第2話 ホラーフラグと愉快な仲魔たち

 ふう、とため息を吐きながらぽつりと呟いたその言葉が、じわじわと嫌な予感だけを空気に染み渡らせる。


 次の瞬間、すぐ近くに──どちゃり、どちゃりと、泥でぐしゃぐしゃになった地面に、何か柔らかくて重たいものが落ちたような音。


 いわゆる、ホラーフラグってやつである。


 回収しなきゃ先に進めない。でも、回収したら絶対に後悔するタイプのフラグ。


「君の好きなように使うといいさ。せっかくだしね」


 “せっかく”の意味は不明だが、何かしら使える『モノ』であるらしい。


 ……気配だけで泣きたくなる。正直、ホラーは苦手だ。ついさっきまで地獄絵図を見ていたし、冷静になって状況を確認すれば──。


 意を決して、ゆっくりと振り返る。


 そこにあったのは──。


「ああ、うん。やっぱりというか……うわぁぁぁ」


 視線の先には、大きな“かたまり”が三つ。そして、そのおまけのように十分の一サイズの小さなもの。


 蠢いているわけでもなく、匂いもない。ただ、元が何だったのかくらいは想像できる。


 問題は、その“あり得ない形状”だ。なぜそうなったのか、まったく理解が追いつかない。現実感がなさすぎて、気持ち悪いというより不快感がじわっと広がる。


 これが動いたり、匂いを放ったりしていたら、間違いなくアウトだったと思う。


 とはいえ、直視はしたくないし、できない。


 そいつに振り返り、問いただす。


「で、どう使えと? まさか食えとか言わないよな……言わないよな?」


「ああ、うん。言わないけど……いや、食べるのもアリかな?」


「いやいやいや! 本来の使い方でいきましょう! そうしよう!」


 うーん、と真剣に考え込み始めたので、慌てて全力で止めに入る。ちょっと残念そうに「そうかい?」とか言うな!


「なら、気を取り直して説明といこうじゃないか。さあ、お待ちかねの『能力』のお話だよ!」


 能力! チート! ……ていうか、あのグチャグチャの死体(仮)を使うのか? それ、なんてネクロマンサー?


「まず、この力は『それら』にしか発動できない」


 “それら”って……やっぱり、あのヤバい塊のことか。


「そして、発動のたびに、君は削られる」


「……えっ? 削られる?」


 不穏なワードが飛び出したぞ。


「だが、その代わり、唯一無二の結果を生み出せる」


「……唯一、無二──」


「この世界、誰かとのつながりを新たに作るのもいいけど、スタートが独りってのは寂しいだろ? “それら”に、新しい身体を創造してあげるといい」


 身体の創造? うわ、嫌な予感しかしない。


 まさかとは思うが、これって超ハイレベルなねんど工作とか、そういうアレ?


 ていうか、“アレ”に触るの?


「無理無理無理無理無理っ! あんなの、視界の端で確認するのが精一杯! 触るなんて──」


「こねく……り? ああっ! そう! そういうことか! イケる、イケるよ!」


「ふっざけんな! 絶対それ本来の方法と違うだろ! イケるとか言うな! まず否定して! 頼むからっ!」


 マジで質が悪い。こいつ、顔に「その方が面白そう」って書いてあるぞ!


 まあ、“それが正規のやり方ではない”と確認できただけでもマシかもしれない。これで「よくわかったね」とか言われてたら、即放棄してた自信ある。


 できるだけ見えない場所まで移動して、触らず、見ずの方向でなんとか──。


「ちぇっ、面白そうだったのに……」


 くっそ、むかつく。


 ここで変に口出すとまた何か言われそうだから、黙って聞くことにする。


「ふぅ、まあいいさ。さて、まずは“身体の創造”についてだけど、君は一度、すでに経験しているんだよね。ボクとの出会いを思い出してみるといい」


 こいつとの出会い──。


 地獄絵図を見ていたとき、背後から忍び寄って驚かせてきた、あのウザい登場シーン。


 正直、もう答えはわかってる。わかってるけど、まずはこの一言から言わせてほしい。


「なんか、改めて嫌なヤツだな」


「うん、言いたいことはわかるけど、そうじゃない。……そうだなあ、ヒントは──」


「お前を見たときに始まったキャラメイクだろ?」


 言葉を遮られて、こいつの眉間に皺が寄る。いわゆる“ムッとした顔”。


「君も、意外と嫌なヤツだね」

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