【節2】語られなかった空白

ある裁判記録を読むと、ふと奇妙な沈黙に気づくことがある。

その沈黙は、単なる時間の経過ではない。

制度が、“何かに触れられなかった”痕跡のようにも見える。


とある訴訟で、ある書面が提出された。

その内容には、名義と実態の乖離、生活費の流れ、

長年の支出の記録と、控除の履歴が綴られていたという。

読み手がどう受け止めるかは自由だ。

けれど、その後──誰も口を開かなかった。

何かが、“応答不能”に達していたかのように。


肩書きと構造

制度とは、本来、証拠と論理によって運営されるものだろう。

だが一方で、時折そこに、

発言者の“肩書き”や“信頼”という曖昧な力が作用することもある。

どこからが説明で、どこまでが誘導か。

どこまでが論理で、どこからが印象か。

制度の側もまた、判断の境界で揺らぐことがあるのかもしれない。


ある静寂の意味

提出された文書に対して、何も動きがなかった。

それは“特段の理由がなかったから”かもしれない。

あるいは、“動けば何かが崩れてしまう”と判断されたからかもしれない。

もちろん、外部からは分からない事情があることも承知している。

ただ、記録として見えるのは──

**「受理されたのに沈黙が続いた」**という時間だけだった。


境界を越えた瞬間があったとすれば

その文書の論旨には、

生活上の実態と制度的な分類のギャップ、

言葉の重みと、記録された事実の食い違いがあったとされる。

だが、それを否定する代わりに──「語られなかった」。

あえて向き合わなかったとも言えるし、

向き合えなかったのかもしれない。


判決と構文のあいだ

制度が制度であるためには、

少なくとも「理由」をもって応答しなければならないのだと思う。

応答のない判決、説明のない処分、

理由のない棄却──

それが残されてしまうとき、

**「制度はどこまで制度でいられるのか」**という問いが立ち上がる。

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