特盛水族館デート

 待ち合わせは現地集合。陽菜は駅前でスマホを確認してから、大きく深呼吸した。


(……いける。自然、自然……のはず)


 今日は夏服の制服。白いブラウスの胸元には、明らかに“盛られた”影ができている。ちなみに中身は、このあいだの“魔法少女ごっこ”のあとに、蒼真が「今日のために」って渡してきた、ちょっとサイズが大きめのパッドだ。もちろん、例のお願いどおり――パッド限界盛り。 限界とはいえ、Bカップの陽菜がEカップくらいに見える仕様である。


 服の中はすでに戦場だった。歩くたびに揺れる、いつもと違う感触。何より、通行人の目線が……なんか刺さる気がする。

(なんでこんなことに……! 絶対、あいつどこかで見てニヤついてる!)

 蒼真の姿はまだない。現地集合をいいことに、どこかで様子を伺っているに違いない。 陽菜は眉をひそめながら、スマホを開いて短くメッセージを送る。


「いいから早く来て!!」



 合流したあとは、視線を気にしつつも水族館の館内を歩く。

 最初こそ落ち着かなかったものの、色とりどりの魚やクラゲの幻想的な展示に、だんだん気も紛れてきた。


「あのエイ、なんか笑ってるみたいじゃない?」


「……陽菜の方がかわいいけどね」


「……はいはい、調子乗らない」

 なんだかんだで、笑顔も増えてくる。恥ずかしさも、少しずつ忘れていった。


 館内のレストランで昼食を終えたあと、蒼真が言った。

「イルカショー、ちょうどいい時間みたい。見に行かない?」


「……いいかも」

 すっかり気が緩んでいた陽菜は、素直に頷いた。



 イルカのジャンプやバイバイ芸に癒されていたそのとき。


『それではここで、お客様にお手伝いをお願いしたいと思いまーす!』


 陽菜の体がピクッと固まる。嫌な予感。

 案の定、蒼真が耳元でささやいた。


「ね、お願い……」


「はぁ!? な、なんで私が……」


 ぶつぶつ言いながらも、遠慮がちに手を挙げてしまう自分が憎い。絶対選ばれたくないと心の底から祈ったが――


『そこのおねーさん! お願いしまーす!』


 終了。


(うそでしょ……!?)


 大勢の観客の前に立たされる。さっきまで「もう慣れたかも」なんて思ってた自分を殴りたい。 なにより――この胸元が、今日いちばんの問題である。


 陽菜は顔を真っ赤にして、イルカとぎこちなく触れ合う。

 ジャンプの合図しただけなのに拍手喝采。こんな羞恥プレイ、聞いてない。

 どうにかこうにか終えて席に戻った陽菜は、蒼真の脇腹を容赦なくつねった。


 ショーが終わり、観客の波が引いたあとの水槽裏の静かな通路。二人だけになった空間で、陽菜はじっと蒼真を睨む。


「……あんたね、あれマジで一生モノの恥なんだけど! ほんと死ぬかと思った!」

「でもさ、イルカもスタッフのお姉さんも楽しそうだったし、陽菜もけっこう似合ってたよ?」

「フォローになってない! あと、スマホで写真とってたわよね? はい、出して。即削除!!」

「えー……でも、すごくいい表情だったのに……」

「そういうのが一番恥ずかしいって言ってんの!!!」


 そのまま出口方面へ向かう途中、陽菜はふと約束を思い出し、お土産コーナーで足を止めた。


「あ、これ……かわいいかも」


 手に取ったのは、イルカのぬいぐるみ。サイズは小さめで、どこかぽてっとした顔立ちが妙にツボだった。


「買う?」

「うん……記念に」


 そう言ってレジへ向かい、購入を済ませたあと。出口の前、人気の少ないベンチで一息ついていると、陽菜がふと黙りこむ。


「……ちょっと、何笑ってんの」

「いや、そのぬいぐるみ……やっぱり楽しんでたんじゃ……」

「そんなわけないし! たまたま可愛かったから買っただけ!」


 ぶんぶんと振るぬいぐるみ。


 だがその瞬間、ブラウスの中でなにかがズレた。

(……え? ちょ、ちょっと待って、これ――)


 次の瞬間、足元になにか柔らかいものが「ぽとっ」と落ちた。


「――っっっ!?!?!?」

 蒼真が目をやるより早く、陽菜はしゃがみ込んでそれを拾い、ぬいぐるみと一緒にぎゅうっと胸に抱きしめる。

「見てないよね!? 見てないよね!?!?!!」

「見てない見てない。全然見てない。っていうか何も落ちてない。

……うん、さすが陽菜。やらなきゃいけないことを、ちゃんと分かってる。」

「蒼真のバカ、本当にバカ!!!」


 ぬいぐるみで顔を隠す陽菜の耳まで真っ赤だった。


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