第7話 治癒の神聖魔法

 ある日のことだった。

 カイエは三年生で騎士科に在籍しているフリンツに「今日はレックス王太子殿下も練習に参加されるから」と誘われ、放課後騎士科の訓練を見学することになった。

 周囲には騎士科の訓練に参加するレックスを一目見ようと、令嬢たちが淑女らしからぬ黄色い声を上げて観戦していた。


「あなた──カイエ・リーエング男爵令嬢?」


 名を呼ばれたカイエが振り向くと、そこにはレックスの婚約者であるフィオレ・グルーク公爵令嬢とエディの婚約者であるファミエ・メットゼル侯爵令嬢が立っていた。

 カイエを呼び止めたのはファミエだったようで、彼女は振り向いたカイエの目を真っすぐ見つめていた。

 そういえばプレッサが、イベルノやエディの婚約者も何か言ってくるかもしれないと言っていた。


「あなた・・・先日手作りのお菓子を生徒会役員の皆様に配ったようだけど、悪いことは言わないわ。そういうことは止めたほうがいいわ。出来れば一緒に昼食を摂るのも。これはあなたのためなのよ」

「私は日頃お世話になっているお礼をしただけです。昼食も、私から誘ったことはありません」


 カイエとファミエの周囲だけが静寂に包まれる。

 お世話になった方にお礼を伝える。そんな当たり前のことも注意されるなんて思ってもみなかった。

 レックスとフィオレは不仲だと聞き及んでいるが、エディとファミエの仲はよくわからない。しかしカイエにこう言ってくるあたりファミエはエディが好きで自分に嫉妬しているのではないかとカイエは考えた。

 なるほどそういうことか。カイエは自分とエディの関係を不安に思っているらしいファミエを安心させようと、微笑みを浮かべて言った。


「大丈夫ですよ、安心してください。私はエディ様のことはお友達としか思っていませんから」


 これ以上話していてあちらの価値観を押し付けられてはたまらない。カイエは話は終わりですという意味を込めて深々と頭を下げると、顔を上げフィオレを見た。

 フィオレはカイエなど全く眼中に無いかのように騎士たちが集う訓練場の方を見ていた。

 カイエがフィオレの視線を辿ると、レックスがこちらを見ていた。

 フィオレはレックスに向かって美しいカーテシーをすると、プイと踵を返した。ファミエもそれに続く。

 しばらくフィオレを目で追っていたレックスが、ふとカイエの方を見た。

 カイエは「大丈夫ですよ」という意味を込めて軽く手を振った。

 カイエのことを心配してくれていたのか、レックスがほっと、息を吐くのが見えた。






 騎士科の訓練も終盤、木刀を使った模擬戦を行うらしい。

 フリンツが木刀を持って中央に出てきた。相手はフリンツより一回りも大きい体格の良い男子生徒だ。

 騎士科に在籍しているということは、王国騎士か近衛騎士を目指しているのだろう。しかも今日は王太子殿下も参加しているのだ。目に留まれば騎士への道も明るくなるとあって、授業とはいえ力も入る。

 模擬戦とはいえそんな二人の激しい攻防に、フリンツの勇姿をプレッサに伝えなければと観戦するカイエの手にも力が入っていた。

 その時だった。

 二人の力に木剣が耐えられなかったのかフリンツの剣が折れ、令嬢が見守る観客席めがけて飛んできたのだ。


「きゃああああああぁぁぁぁっ!」


 飛んできた剣先はあろうことか一人の令嬢へ命中した。悲鳴が上がる。

 令嬢は顔めがけて飛んできた剣先を避けるため両腕で顔をかばったようだった。倒れこんだ令嬢の両腕に残った生々しい傷跡が、その衝撃を物語っていた。


「い、痛い、痛い。傷が・・・もう・・・」


 カイラが人垣を避けて令嬢の方へと進む。倒れている令嬢はカイラの知っている人物だった。以前カイラを呼び出し叱責した令嬢の一人だ。

 例え事故であり、腕であっても令嬢の身体に傷が残るということはそれだけで疵瑕となる。最早この令嬢に幸せな未来は待っていないだろうそんなことを囁きながら、みんなが気の毒そうな目で令嬢を

 そう、見ているだけ。

 なんで?なんでみんな困っている人がいるのに助けようと思わないの?


「通してくれ!」


フリンツたちがこちらにやってくるのが見えた。


「すぐに医務室に連絡を!そして教会に人をやってくれ!傷か深い。治癒の上位神聖魔法の使い手を派遣してもらうんだ!私の名を出して構わない」


 レックスとエディが色々と手配をしているらしい声が聞こえる。

 ほら、みんなは分かっている困っている人がいたら助けるの。

 腕が動かないのか隠すことなく涙を流す令嬢の元に駆け寄る。


「大丈夫です。レックス様たちが教会に連絡をしてくれています」

「無駄よ。いくら神聖魔法でも傷が完全になくなることはないの」


 令嬢はあきらめたようにつぶやく。


「あきらめないで」


 カイエがそう言うと宙を見ていた令嬢の視線がカイエの方を向いた。


「あなた・・・あぁ、いい気味だと思っているのね」

「そんなこと思っていません」

「そう・・・」


 カイエのことなど・・・いや、カイエだけではなく全てがどうでもいいとばかりに令嬢の視線が落ちる。

 それはまるで、自分の命すらどうでもいいと思っているようで──カイエはこの令嬢が自らの命を断つ未来が見えたような気がして震えた。そしてそんなことにはなりませんようにと心から願った。


(神様!私が治癒の神聖魔法を使えるようになるというのなら今その力をください。この人の傷を治してあげて!!)


 横たわる令嬢の横で手を組んだ。

 神に祈りを捧げるように──




 新しい、そしてこれまでの歴史にはないほどの強い力を持った治癒の神聖魔法の使い手の誕生に国中が沸いた。

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