第4話 盗賊たちの逃避行と母子の絆
フラン王国の騎士団による、大規模な盗賊狩り。
その報せは、風の噂となって山々を駆け巡り、デイビスを手にかけた盗賊団のアジトにも届いていた。
「頭領、どうも様子がおかしい。最近、騎士団の動きが活発すぎる」
「西の街道沿いで、同業の組がいくつか潰されたらしい」
幹部たちの報告に、頭領は眉をひそめた。数日前に仕留めたあの男(デイビス)は、確かに身なりの良い格好をしていた。貴族に手を出したことで、本気で追われているのかもしれない。
「火のない所に煙は立たねえ。この辺り一帯が騒がしくなってるのは確かだ」
頭領は骨を放り投げ、決断を下した。
「よし、決めた。しばらくフランの土地を離れるぞ。隣のシーザー帝国へ高飛びだ。あそこなら、フランの犬どもも簡単には手を出せんだろう」
「で、あの女とガキはどうするんで?」
「連れて行く。貴族の子かもしれねえなら、後々、身代金の一つでも取れるかもしれんからな」
彼らは、自分たちが国を揺るがす世継ぎ誘拐の
シーザー帝国への道は、想像を絶する過酷さだった。
昼は森に獣のように身を潜め、夜は月明かりだけを頼りに道なき道を進む。マリアはやせ細った体でマイケルを固く抱きしめ、必死で盗賊たちの後を追った。
「おい、女!ぐずぐずするな!」
盗賊の怒声にマイケルが泣き出すと、さらに罵声が飛ぶ。
「ちっ、うるせえガキだ!黙らせろ!」
マリアは必死でマイケルをあやし、岩陰に隠れるようにして乳を与えた。罪悪感よりも、この腕の中の命を繋がなければという一心だった。
国境の険しい山脈地帯に差し掛かった、月のない夜。
息を殺して岩場を進んでいた、その時だった。
「――誰かいるのか!」
闇の中から、鋭い声と松明の光が迫る。国境警備隊だ。
「まずい、見つかった!散れ!」
頭領の叫びを合図に、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。マリアもマイケルを抱え、必死で暗闇を走る。
木の根に足を取られ、激しく転倒した。マイケルが驚いて甲高い声を上げる。
「まずい…!」
マリアはとっさにマイケルを抱きしめ、近くの茂みに身を潜めた。泣き声を上げさせぬよう、その小さな口を手で覆う。心臓の音が、すぐそばを通り過ぎる警備兵たちの怒号よりも大きく聞こえた。
幸い、追手は他の盗賊たちを追っていった。マリアは生きた心地がしないまま、震える足で再び歩き出し、夜明け前にどうにか仲間と合流できた。
彼らは国境を越え、帝国の辺境にある寂れた山村の、湿った洞窟に新たなアジトを構えた。だが、帝国の警備は厳しく、思うように稼げない。盗賊たちの不満は募り、仲間内でのいさかいが絶えなかった。
そんな絶望的な日々の中、マリアに声をかける者がいた。ギルと名乗る、他の盗賊より少し若い男だった。
「おい、これ…余りもんだが、食うか?」
ある晩、ギルは干し肉の欠片を差し出した。それからも彼は時折、マリアに食料を分け与え、他の盗賊からさりげなく庇ってくれた。それは、この暗闇の中での、唯一の人間的な温もりだった。
帝国での隠遁生活が半年を過ぎた頃、マイケルが言葉を話し始めた。
そしてある日、マリアが食事を与えていると、マイケルは彼女の顔をじっと見つめ、小さな口でこう言った。
「かあ……しゃん」
その瞬間、マリアの世界から音が消えた。
込み上げる熱いものを必死でこらえ、震える声でマイケルを抱きしめる。
「ええ……そうよ、マイケル。私が……あなたの、母さんよ……」
罪を犯してまで手に入れた命が、自分を「母」と呼んだ。
その一言で、犯した罪は許された気さえした。そして同時に、その罪は決して消えない刻印として、魂に深く刻みつけられた。
マイケルの無邪気な声は、この先の見えない暗闇の中で、彼女を支える唯一の光となった。
一年後、フランの盗賊狩りが下火になったという噂が流れると、頭領は帰還を決めた。
「帝国の生活はもうごめんだ!慣れたフランの山へ戻るぞ!」
彼らは再びマリアとマイケルを連れ、故郷の山を目指した。かつてホワイト家の捜索隊が諦めた、さらに奥深くの森へ。
そこで彼らは新たなアジトを構えた。
マリアは、少しだけ大きくなったマイケルの手を握りしめる。
法も秩序も届かないこの深い森で、貴族として生まれたはずの我が子を、獣のように育てていく。
それが、この子を生かすための、そして母として罪を償うための、唯一の道だと信じて。
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