第7話

 エルグランド領の繁栄ぶりは、もはや周辺貴族の間で噂されるだけでなく、王国全体の注目を集めるようになっていた。

「あのエルグランド領が、たった数年で国一番の豊かさになっただと?」

「公爵令嬢イリス・エルグランド…社交界を追放されたはずでは?」

 王都では、私の噂でもちきりだった。かつて私を断罪した貴族たちは、あの時私にどう対応すべきだったのかと、遅すぎる後悔に苛まれているだろう。

 特に、かつての婚約者である第二王子アルフレッド様は、立場が悪化していた。私の成功が、彼が私を「悪女」と断罪したことの不当性を浮き彫りにしたからだ。エミリアさんとの関係も、王室からは問題視され、彼の王位継承権は危ういものとなっていた。

 そんなある日、王都から正式な使者がエルグランド領を訪れた。王国の重鎮である宰相閣下直々の使者だという。

 私は公爵邸の応接室で、その使者である若い貴族と向き合った。彼の顔には、緊張と、そして私に対する好奇心が見て取れる。

「公爵令嬢イリス様におかれましては、エルグランド領の発展に多大なる貢献をされ、王国民の生活向上に尽力されたこと、心より感謝申し上げます」

 使者は形式ばった言葉で私の功績を称えた。社交辞令に耳を傾けながら、私は彼の本題を待つ。

「つきましては、王都へお戻りいただき、王国の内政においてその才覚を発揮していただきたく、陛下よりお声がかかっております」

 やはり、そういうことか。私の能力を利用しようという魂胆だ。

 私は静かに微笑んだ。かつて、私はこの国の中枢で、悪役令嬢として破滅するはずだった。だが、今は違う。私はこのエルグランド領で、自らの手で作り上げた確固たる地位と、領民からの信頼という財産を持っている。

「お気遣い痛み入ります。ですが、王都へ戻るつもりはございません」

 私の即答に、使者は驚いた顔をした。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

「な、なぜでございますか? 王国の内政を担うという栄誉ある機会を…」

「栄誉? かつて私は、この場所から追放されたのですわ」

 私は、穏やかながらも強い口調で言い放った。

「そして、このエルグランド領で、私は自らの手でこの土地を豊かにし、領民を幸福にすることに喜びを見出しました。この場所こそが、私の居場所なのです」

「しかし…」

「王都の華やかさや、政治の駆け引きには、もう興味がありませんの。私はこの領地で、土を耕し、パンを焼き、子供たちに読み書きを教える生活に、心から満足していますわ」

 もちろん、私のやっていることはそれだけではない。大規模な灌漑事業、新しい作物の導入、商会の設立、教育機関の拡充…多岐にわたる改革を推進している。しかし、あえて「土を耕し、パンを焼き…」と表現することで、私が求めるものが王都の権力や名声とは全く異なる場所にあることを示したかったのだ。

 使者は言葉を失った。王都の論理では、私の選択は理解不能だろう。

「陛下には、私の決意をお伝えください。私はこのエルグランド領に骨を埋める覚悟でおります」

 使者は結局、私の説得を諦め、肩を落として王都へ帰っていった。

 私の決断は、王都の貴族たちの間でさらに波紋を広げた。王国の中枢に入ることを拒否した「追放された悪役令嬢」。それは、彼らにとって理解できない、そして少しばかり恐ろしい存在となった。

 しかし、私は後悔していなかった。私が望むのは、誰かのシナリオ通りに生きることではない。私が、私自身の意思で、自分の物語を紡いでいくことだ。

 エルグランド領は、もはやただの辺境領地ではない。王国の中で最も繁栄し、最も自立した、私自身の王国だ。

 私は執務室の窓から、領地の豊かな風景を眺めた。青々と茂る麦畑、賑わう街並み、そしてそこで働く領民たちの笑顔。

 この全てが、私がゼロから築き上げたものだ。

 かつて私を「悪女」と罵った人々よ。私は今、あなたたちが決して手にすることのできない、真の豊かさと自由を手に入れた。

 私の「ざまぁ」は、あなたたちを罰することではない。私が、あなたたちの想像を超える幸福と成功を掴むことなのだ。

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