第1章 旅立ち

第1話 ツルツルと青い地図

オレが直々に声を掛けてやったもんだから、ツルツルは驚いていたが、二つ返事で了承してくれた。

ニヴァリス家を継ぐ気はないし、ツルツルも元々ウチで召し抱えてる見習い絵師だ。

一応、父さんにも「旅に出る」と伝えてみたが、忙しかったのか「好きにしろ」とだけ返ってきたので、好きにする。


そんなこんなで、ツルツルと一緒に旅に出ることになった。

とはいえ、魔法で行けるのはオレが一度でも行ったことのある場所までだし、領地の外なんてほとんど出たことがない。

だから、まずは移動魔法で街道まで出て、そこからは徒歩で目的地を目指すことにした。


最初に向かうのは、ポストック。

ルミロスカ王国のほとんどの国に支店を持つ「郵便局」って機関の本店がある、大きな街だ。行ったことはないが、そう聞いた。


「ツルツルは、今まで旅に出たことはあるか?」


「そうですね。前は別の国に居たので、少しは?」


「そうか、だったら役に立ちそうだ!」


「できる限り、努力します」


ペコリとわざとらしく頭を下げたツルツルは、雲が広がる大きな湖の向こうから来たらしい。

この“大きな湖”ってのは、ツルツル達の間じゃ“海”と呼ばれてるらしくて――その海の上を走る「船」って乗り物で別の大陸に行くらしい。


「そうなのか、ツルツル達は色々と考えてるなあ。魔法を使ったり、水に住む奴らに頼めば良いのに」


「海を渡れるほどの魔法は、大量の魔力を消費しますし……魚やセイレーン達に頼むのも難しいのですよ。気難しい方が多いと聞きますし」


「なるほどな」


――ふと、大きな影がオレたちの上を横切った。


「何だ?」


上を見上げると、どうやら大きな鳥が悠々と空を飛んでいるようだ。


「メッセンジャーバッグを身に付けた人が背中に乗ってますし、ポストックの想送人そうそうにんですかね?」


「想送人?」


「はい。ポストックには動物達の他にも想送人って人達が沢山住んでるんです。想いを込めた手紙や荷物を届ける事が使命だと聞いたことがあります」


そう口にしたツルツルは何だか優しい顔をしていた。

もしかしたら、誰かからの想いが込められた手紙とか荷物を届けて貰った事があるのかも知れない。

そう言えば、温室の扉に小さな箱みたいなのが付いてたな。


「お前も、想いを届けて貰った事があるのか?」


「えぇ、別の国で暮らしてる家族からの想いを」


「そうか」


目を細めたツルツルは何だか寂しそうにも見えた。

仕方がないな。


「ツルツルは何処の国に住んでたんだ?」


「ジルベリー王国ですね。小さい国ではあるんですが、気候が暖かくて養蜂が盛んな場所です」


「それって何処にあるんだ?」


「えっと、ちょっと待って下さいね……」


持っていた荷物の中から出したのは折り畳まれた紙。ツルツルがそれを広げるとそれは勝手に空中に浮く。


「先ず、ルミロスカ王国は此処、ジルベリー王国は海を越えた先の……此処ですね」


空中に浮かんだ紙っぺらの端にある文字を差した後に青く広がる場所を越えてまた別の文字を差す。

なんだ、これならそこまで離れてないじゃないか。


「養蜂が盛んって事は甘い物があるって事だよな?そしたら一旦はジルベリー王国を目指して旅するぞ。途中途中で色んな街や村には寄るけどな」


「……え?」


「オレが決めたんだ、旅のお供としてしっかり付き合えよ?」


「分かりました、ありがとうございます」


「何がありがとうなんだ?オレが行きたいだけなんだぞ?」


「えぇ、はい」


間抜けな顔を浮かべ口をポカンと開けていたツルツルは少しすると笑って礼を言う。何だか調子が狂うな。……別に悪い気はしないが。

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