アポクリファ、その種の傾向と対策【愛しのJack-o'-Lantern】
七海ポルカ
第1話
遅くなってしまった。
表面上は平静を装いながらもシザは信号で足を止められるたびに、腕の時計を見た。
これもそれも全部仕事でモタモタして、あの五月蠅いアリア・グラーツと小一時間小競り合いをした同僚のせいだったので、本当の所はボロ雑巾のように説教して二度とモタモタしたくなくなるようにぎゅうぎゅうに締め上げてやりたかったのだが、とにかくそんな時間も今日は惜しく「この話はまた後日に!」と睨みつけて出て来たのだ。
同僚であるアイザック・ネレスの嫌いな所はたくさんあるけれど、
ああいう融通が利かない所は一番嫌いだ。
頭の回転が速くないくせに、口数の多いアリア・グラーツとまともに殴り合いに行こうとする。結局予想通り打ち倒されて、倍以上の時間を掛けて「すみません」と謝るまで追い詰められるんだから。
「まったく、あの人もっと要領良くは生きれないんですかね……」
この世には要領のいい人間と、要領の悪い人間がいる。
シザは割と不幸な過去を持っているけれど、要領はいい方だ。
大学に通うようになって自分のそういう面を知った。
周囲の人間はもっと程度の低いことで思い悩んでいることに気づいたからだ。
要領のいい人間と、要領の悪い人間の違いは、
自分にとって何が大切かをしっかり把握しているかどうかだと思う。
要領のいい人間は自分が守らなければならないものが何かはっきりと分かっている。
だからそれだったり、それに関わる時だけ真剣に力を発揮するし、それに関わらないことならば放って関わらないでおけばいい。
アイザック・ネレスのように要領の悪い人間は、その時々の判断で何でもやる。
自分が気に食わなかったとか、
今は嫌だと思ったとか、
時には自分のことだけでは飽き足らず、隣の人間の事情にまで関わったりするからややこしくなる。それでいて彼らには全てを上手く収拾させる才気など無いわけだ。
状況を散らかすだけ散らかして、まとめる力が無いので、結局仕事の相棒とか同僚だとか、出来る後輩などがああいう人間の尻拭いをさせられる。
考えているとシザは段々自分が要領がいいのか悪いのか分からなくなってきて、
イライラし始めたので、とにかく待ち合わせ場所へと急いだ。
待ち合わせている相手は弟だったが、
シザにとってユラ・エンデは、弟という一言を遥かに上回って来る存在だった。
あの人もどちらかというと、要領の悪い人だった。
上手く立ち回るようなことが出来ない。
だけどあの人の側にいても、アイザック・ネレスの側にいる時のように見てて全然イライラしないのが不思議だ。
むしろその要領の悪さで困っている姿を見ると「愛らしいなあ」などと思えて来るので、まったく、愛とは偉大である。
その偉大な愛が、ようやく兄弟という場所から一歩踏み出した戸惑いから、彼の心を守ってくれるといいのだけれど。
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