赤月哭郷
陽が傾き始める頃、影が地面に伸び始めていた。
その門は、今や風に軋むだけの廃墟の一部と化していた。
「お前たち……危険だと思ったらお前たちは
ここには、良い記憶などひとつもない。
しかし、その記憶をさらに悪夢にしたような場所になっていた。
墓に埋められることなく、そこで息絶えた者たちの骸骨が墓へと手を伸ばしたまま朽ちていたのがなんともいえない気持ちにした。
お父は、郷の惨状を見つめ「これは酷い……」と呟くと、そのまま黙ってしまった。
「この剣は、
「
俺はかつて石を投げられ、湖に沈められたことを思い出す。
龍梅が男装している原因も酷いものだった。
あの時、俺が間に合わなければ龍梅は無事ではすまなかった。
わざわざ〖男の格好をしているおかしな女〗と
「無理して、弔わなくていい。彼らはそれだけのことをしてきたのだから」
お父のその言葉に気が晴れた気がした。
「
俺たちは郷のあぜ道を歩いていく。
人が行き来しなくなって、時間がたったのがわかるほど、草が生い茂っていた。
郷長邸の朽ちた門をくぐる。
木戸に手をかけた瞬間、ギシッと鈍い音を立てて傾き、そのまま床へと倒れ落ちた。
巻きあがる埃。
「うわっ! すげぇ埃!」
ゲホッ、ゲホッと咳き込み、顔の前を手で払う
「暴動でも起きたのか? 家が滅茶苦茶だ」
「郷の混乱が、よくわかるわ……」
目の前の広間は、壊れた円卓が転がり、椅子が投げだされていた。
「あぁ、ここか。この部屋……」
かつて一度、郷長の家に呼び出されたことを思い出す。
あれは、お父が姿を消して1年たった頃だった。
なぜか、俺だけがこの部屋に呼ばれたんだ。
大きな円卓が10卓も並ぶその部屋に入るや否や出席者の視線が痛かった。
「お父の代わりに、郷長の娘と婚姻を結べとか言っていたんだっけか」
「お前にか!?」
「なぜ、
俺は肩をすくめる。
俺が知りたいくらいだよ。
「俺はその場から逃げたよ。それにそのあと本当に郷から逃げたし」
「そのことで郷から逃げる決心がついたのよね」
「なんで俺なのか理由はわからずじまいだな」
理由はわからない。
しかし、、郷長の娘が俺に執着していることは確かだった。
お父が失踪してからというもの、気づけば、どこへ行っても彼女の視線が俺を追っていた。
彼女が蔭郷長に頼みこんだのかもしれない、俺との婚姻を。
「この部屋にその理由があるはずだ」
お父は静かに隣の部屋へ続く扉を開く。
軋む音が響き、冷たい空気がゆっくりと流れ込んできた。
土間の中央に埃を被った立派な祭壇が祀られている。
「父様!? 誰かいます!」
龍梅が指さすその先、祭壇の前に男が立っていた。
「誰だ!」
俺とお父は剣を構え、慎重に距離を詰める。
黒い帽子に白髪交じりの長髪の男は、微動だにしない。
ジリジリと近寄り、剣が届くほどの距離。
剣先を首もとに近づける。
僅かな動きも見逃さぬように、指先まで研ぎ澄ませる。
剣先が触れそうになった瞬間、首だけが不自然な動きで剣の反対側へと転げ落ちた。
「
「俺はまだ何もしていない!」
俺は恐る恐る転げ落ちた首を見た。
それは白骨化した頭蓋骨だった。
「うおっ!?」
「
「これが
かつてこの郷で権力を握っていた男の成れの果て。
身体だけになった蔭郷長は、それでも剣を土間へと深く突き立て、両手でしっかりと握りしめている。
最後の瞬間まで手放すことを許さなかったかのように。
「龍剣、私たちの剣とそっくりよ」
「本当だ。この剣と瓜二つだ。なぜ?」
名無しの郷の郷長は、双子剣と言っていたはず。
どうして、3本目の剣が?
「これを見てみろ」
お父が祭壇の上に広げられた巻物をさした。
巻物には、かすれた文字が刻まれ、その上には血の跡が滲んでいた。
乾いて茶色く変色したその血痕が、陰郷長の最期の執念を物語っているように見えた。
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