をトラウマとして抱えているというのに。
「滅多刺し、にしようとしたところを通行人が止めたんだってさ」
病院に到着し、弟の
「妹の様子は」
「いつも通り。金井家の調査終わったけど、聞く?」
沙姫は十一歳だが、すでに遊李夜の血族として十分な仕事をしている。「頼む」「オッケー」
柚実の母親、を称している女と、文月瑠璃香。彼女たちはそもそも、ブレスレットとは関係のない超常的な力を纏っている。つまり金井家は少なくとも、霊能力家系である可能性が高かった。ブレスレットを奪って捨てたのも、それ自体に悪魔的な儀礼の力があると気づいたからに違いない。しかし儀礼から娘を守るためにそうしたのだとは普段の様子から考えにくかった。であれば彼女は、畏れたはずだ。
動機が果たしてそれなのかはわからない。けれども、ブレスレットの作用によって起こした行動には違いなかった。――彼女が先ほど不可解な錯乱とともに、ひとりを縊り殺したそのときから。
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