第2話 フェンス
移動する馬車の中で、黒髪の少年がうなだれる。
「はぁ~、憂鬱だ」
「そう気を落とされないでください、坊ちゃま」
同乗しているおばちゃんメイド――マーサが声をかけるも、少年の憂いは消えない。
むしろ、刻一刻と近づく目的地への到着にため息の数が増え続けてゆく。
三日に一度訪れる剣術の稽古の日は、いつもこうだった。
「先生もおっしゃっていたではありませんか。形稽古は上手だと」
「その後に、しっかり筋トレを続けなさい、とも言っていたけどね。形稽古だけじゃ意味がないんだよ。いくら技を駆使したところで、パワーで押し切られてしまう」
技でもって強敵を倒すお話は数あれど、単純な振り下ろしが防げなければ最初の一撃で決着がついてしまう。
技というのは、あくまでも最低限の力をつけてから使うものだ。
その点、坊ちゃまと呼ばれる少年は非力である。
全体的にほっそりとした体に、白くきめ細かい肌、水仕事をしていないもの特有の美しさがある。
残念ながら、その美しさは軟弱さとも言い換えられ、武芸においてマイナスでしかないのだが。
やがて、馬車は目的地に着いた。
「はぁ……行ってくる」
坊ちゃまのため息が止まらない。
止めるすべを持たないメイドは、温かい目で見送るしかなかった。
~~~
「おっ、来たなフェンス。着替えてきなさい」
「はい」
門をくぐった先で待ち構えていたのは、この剣術道場の指導者である。
無駄に元気溢れるゴリマッチョな男は元騎士であり、今は後進の育成に力を注いでいた。
「元気が足りないぞ」
「はい!」
よろしい、と許可を得てから、フェンスと呼ばれた少年は更衣室へ移動する。
ここは市井で開かれている剣術道場であり、騎士になることを夢見る子供たちが集まる場所なのだ。
中流階級が住むこの地域では、少しお金に余裕のある家の子が多く通っている。
「おっ、来たなボンボン」
「今日もボコボコにしてやるよ」
更衣室で意地悪な笑みを浮かべているのは、近所に住む悪ガキ共だ。
金持ちの息子が鼻持ちならないらしく、フェンスを執拗に攻撃してくる。
しかし、フェンスは自分より強い悪ガキにも怯むことはない。
「今に見てろ。いつか絶対に勝ってやるからな」
たとえ負けていたとしても、弱みを見せてはならない。
尊敬する父親から教わった対人の心構えに従い、フェンスは鋭く睨み返す。
「よわっちいボンボンが何か言ってら」
「へっ、お前が俺たちに勝てるわけないだろ」
ただし、いくら教えが正しくとも勝てるわけではない。
フェンスを含めた十人の門下生が子供用の鎧に着替え、師の前に集まった。
「よろしくお願いします!」
「本日の稽古を始める!まずは素振り100回!」
ここは問題ない。
フェンスは僅かに遅れながらも、100回振り切ってみせた。
「剣聖之型その1、始め!」
これもまだ大丈夫。
フェンスは師に教えられた通りの動きで剣を振るう。
メイドのマーサが言ったように、その動きは自信に満ちており、型を忠実に再現している。
その10まで続く基本の型を一通りこなせば、基礎から応用へ、フェンスの苦手なパートに突入する。
「次!乱取り始め!」
いよいよ、フェンスにとって憂鬱な時間の始まりである。
「相手してやるよボンボン。いつか絶対倒すんだろ?」
「俺も手伝ってやるよ」
意地の悪い笑みを浮かべた同門二人がやってくる。
「よろしくお願いします」
お金持ちのくせに弱いからと馬鹿にしてくる二人は、乱取り稽古のたびに狙い打ちしてくる。
礼儀正しくあれという教えを守るフェンスは、一礼と共に木剣を構える。
フェンスは負けるものかという反骨精神と、木剣にたれる痛みが嫌だなという弱気な気持ちに挟まれながら、訓練に臨むのだった。
「やー!とりゃあ!うわっ、あれ、いってぇ!」
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