ライフタイム・カード
詣り猫(まいりねこ)
第1話・曲がりくねった道の先に
茜色の空に包まれる夕刻。
『
彼はネクタイを緩め、ワイシャツの袖をまくる。そして大きな黒いリュックの中から、バリバリと音を立てて紙袋を取り出した。その紙袋からスニーカーを取り出し、今履いている革靴を脱いで、スニーカーと履き替えた。そのあと今度は革靴を紙袋に入れ、リュックにしまう。
(よし、今日も歩くか)
彼はリュックを背負って、気合いを入れてから駅を出た。
◆
山科は自分が住んでいる町の最寄り駅ではなく、2つ手前の駅で降りた。
ウォーキングのためである。
身長165センチの70キロ。BMI値は25.71。山科は小太り体型だ。
彼は今まで自分の体型を特に気にしたことはなかった。しかし好きな娘が出来てしまい、急に自分の体型が恥ずかしくなってきたのだ。
(意中の相手によく思われたい!)
その一心で、山科は痩せることを決意した。
山科の意中の人は、広告デザイン課4年めの『
彼女は26歳。美人で人当たりが良く、後輩からも好かれている。
山科の目には少なくとも彼女がそう映っていた。
プローモーション課で働いている山科は、広告デザイン課の沢野とそこまで顔を合わさないし、ほとんど話したこともなかった。
4月初旬に開かれた会社のお花見会に、山科と沢野も参加していて、そこで会った。
そのときに2人は軽く話しただけなのだが、山科は沢野のことを、一目惚れに近い形で好きになってしまった。
別に彼はそのときに沢野から体型のことを指摘されたわけでもない。彼女と山科は全然深い関係でもないので、
「君に好かれたくて痩せようとしている!」と、彼が沢野に言っても、
「ふーん、そうなんだ」ぐらいの事だろう。
(キモいとすら思われるかもしれない……)
それでも山科は痩せる努力をしようとしていた。
ついこの前、山科は会社の後輩の『
【好きな娘に好かれたいから痩せる!】とかいう女子みたいな理由を言ったら、
小西は、
「36歳にもなってなに言ってんすか!」と爆笑するだろう。
爆笑したあとに社内中に言いふらすだろう。彼はそういう奴だ。山科はそう思い、小西に本当の理由を言わなかった。
◆
駅から7分離れた住宅地。
小学校の横を通りながらそのまま前進すると、三叉路とぶつかる。
(この前は右に行ったから……今日はこっちだ)
山科は左を選んで進む。
彼は分かれ道が出てくるたびに、前回行かなかった方ばかりを選択していく。
山科は飽き性だ。同じ道ばかり歩いていると、ウォーキングそのものが続かない。だから彼はただ歩くだけじゃなくて、道をどんどん変えていく。
普通の人はそんなことをすれば迷うと思うが、山科の場合は大丈夫だ。
彼には【一度通った道は覚える】という特技があるからだ。
山科はときどき考える。
(今の広告会社をクビになったら配達員もありかな)と。
そんな妄想をしてしまうぐらいに、彼は道を覚えることに関して自信があった。
◆
山科は道をグネグネと進み、20分ほど歩いた。
すると、そこには小さなお店があった。
それは見たことも聞いたこともない『ユーラインマート』という名前のコンビニだった。
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