第14話恥じらう妖魔と淡い未来

一夜開けて零人とオーサは幸福感と恥ずかしさに身を焦がしながら自宅への帰路についていた。

零人はオーサへの愛を誓うことができたものの、燃えるような恥ずかしさは消えなかった。

世の恋人というのはあんな恥ずかしいことをしているのかと思うと、どこかに逃亡したくなる。

とはいえ自分も同じことをしたばっかりだ。

恥ずかしいのは自分だけではない。

オーサも頬を真っ赤に染めて外を眺めているが、一言も言葉を発することができない様子だ。

オーサも零人への深い愛を感じることができたが、あのような恥ずかしい行為を世の恋人たちはしているのかと、やはり信じられないでいるようだ。

オーサが零人の様子が気になり、そっと振り向こうとするが、零人も同じく振り向いたため、慌てて窓の外に顔を向けた。

沈黙が車内を支配し、思い空気が流れる。

できることなら、第三者が話題を作るかこの空気感を消し去ってくれと思っていた。

その思いを察知したのか、雪平家の執事・柿原雪枝が沈黙を破った。


「零人様、オーサ様、昨日は大変感動いたしました。あなた方は雪平家の次代を作るお方。更なる発展を、お父様、お母様、御親族の方々が祈っておられます。微力ながら、この柿原雪枝も全力をもってお仕えさせていただきます」


興奮気味に話す雪枝は雪平グループが世代交代とルンドグレーン社とパートナーシップを締結することに、胸を弾ませているようだ。

雪枝は零人たちに忠誠を誓ってくれるが、幸せも願ってくれている。


「ありがとう」


「ありがとう、雪枝さん」


零人とオーサは雪枝に感謝の言葉を述べた。


「ところでお二人ともお顔が赤いようですが、どうかしましたか?」


雪枝のイタズラを込めたような笑顔で茶化されて、零人とオーサは顔を見合わせて窓を外を向いた。

雪枝はそんな二人に暖かい微笑みを見せていた。


「零人様、オーサ様、雪平グループの継承が完了した暁には零人様独自の新規事業に取り組んでいただきたいと思います」


「新規事業?」


「はい。雪平グループは代々、当代のお方が新たに事業を立ち上げることで新分野に介入、事業を拡大してきました。それにならい、零人様もオーサ様のお力添えを得て新規事業を開拓していただきたいのです」


「新事業ねぇ…」


零人はオーサを見ながら腕を組んだ。

雪枝の言う通り、雪平グループは当主になった者は自分が開拓した事業分野を開拓すると言う習わしがあった。

祖父も父もそうやって会社を発展させていた。

自分には何があるのだろうか。

零人は真剣に考えた。


「新しいものも良いが、一度原点に帰って札幌で事業を起こすのも良いな。東京や首都圏に進出して確たる基盤は作ったが、発祥の地である北海道に立ち返るのも良さそうだ。」


「それ、良い案ね。北海道で私たちだけの事業、始めてみようかしら」


零人は偉大な父と並ぶには親族たちを味方につけるパフォーマンスが必要だと思っていた。

事業を始めるにしても、東京は雪平グループの支店が立ち並び、参入の余地はあまりない。

ならば北海道で先祖の軌跡をなぞるような歩みをしても良いと思うのだ。

地方の地主だった頃に会社を作り、全国展開するほど大きくさせた先代たちに零人自身が並び立つのだ。


「一からではなく、0からですか。零人様らしいと思います。私の力をお使いください。会長からは零人様、オーサ様の手となり足となる僕になれとの仰せですから」


雪枝は黒い瞳を輝かせて胸ポケットから写真を取り出した。

零人は写真を受け取ると、オーサと二人で見た。

その写真には海の上にあるゲストハウスのような巨大な洋館が写っていた。

美しい空と海に浮かび上がる白い建物がおとぎ話のような印象を与える。

人魚の形をした紋章が扉に大きく描かれているのが特徴的だった。


「瀬戸内海にある人魚館と呼ばれる建物です。この洋館の主は資産家で、雪平グループの製品をたいそう気に入られております。飲食業や宿泊業をなさっておられて、この度お二人の婚姻成立との報せを聞き、記念に事業締結のお話をいただけました」


「瀬戸内海の人魚館…」


「海沿いのリゾート地かしら」


零人とオーサが人魚館のイメージをしていると、雪枝がフォローしてくれた。


「人魚館そのものが高級リゾートとして知られています。館主はオーサ様同様北欧の女性です。彼女はノルウェー人の実業家であり、たくさんのビルを所有するオーナー様です」


柿原雪枝はそう言ってゆっくり付け加えた。


「私の弟がお世話になっております」


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