嵐の咆哮の

その夜は、嵐だった。激しい雨が降りしきり、雷鳴が轟き、木々が悲鳴をあげる。私たちは、粗末なほこらに身を寄せ合っていた。犬は、雷の音に怯え、震える身体を丸めている。猿は、虚ろな目で外の嵐を見つめ、その瞳には、何かの破滅を予感させる光が宿っていた。


桃太郎は、いつものように静かに座っていた。しかし、その夜の彼は、どこか違っていた。彼の瞳は、暗闇の中で燐と輝き、その顔には、これまで見たことのない、苛烈な光が宿っていた。まるで、外の嵐そのものが、彼の内なる激情を映し出しているかのように。


私の胸は、激しく波打った。あの夜の甘美な接吻の記憶が、再び私の魂を熱く焦がす。しかし、同時に、猿が人を殺める姿を想像するたびに、私の全身を走る冷たい戦慄があった。桃太郎のあの静かな眼差し。彼は、決して揺らがない。その絶対的な存在が、私には、もはや甘美な誘惑であると同時に、底知れぬ恐怖の対象でもあった。


桃太郎は、ゆっくりと、私の目を見た。その眼差しは、私の魂の奥底まで見透かすかのように、深く、そして、有無を言わせぬ絶対性を帯びていた。私は、その視線に抗うことができない。身体中の血が沸騰し、私の理性が、音を立てて崩れ去るのを感じる。しかし、同時に、あの血塗られた猿の幻影が、私の脳裏をよぎった。


「桃太郎様…」


私の声は、震えていた。喜びと、そして明確な拒絶が入り混じっていた。私は、身体を引こうとした。しかし、私の意思とは裏腹に、桃太郎の腕が、私の身体を抱き上げた。その腕は、まるで鉄のように強く、私を逃がそうとはしない。私は、彼の腕の中で、まるで小さな雛鳥のように無力だった。その無力さに、私は恐怖した。


彼は、私をそのまま、ほこらの奥へと運び入れた。外の嵐の音が、全てを掻き消す。犬の怯えた息遣いも、猿の虚ろな視線も、もはや私の意識には届かない。私の世界は、今、桃太郎という存在だけで満たされていた。


彼の指が、私の羽毛を乱暴に掻き分ける。その乱暴な触れ方に、私は身を震わせた。それは、かつて感じたことのない、暴力的な官能だった。私は、身を捩り、逃れようとした。


「嫌…!」私の声は、か細い悲鳴となった。「桃太郎様…おやめください…!」


しかし、桃太郎は、私の抵抗を、まるで存在しないかのように無視した。彼の指は、私の柔らかな肌を強く押し、その跡が熱く残る。私は、痛みに呻きそうになったが、その痛みすらも、桃太郎という存在によって与えられる甘美な責め苦として、私には感じられた。


彼の顔が、私の顔に迫る。その瞳は、燃え盛る炎のように、私の魂を焼き尽くそうとする、激しい激情がそこには宿っていた。私の拒絶は、彼の欲望をさらに煽るかのように、その光を一層強くした。


「雉よ。」彼の声は、低く、そして獣のような響きを帯びていた。「お前は、私のものだ。そして、私は、お前を拒まない。」


その言葉は、私の全てを貫いた。私を「もの」として扱う男たちの言葉とは、まるで違う。それは、私が、彼の支配下に完全に組み込まれることを意味していた。私は、その支配に、歓喜と絶望が入り混じった、複雑な感情を抱いた。しかし、同時に、私が拒絶しようとしたにもかかわらず、それが彼の意志によって覆されたという事実は、私に屈辱と、そして抗いようのない恐怖を突きつけた。


桃太郎の唇が、私の唇を塞ぐ。それは、あの夜の甘く優しい接吻とは、全く異なっていた。彼の唇は、荒々しく、私の唇を貪り、息を奪う。私は、息苦しさに胸が締め付けられたが、それでも、この官能の嵐から逃れることはできなかった。彼の舌が、私の口内を荒々しく探る。私は、その全てを、受け入れざるを得なかった。


彼の身体が、私の身体を押し潰す。それは、まるで押し寄せる波のように、私を圧倒する。私は、その重みに、骨がきしむ音を聞いた気がした。痛みと快楽が、同時に私の全身を駆け巡る。桃太郎の身体から放たれる熱が、私の肌を焦がし、私の魂を焼き尽くす。


「ああ…桃太郎様…」


私は、その名を、悲鳴のように、しかし同時に陶酔に満ちた声で叫んだ。彼の獣のような息遣いが、私の耳元で響く。私は、この破滅的な行為の最中で、自分が彼に完全に支配されていることを悟った。そして、その支配こそが、私にとっての、最後の、そして唯一の幸福であったのだ。私が拒絶したにもかかわらず、彼は私の全てを奪い去った。その事実が、私を、より深い絶望と、そして抗いようのない陶酔の淵へと引きずり込んだ。


外の嵐の音は、いつの間にか、私の内なる嵐の音に変わっていた。私は、桃太郎という深淵の中で、永遠に溺れていく。この闇の底で、私は、真の自由と、そして破滅を手に入れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇桃譚 〜禽獣の独白〜 @seiyagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ