第16話氷結の妖魔を訪ねて
雪平邸は来賓の出迎えが整い、豪華で華美な装飾がきらびやかに輝いている。
それもそのはず、VIPを出迎えるためにおもてなしを完全なものにしたのだ。
執事の柿原雪枝の取り次ぎで、瀬戸内海のリゾート地・人魚館オーナーの側近が訪問して来ることになった。
零人とオーサは雪平グループの新事業のための支援者を集めたいところなので、この会談を成功させて何としても販路を拡大したかった。
雪平の熱心なフォロワーだという彼女なら、話は早いと雪枝は言っていた。
オーナーのお気に入りである弟の話だから確かな情報筋のようだ。
それに彼女は同じ北欧人のオーサに関心が高く、氷結の妖魔と親しくしたいと思っているようなのだ。
自分が行くことができないので、全権を委ねた側近を送ると連絡が来た。
更なる信頼を勝ち取らなければならない。
この食事会が、大いなる一歩の始まりと言えるのだった。
万全の体制で余裕がある零人とオーサに対して、雪枝は不安そうだ。
彼女の話では昔、高校時代に因縁があるらしい。
好きな人を取り合った仲らしいが、その激しさ足るや壮絶なものだったようだ。
結局雪枝は相手を奪われた形になり、失恋を味わうことになった。
色恋沙汰の争いではあるが、雪枝は心に深い傷を負うことになった。
それ以来雪枝は、彼女とは因縁の間柄らしい。
表と裏のような関係と言うべきか。
「雪枝、無理はしないで。君は普段通りにしていれば言い」
零人は落ち着かなそうな雪枝に、励ましの一言を送った。
オーサも彼女を気遣い、安心させようとする。
「人間誰しも合う合わないはあるよね。私と零人で対応するから心配いらないよ」
大切な二人に余計な心遣いをさせてしまったことを雪枝は詫びた。
「申し訳ございません。零人様、オーサ様、どうかお気遣い無く」
雪枝は二人のいる応接室から出ると、深呼吸した。
いけないいけない。
二人にあんな気遣いをさせてしまうなんて。
気を取り直して、装飾品のチェックをして来賓の到着を待つ。
そうこうしているうちに、雪平邸の前に、黒い車が一台停まった。
重厚そうな高級車のドアが黒服によって開けられた。
車内からは完璧な所作で、黒いスーツにタイトスカートのハイヒールが良く似合う女性が姿を表した。
人魚館オーナーの側近、神浦紗菜だ。
彼女はサングラスを外すと、スタスタと雪平邸の玄関のインターホンを押した。
さて、いよいよか。
雪枝はそう思いながら玄関を開ける。
神浦は相変わらず冷たそうな瞳で雪枝を見る。
「お待ちしておりました、神浦様。本日はどうぞよろしくお願い致します」
雪枝が堅苦しい挨拶をすると、神浦は淡々と呟いた。
「こちらこそありがとうございます」
雪枝は神浦を主の元に案内した。
失礼します、と雪枝がドアをノックして神浦を通す。
零人とオーサは豪華なテーブルとスウェーデンティーのもてなしで待っていた。
「はじめまして。あなたがオーナー様の使いの方ですね。雪平零人と申します」
「私はオーサ・ルンドグレーンです」
「ご丁寧にどうも。私は神浦紗菜と申します」
神浦は洗練された動きでお辞儀をした。
雪枝は零人とオーサの後ろで待機した。
神浦紗菜は明瞭な女性だった。
余計なことは話さず、用件だけを的確に伝える。
主の伝言を一言間違えずに伝える。
人魚館オーナーは雪平の製品を愛用しており、新事業の開拓にはとても興味を持ってくれていると話した。
期待の新社長である零人が、どんな面白いものを作るのか楽しみでしかたがないらしい。
「ご期待に添える、素晴らしいものになることを約束しますよ」
零人は相手の信頼を最大限利用することにした。
「私と零人が力を合わせて、必ず驚くべき事業を成功させますので楽しみにしていてください」
オーサもスポンサーは多い方が良いとわかっていた。
「館長は常に画期的なアイディアを生み出す雪平グループの更なる発展を大変楽しみにされています。今回はお二人が行う新事業に対して、資金援助のお気持ちも表明されております」
零人とオーサは内心ガッツポーズを取った。
時代を担い、結婚したての二人にとって、偉業の一歩である新事業に味方してくれる人物は何より心強い。
相手にとっても、リゾート施設に使う備品に新たな品を加えられるのはメリットがあるだろう。
「こちらは、館長より零人様、オーサ様へのプレゼントになります」
神浦は優雅にティーを飲み、一息ついてから渡すものがあると言い出した。
それは人魚館オーナーからの婚姻祝いの品だった。
神浦は高そうな包装を解いて、品物を差し出した。
重厚な木箱に納められたそれは、見事な人魚の彫刻だった。
精巧な造りの石工の品のようだ。
「館長は彫刻のコレクターでもあります。」
箱には、人魚館館長ステラ・アンデルセンと記された刻印がある。
「とても素敵な祝い品をいただいて恐縮です。美しい人魚ですね」
「館長は氷結の人魚と称えられる美貌の持ち主です。これは館長に惚れた彫刻家が届かぬ想いを込めた作品でした。同じく氷結の妖魔の異名を持つオーサ様に贈りたいと仰られたのです」
「ありがとうございます。館長様からの贈り物、大切にします。」
雪枝は三人のやり取りを見守っていたが、やがて食事会に入ると、一旦退席した零人とオーサと入れ替わるように神浦の前に座った。
「紗菜、彼とは上手くやってる?」
開口一番雪枝は気になっていることをぶつけた。
「あなたが気にしてどうなるの?変わらず元気にやってるわよ。体の相性も最高なんだから」
神浦はそういって体をくねられて見せる。
その仕草に雪枝は呆れた。
「よろしくやってるならいいわ。弟はどう?」
「あの坊やは相変わらず館長にベタぼれよ。見ているこっちが羨ましいほど甘々だわ」
神浦は頬に手を当ててうっとりした表情を見せる。
「あなたの趣味はわからないわね…その調子なら大丈夫ね。館長には感謝してるのよ。あの子を助けてくれて」
「今更言うことでもないでしょう。あんたとは彼を奪い合った中だし…付き合ってた雪枝から私がぶんどってしまった後ろめたさもあるから。」
「昔のことは抜きにして、本当に感謝してる。話を付けてくれたは紗菜だし」
二人は因縁はあるが、不思議と険悪のようにはならない。
雪枝の弟が過去に人生に絶望したときに救いの手を差し伸べてくれたのが、人魚館の館長、ステラ・アンデルセンだった。
そしてステラに弟の事情を話し、雇い入れをしてくれたのがこの紗菜なのだ。
そこへ、零人とオーサが戻ってきた。
「おや?二人とも話し合っていたみたいだね」
「お邪魔だったかしら?」
「い、いえ、お構い無く。」
新事業についての話を含めた食事会が始まる。
紗菜と雪枝はこの時だけは過去を忘れて食べようと思った。
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