第14話 嫌がらせには、嫌がらせで

「カーマイン家と言えども・・・いえ、だからこそ直前に留学先を教えられることなどありえません。前もって行く先の国のルールやマナーを学んでおくのは当然のこと。ならば何かの意図があって急遽この国にやって来たのは明白」


──ふふ。私、ストロベリー様はシアン様を追って来られたのかと最初はかなり警戒致しましたのよと、キャナリィは美しく微笑んだ。


 なのにストロベリーはシアンに接触するわけでもなく、男装した姿でキャナリィの所に来ては、隣でお茶を飲む姿を観察したり色々質問をしたり、二人きりでと買い物に誘い、何の参考にするのか刺繍入りのハンカチを欲しがる始末。


「お陰でかなりの方に不貞だとひどい誤解されましたわ。

 しかしご本人が秘密にしているかも知れないことを誤解を解くためとはいえ私が皆様に申し上げるわけにはいかないではありませんか。」


 嘘だなとクラレットは思った。

 勝手に秘密(にしているかもしれないこと)を明かすわけにはいかなかったというのは本当だろうが、シアンにさえ誤解されていなければ、有象無象に誤解されようがキャナリィが気にするわけがない。


 クラレットがそんなことを考えていた時、キャナリィが言った。


「これが嫌がらせ以外のなんだとおっしゃるの?」と。


 どうやらキャナリィは事実を言えなかったことでこんなことになってしまったローズを助けるため、今回の外交問題をストロベリーの『嫌がらせ』と言う形で強引に幕引きするつもりらしい。──王太子殿下が卒業された後だから出来る荒業だろう。

 先程、自分から「私は女」だと口にしようとしていたことだし、それくらいの瑕疵はストロベリーに背負ってもらっても良いと判断したらしい。


 そんな判断をしたキャナリィを前回同様世間は甘いと判断するかもしれないが、皆外交問題は避けたいだろうし、なによりシアンがキャナリィを見て愛おしそうに微笑んでいるから良しとする。世間がどう思おうと、彼がキャナリィを守ってくれるはずだから。


「い、嫌がらせ・・・」


 そう、口にするロベリーを一瞥したキャナリィは、クラレットを呼ぶと「このままではいけないわね。ストロベリー様にお着替えを──」と指示を出した。


「かしこまりましたわ。キャナ様。ではカーマイン様、私について来て頂けますか?」


 クラレットがロベリーを先導して会場を後にするのを見届けると、キャナリィはローズへと声を掛けた。


「ピルスナー様」


 ローズは肩をビクリと震わせた。






 キャナリィとシアンは給仕にその場の片付けを命じると。パーティーを再開させた。

 先程起きたあまりにもショッキングな出来事にはじめは皆ソワソワしていたが、時間が経つにつれ屋外という解放的な場の雰囲気にも助けられ、新入生もそれぞれ楽しめている様だった。







 汚れた格好のままあの場に留まるわけにはいかなかったのでクラレットについては来たが──ロベリーは着替えなど持ってきてはいない。


「あの、メイズ伯爵令嬢・・・私は着替えを持ってきてはいないのだけれど──」


 先を行くクラレットに声を掛けるが返事はない。

 そのまま歩き続けると、ある部屋に到着し、中に入るように促された。

 中に入ったロベリーはそこにいた意外な人物に、驚きのあまり声を上げた。


「あ、あなたは・・・」


「カーマイン様、お久しぶりでございます。その節は当店をご利用いただきありがとうございました」


 そこにいたのは、あの日キャナリィと出掛けた商会の支配人だった。


「ロベリー・カーマイン様。いえ、ストロベリー・カーマイン様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


「あなたのご実家の商会でしたか。──ではあなたも私の事をご存知だったわけなのですね」


 ストロベリーのこの問いにはさすがのクラレットも無言を貫くわけにはいかなかった。──クラレットはキャナリィに『嫌がらせ』をしたロベリーに怒りを覚えているのだ。


「知っていたのかと言われるとそうなのですが、正確に言うとあなたが来店される前から知っておりました。ですのであの日、支配人以外に男性の従業員はいなかった筈です」


 そういえば男性用の衣料を扱っているにもかかわらず、あの日男性の従業員を見なかった。

 男性客の採寸の際、女性従業員だけでなく男性従業員を数名配置するのは当たり前のことなのにと不思議に思ったことを思い出した。


「勿論シアン様もはじめからご存知だったと思います。あの方はご友人とはいえキャナ様が男性の名を呼ぶことを許すとは思えませんもの」


 そこへ大きな箱を抱えた女性従業員が入ってきた。


「キャナ様からの伝言です。『嫌がらせには、嫌がらせで返す主義ですの』だそうです」


 キャナ様がいつからそのような主義になったかは存じ上げませんがと、あまり表情の動かないクラレットが愉しそうに目を細めたのを見て、ストロベリーは嫌な予感がした。

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