CHOICES ──オカルトの存在しない理由──

夜ノ烏

A date with a liar

休みは仕事

 屋上にバラバラと鳴り響く、ヘリコプターの轟音。


 ヘリから降りてきた彼は僕を見て、酷く顔をしかめた。

 視線も厳しいし、どうも機嫌が悪いみたいだ。


「やぁ、誠司! 一週間ぶりだな!」


 ヘリの騒音にかき消されないよう、声を張り上げる。

 白衣は脱いでくるべきだった。風圧でバタバタと邪魔くさい。


「アンタふざけてんのか? 約束の休暇はまだ三週間も残ってんだぞ!?」


「三週間あれば十分さ! そのままバカンスを楽しんでくれ! 行先は南米だ! 四十時間もあれば着くだろう!」


 誠司が肩を怒らせて歩いてくる。

 ヘリは飛び去りようやく静かになったのに。

 この場で平穏じゃないのは彼だけだ。


「……あぁわかった、頭に白兎でも飼い始めたんだな。不思議の国に返して来い。なんならそのまま戻ってこなくていい」


「わがままは言わないでくれ。君は帽子屋じゃないんだ。緊急要請の意味くらい分かるだろ?」


「アンタは代理であって所長じゃない。権限はないはずだ」


「知らなかったのか? 三日前から僕が所長なんだ」


 誠司は忌々し気に舌を鳴らして、大きくため息をついた。

 立場上、どう主張しても通らないのを理解したらしい。


「内容による。そもそもエージェントなら他にもいるだろう」


「今回は誰も手が空いてない。それに、この件は君が適任なんだ。潜入と対話は得意分野だろ?」


「勝手に決めるな。戦闘よりマシなだけだ」


「処分についての判断は、現地で君が選択してくれ。少女とよく話し合うといい」


 誠司はピクリと眉を吊り上げ、尖った目が僕を睨む。

 その顔はさっきの不機嫌なものと、まるで違う。

 目を合わせているだけで、心臓が抉られてしまいそうだ。


 ――僕を殺したいのだろう。


 背筋が寒くなるほど清々しい、純粋な殺意。

 きっと僕を本気で殺そうと考えている。


「少女……またアンタは俺に子供を殺せと?」


「そう少女だ――『呪われし永遠の少女』なんてあだ名もある」


 彼の質問は聞き流した。

 その気持ちを汲むわけにはいかない。

 少女の『所有者』は転々と変わるんだ。


 いまの居場所も、突き止めるのに何年かかったことか。

 

「言いたくないが君に拒否権はない。資料を渡すから現地で確認してくれ」


 必要なことを告げて誠司を残し、屋上を後にする。

 彼ならきっと、今回も上手くやってくれるだろう。


 どのみち彼らエージェントに、選択肢など与えられていないのだから。


 僕は屋上階段室の扉を閉める、その瞬間まで。

 背中に突き刺さる、彼の視線を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る