まずいブロッコリー復活プロジェクト

崇期

>>>

 時刻は19時01分。いかりテレビの自社ヘリコプターが東京の空を舞い、銀色にそびえるホテルの外観を映し出す。今宵のドラマの舞台、冷国れいこくホテルである。

 四階のバジリスクの間にて、いかりテレビ創立3.5周年記念特別番組『まずいブロッコリー復活プロジェクト』がはじまろうとしていた。


 スポットライトをかき分け、カメラはステージ中央にいる女優を捉える。司会を務める和尾わお巨美菓きょびかである。和尾は白のワンピースの上にアイスグリーンのジャケットという姿。クリームローズのコサージュが彼女の上品な微笑に花を添えている(花だけに)。


「皆様、こんばんは。いかりテレビ創立3.5周年記念番組、『まずいブロッコリー復活プロジェクト』。司会の和尾巨美菓です。本日はここ、冷国ホテル・四階にありますバジリスクの間より、この壮大なプロジェクトを二時間半に亘りお届けしたいと思います」


 カメラは会場の円卓に着いている各界著名人らの顔を代わる代わる映し出していく。やがて布が被せられた演台へと視点は移動し、バニーガールが布をさっと引くと、中央に野菜スタンドに立てられたブロッコリーが現れた(背後からドライアイスの煙が立ちのぼる)。


 和尾「こちらが今夜の主役、長野県産ブロッコリーです。先々月末、番組スタッフが、朝のテレビ番組で紹介する時短レシピ用にブロッコリーをレンジ調理したことから物語ははじまりました。硬さ、青臭さが残る微妙な食感に、『調理は失敗した』と思ったスタッフ。そこで、『この失敗を取り戻すレシピを考えだしたらどうか?』と別スタッフが提案しました」


 ブロッコリーの色鮮やかなグラフィック画像が会場の大型モニターに浮かび上がり、くるくると回りだす。エレクトロニカなBGMが流れる。


 和尾「今回使われるブロッコリーは特別なものではありません。今宵の奇跡はご家庭でも同じ条件下で再現できることを目標としておりますから、公平を期すために、いかりテレビと同じ並びにありますスーパーマーケットで1株138円のものを購入し、スタッフ控え室にあります冷蔵庫の冷蔵室に百円ショップで売られている野菜スタンドに立てた状態で二時間保存。そして、事件の日と同様にスタッフによってレンジ調理を施し、当時の失敗の状態まで準備いたしました」


 モニターには電子レンジから取り出され湯気を上げる専用タッパーウェアが映る。カメラのレンズも白く曇る。


 和尾のアップ。「このまずいブロッコリーが鉄人シェフの手によって、どう生まれ変わるのでしょうか? 今宵、食材に興味を持つすべての国民がその感動のドラマを目撃することとなるでしょう!」


(提供の読み上げ)「明日へ向かって『よっこいしょ!』」大トロ建設株式会社と、「あなたの後悔がわたしの未来を変えていく」ネバネバ産業エレクトロニクスの提供でお送りいたします。




 19時13分。宴会場のすぐ外、ホワイエ(広い通路)にパーティションで囲って作られた控え室で、和尾巨美菓お得意のお色直し(早着替え)が行われていた。白のワンピースが瞬く間に藤色のパーティードレスへと変わる。衣装チェンジを手伝う女性スタッフは二名、その他鏡係一名、ヘアメイク担当一名、ヘアメイクの助手一名、専属タイムキーパー一名で構成されたプロ集団が一丸いちがんとなって、人知れぬマジックを実現していく。


「あと1分でCM明けます!」

「あ、和尾さん、汗(拭き拭き)」

「おおぅーい、和尾さんのマイク、こっち寄越せってば!」


 ◇◇◇


 カメラに微笑む和尾。「それでは、復活前のまずい状態のブロッコリーがどのようなものか、会場の皆様にご試食いただきましょう」


 カメラが会場に振られる。給仕係たちが雪崩を打って円卓の間を動く。白い皿が眼の前に届いたゲストたちは、一口サイズのブロッコリーを眺め、香りを嗅ぎ、フォークで刺し、それぞれ口に運ぶ。


 和尾「では、何人かの方に感想を伺ってみましょう。国HKくにエチケーの大河ドラマ『まくしく!』で主演を務めておられます、俳優の骨村ほねむら鴨人かもとさん。いかがでしょう?」


 骨村(口をもぐもぐさせた後、グラスの水を大急ぎで一口含んで)「あっ、ちょと……ん。硬いです」


 和尾「お世辞にもおいしいとは言えないと?」


 骨村「そ……いや、まあ……はい」


 和尾「それでは、老舗バラエティー番組『笑ふ知恵熱』で司会を務めます落語家・麦秋亭ばくしゅうてい春原はるばるさん、いかがでしょう?」


 春原「冬雁とうがんの落語よりはうまいというのが本音」


 和尾「共演者の悪口をありがとうございます」


 会場(忍び笑い)



 テーマソング『ギモーヴ』が流れる中、会場の大型モニターにカメラが移動。白を背景に人物の影が現れる。やがて画面はモザイク状に色を変え、回転し、有名料理人・梃宮てこみや昇彦のぼるひこ氏の姿を浮かび上がらせる。


 会場(驚嘆)




 19時31分。会場がシェフのプロフィール映像に注目している間、再びお色直しに入る和尾。藤色のパーティードレスは背中が割れる仕様となっているため、まるで蝉の羽化のように脱ぎ捨てる和尾。シャワードットが散らばった水色のワンショルダー(右肩が出た)ドレスに着替える。衣装係の一人がその右肩にキメラのタトゥーシールをすばやく貼る。


「和尾さん、少し熱いですけど我慢してね(ドライヤーでシールを乾かす)」

「あたしは女優やで。こんくらい平気やんか」

「ひょおおおおっ! 決まってる〜」


 ブロッコリーを模した髪飾りを和尾の頭にセットするヘアメイク助手。


「この頭のブロッコリーをめがけてキメラが飛び立とうとしているというコンセプトが視聴者たちに伝わればいいが……」

「キメラって鳥なんかい?」

「こいつは鳥を主体として、豚とベローシファカのハイブリッドという設定!」


 ◇◇◇


 和尾「梃宮シェフはブロッコリーの復活の魔法として、『クリーム煮』を選んだようですね……。シェフいわく、『ホワイトソースがまずくなったという事例はほとんどない』また『ブロッコリーとクリームの相性はバツグンである』ということでした。それでは、いよいよ、まずいブロッコリーが奇跡の変貌を遂げます!」


 テーマソング『ギモーヴ』が流れる中、いちょうのまな板の上で失敗したブロッコリーを細かく刻む梃宮の手元の様子が大型モニターに映し出され、ゲストたちが固唾を呑んで見守る間に会場を抜け出す和尾。




 20時05分。三度目のお色直し。シャワードットのドレスは実はあらわになった右肩の下がマジックテープで簡単に開くようになっていて、一瞬のうちに表側も裏側も体から剥ぎ取られる。そう、彼女はまるで、「たたかい」という名の〈鉄の処女〉から這い出てきた女戦士ベルセルク。次に飛び込む衣装はジャスミンイエローのチャイナドレス。ヘアメイクの助手がブロッコリーが縦に三つぶら下がったピアスを和尾に手渡す。


「よっし。和尾さん、今日の早着替え、いつも以上に華麗! 絶好調ッス」

「ねぇ、このピアス、ステンレスなん? あたし、素材によっちゃ、ちょいほっぺがかゆくなるんよ」

「とおおおおおっ! みんな、最後まで気を抜くなよ!」


 ◇◇◇


 和尾「それでは、梃宮シェフにご登場いただきましょう!」


 扉が開き、ドライアイスの煙が這う会場へ足を踏み入れる梃宮。ゲストたちが拍手と指笛で盛り上げる。


 梃宮「皆さん、わたくし渾身の一皿──『まずいブロッコリー復活クリーム煮』、どうぞご堪能ください」


 給仕係がテーブルの間を縫うように流れていき、ゲストの前に白い皿を次々置いていく。



 20時23分。四度目のお色直し。今回が一番時間が取れるため、大胆にも着物(色留袖)に変身する。先輩女優が目にしても「クソ生意気な」と思われない控えめさと、着物の専門家が審査しても「ド素人めが」と鼻で笑われない雅さを兼ね備えた仕上がりであった。


「はぁー、着物の早着替えはさすがに無理があります〜(ゼーゼー)。もう一度やれと言われても断る!」

「これ着てブロッコリー食べられんて、酷やわぁ」

「ちょっ、これ……この扇子の柄、ブロッコリー? ひょほほー!」


 ◇◇◇


 和尾「皆様、奇跡の一皿、いかがでしたでしょうか? 春場所で大関昇進を果たした押太鼓おしだいこ関?」


 押関「はい。ブロッコリーがクリームとがっぷり組んでるっつーか。あの硬かったブロッコリーが」


 和尾「ええ、そうですよね」


 いかりテレビ・アナウンサー、勘弁かんべん詩呂世しろよ。「ところで大関。和尾さんのお着物姿、どうですか?」


 押関「あっ、ああ、ええ。大変おきれいで。着物とがっぷり組んでますね」


 和尾「まあ、うれしい。ありがとうございます〜」


 勘弁「では、ここで──角界一の美声の持ち主と言われております押太鼓関に、6月2日発売の新曲をご披露していただきましょう。押太鼓勝太郎しょうたろう、『愛しそこねるくらいなら』」


 押関「♪おれの未来を預けたいと〜、ともに開いたけやきの扉〜」




 20時59分。最後のお色直し。元フィギュアスケーターの土足つちあし素人もとひとがデザインしたシルバーホワイトのダンスドレスに着替える。この二時間、早着替えに魂をかけた五名もさすがにエネルギーを使い果たしたのか、一人は貧血、一人は腱鞘炎、一人は原因不明のハイテンションを起こし、パーティションの陰で見えなかったが、床にしゃがみ込んだまま起き上がれない者も出ていたという。最後は和尾がプロの意地でほとんど自分一人の手で着替えを行った。


「きれ〜、きれいですよ、和尾さん(エア拍手)」

「あの歌ってさ、ワンコーラスだけなん?」

「おいさぁーっ! ぎぇえええええっー!」


 そこへブロッコリーの着ぐるみが通りかかり、房の部分が接触してパーティションを倒してしまう。


「ちょっと、あんた! なに倒してんの。あたしが鶴やったら『さよ〜なら(涙)』って飛び立ってるわ」


 ◇◇◇


 和尾「皆様、『まずいブロッコリー復活プロジェクト』、いかがでしたでしょうか? 私たちは普段、電子調理器に頼りがちな日々を送っておりますが、機械というものは、私たち人間が知恵と工夫で使っていくもので、決してすべてを委ねてしまえるものではない、ということです。もしこの世にタイムマシーンがあったなら、失敗したブロッコリーも元に戻すことができるでしょう。しかし、それができない現代でも、こうして別の調理法によっておいしく生まれ変わらせることができる、今宵はそれを証明した、皆様と共有した、二時間半でした。また番組でご紹介したクリーム煮の他に、野菜スムージー、コンソメ煮……などのアイディアもございましたね? その他にも視聴者の皆様からいただいた数々のレシピを番組の特設ホームページでご紹介しておりますので、後ほどぜひご覧になられてください」


 演台に静かにマイクを置く和尾。画面から消えていく。


 勘弁「では最後に、番組の司会進行を務め、美しい衣装の数々も披露してくださった女優の和尾巨美菓さんのダンスで締めくくりたいと思います」


 会場(拍手)


 番組テーマソング『ギモーヴ』(オーケストラ・ヴァージョン)とともに扉が開き、相手役の土足素人(白のタキシード姿)が登場する。


 会場(さらに大きな拍手)


 カメラは、二人がボディウェーブしながら駆け寄り、一メートルの距離を挟んで見つめ合う姿を映し出す。

 突然、破裂音がして緑色の煙が足下から噴き出し(会場から軽い悲鳴)、二人はそれぞれの右手を伸ばすと、指先が触れるぎりぎりでゆっくりと離れていき、背後の空間へと舞いながら解き放たれていく。


 会場(ぱらぱらと拍手)



(提供の読み上げ)ここまでは、「明るい未来は飛び道具」ベシャメル化粧品の提供でお送りいたしました。引き続き、いかりテレビの番組でお楽しみください。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まずいブロッコリー復活プロジェクト 崇期 @suuki-shu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画