【短編】旋盤女子高生

松下一成

第1話 ホムセン娘

「あの、洗剤はどこでしょうか?」


「ああ、それなら5番レーンにありますね、案内しますよ」


私、「滝沢あおい」(高1)は近所のホームセンターでバイトを始めた。


 自分から何かをやりたいと母親に言ったのはこれが初めて。今まで気を使って我慢していたのだけれど、高校生になったことを皮切りにバイトを始めた。


 理由として並べ立てたのは欲しい服があるとか、夏休みに友達と遊びに行きたいとか、そういう高校1年の女子が思いつくようなやつ。


けれど実際の目的はそれじゃない、私にはやりたいことがあったから。そのため。


 私の家は気が付いたときには母子家庭で、両親は幼いころに離婚し母親に引き取られた。顔もろくに覚えていない父親は離婚後、どこかに行ってしまったらしい。


〝らしい〟というのも母があまり父のことを話さないのでよくわかっていない。


 そして離婚後は母の実家に住むようになった。母が仕事で忙しいのもあって、実質的にはおじいちゃん、おばあちゃんが面倒をよく見てくれていた。


 おじいちゃんは一代で始めた鉄工所の所長。従業員さんは3名ほど。いわゆる昔気質の職人でおばあちゃんいわく変な堅物らしい。


 家の玄関を出ると左側におじいちゃんの作業場があり、職人さんたちが朝から晩まで仕事をしていた。暇があると仕事場に遊びにいって、いつもおじいちゃんの背中を見てきた。


 真剣なまなざしの時もあれば、仲間と楽しそうに会話したり、時には怒っている時もあった。でも、一生懸命仕事をしているおじいちゃんを私は誇りに思っていたし、憧れてもいた。


「鉄を削る音」


 何時しかそれは私にとって「心地よいもの」になっていた。この工場に通っていたのはその音を聞きに行っていたのかもしれない。そんなある日のこと、中学生になっばかりの時、それまで何も言わなかったおじいちゃんに言われたことがある。


「あおいよ、楽しいか?こんな油臭い作業場でいつまでも見ていて」


「うん。楽しいよ、すごいねって見てる。銀色の糸がぴゅーって出てくるのすごい面白い」


私は目をキラキラさせていた。


「でも今日のはあまりぴゅーってならないね、コロコロって落ちてる」


おじいちゃんはすこし嬉しそうに笑うとまた作業を始めた。


「旋盤」


 おじちゃんがやっていたのは旋盤。簡単に説明すると材料をろくろのように回してバイトと呼ばれる金属の刃を押し当てて削っていく。製品でいうとネジやボルトなどを作ることができる切削工具。


 でも旋盤は奥が深く、様々な製品の部品を作るのに適しているため、一品物の制作物に使われるようなものから、一般のものまで作ることができる。


 私はその時まだ旋盤のことをよく知らなったけど、作業場に来るスーツ姿の人と話をしたときにこういわれた。


「今は大分少なくなってきてしまいましたね。旋盤工の方」


 話を聞くとどうやらおじいちゃんの仕事は製品の試作品を作ること。初めて作るものに必要なモデルを作ることがメインで、おじいちゃんが作ったモデルをもとに強度や生産性などを決めていくらしい。


 それは決して目立つことのない仕事だけど、とても大事な部分。それをおじいちゃんは何回も何回も作ってきたらしい。


「すごいんだね!おじいちゃんは!」

私がそう言うとおじいちゃんは旋盤に目を向けたまま言った。


「もう少し大きくなったら、あおいもやってみるといい」


 この言葉がそれからの私に張りついていつも語り掛ける。でも、ほんとに知りたくてほんとに誇りに思ってたから、何時しか本気で、自分でこう思うようになっていた。


「旋盤をしてみたい」


漠然とした憧れと格好良さに惹かれていたのかもしれない。


 あれから少し時間が経った。私はおじいちゃんみたいになりたいといつの日か思うようになっていた。私はおじいちゃんから旋盤のこと、これからのこと、いろいろ教えて欲しかったのかもしれない。


でも私は気が付くと寝ているおじいちゃんの枕もとに座ってお線香をあげていた。


 急逝に心が落ち着かなくて、さっきまで話していたような感覚が頭の中を渦巻いて、悲しみの涙も、別れの言葉も私の中には準備出来ていなかった。


 あの日憧れたおじいちゃんはもういなかった。あれから時間が経って、おじいちゃんは居なくなった。でも悲しみに暮れる人たちの間で私に何か火が付いた瞬間だった気がする。


 私は気が付くとおじいちゃんの工場に来ていた。あの時のまま、今でも動き出しそうな旋盤台。


綺麗に掃除されている床。


綺麗に並べられた工具。


 あの時のままだ。でも、あの時と違うことがある。それは「私が今ここに立っていることとおじいちゃんが居ないこと」おじいちゃんが立っていた場所に私が立っている。


私が思い出に浸ってしばらくたたずんでいると扉の開く音がした。


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