婚約破棄された追放令嬢ですが、最強の内政チートで理想郷を築き上げます

藤宮かすみ

第1話

「お前のような悪女、この学園から、いや、社交界から退場してもらう!」

 王子の、いや、私の婚約者であった第二王子アルフレッド様の声が、学園の卒業パーティーが開かれている大広間に響き渡った。スポットライトが、壇上の彼と、その隣で震えるように俯く可憐な令嬢、そして、彼らから少し離れた場所に立つ私──公爵令嬢イリス・エルグランドを照らし出す。

 周囲のざわめきが波のように押し寄せ、痛いほど私の耳に届く。視線が突き刺さる。

「イリス・エルグランド! 貴様は婚約者である私を蔑ろにし、王子の座を貶めようと画策した! その悪逆非道の罪により、貴様との婚約を破棄し、社交界からの追放を言い渡す!」

 アルフレッド様は、まるで正義のヒーローのように、私を指差して高らかに言い放つ。その顔には一点の曇りもない、確固たる断罪者の顔つきだ。

(……え? 退場? 追放?)

 私の思考が一瞬停止した。なぜ? なにを理由に? まったく身に覚えがない。

 いや、待って。この状況……。

 アルフレッド様が断罪の言葉を叫ぶ。その隣には、見るからにか弱い雰囲気の、私のライバルと目されていた侯爵令嬢エミリア。そして、断罪される「悪女」である公爵令嬢の私。

 ――これ、私が昨日まで読んでいた、あのweb小説のプロットだ。

『光の聖女と闇の公爵令嬢』。平凡な侯爵令嬢エミリアが、実は光の聖女の力を持っていて、婚約者である第二王子と結ばれる。一方、邪魔者として立ちはだかる公爵令嬢イリスは、様々な嫌がらせをエミリアにするも、最後は王子によって断罪され、破滅するという物語。

 嘘、でしょ? 私、その悪役令嬢イリスに転生してたってこと!?

 前世の記憶が、奔流のように脳裏に流れ込む。日本の大学で歴史学を専攻していたこと、ファンタジー小説を読むのが好きだったこと、そして、あの『光の聖女と闇の公爵令嬢』を最新話まで追いかけていたこと。

 そして、思い出す。この断罪シーン、原作ではイリス様は完全に悪女として描かれていた。証拠も次々と提示され、誰もが彼女の自業自得だと納得する展開だったはずだ。

(でも、今の私は違う! 私、何もしてない! 王子のことだって、別に好きでもなかったし! エミリアさんには普通に接してたはず!)

 これは原作の展開通りに進むと、私は何もできずに悪女の烙印を押され、公爵家にも迷惑をかけ、そして破滅する。それは絶対に避けたい。

(前世の記憶……そう、私には「原作知識」がある!)

 ここからのアルフレッド様の行動、エミリアさんの反応、そして彼らが突きつけてくるであろう「証拠」。すべて知っている!

 口元に、自然と笑みが浮かんだ。悪役令嬢らしい、不敵な笑み。

「……クスクス」

 静まり返っていた広間に、私の抑えた笑い声が響く。アルフレッド様が怪訝な顔で私を見る。

「なにがおかしい、イリス! 自分の罪を理解していないのか!」

「いいえ、理解いたしましたわ、アルフレッド様」

 私はゆっくりと歩き出し、壇上へと向かう。ざわめきがさらに大きくなる。

「あまりにも馬鹿馬鹿しくて、笑いがこみ上げてしまったのです」

 私の言葉に、アルフレッド様の顔が怒りで歪む。エミリアさんは怯えたように身を縮める。

「馬鹿馬鹿しいだと? 貴様の罪は――」

「私の罪? いいえ、罪があるのはあなたのほうではございませんか?」

 私はアルフレッド様の目の前で立ち止まり、冷ややかに見上げた。

「婚約者がいる身でありながら、侯爵令嬢エミリア様と密かに関係を持っていたこと。そして、それを正当化するために、何の罪もない私を陥れようとしたこと。こちらこそ、罪状に当たりますわね、アルフレッド様?」

 私の言葉に、アルフレッド様の顔からサッと血の気が引いた。エミリアさんも顔を上げて、信じられないという表情で私を見ている。

 周囲の貴族たちからも、どよめきが起こる。

「何を言っている! 私はエミリア殿とは清廉な交流をしていただけだ! 貴様の嫉妬による妄言だ!」

「妄言? いいえ、証拠はございますわよ」

 私は懐から、一枚の便箋を取り出した。それは、原作知識で知っていた、アルフレッド様がエミリアさんに送った甘ったるい恋文だ。内容は具体的に、人目を忍んで会っていた日時や場所、そして将来を誓う言葉まで記されている。

「これは、アルフレッド様がエミリア様に送ったものですわね? 学園の図書室の裏庭で、夜遅くまで逢瀬を重ねていたことも、この通り詳しく書かれていますわ」

 私は便箋を広げ、周囲に見えるように掲げる。数人の貴族たちが近寄ってきて、内容を確認する。

「…確かに、これは…」

「王子殿下が、このような…」

 ざわめきは、もはや非難の色を帯びていた。アルフレッド様は顔面蒼白になり、弁解の言葉を失っている。エミリアさんは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだ。

「な、なぜ、貴様がこれを…!」

「知る由もなく?」私は肩をすくめる。「人の口には戸は立てられませんわ。それに、私は公爵令嬢として、今後の王室の未来に関わる婚約者の動向を把握するのは当然の義務ですから」

 もちろん、そんな義務はない。これは完全に前世知識のアドバンテージだ。

「これで、どちらが悪女(原文では悪逆非道)か、明白になりましたわね」

 私はアルフレッド様を一瞥し、次にエミリアさんを見た。彼女は怯えた子鹿のようだ。原作では「聖女」として描かれていた彼女だが、今の私にはただの「婚約者の浮気相手」にしか見えない。聖女の力なんてものがあるかも知らないが、少なくともこの件に関しては、彼女も共犯だ。

「アルフレッド様」

 私は左手にはめていた婚約指輪をそっと外す。

「あなたの罪状は、王子の品位を貶める行為、そして婚約者に対する背信行為。本来であれば王室に報告し、厳しく追求すべきでしょう。ですが…」

 私は指輪をアルフレッド様の掌にそっと乗せる。冷たい感触が伝わる。

「そのような面倒なことに時間を割くのは、もう御免ですわ」

 私は広間全体を見渡す。かつて私を嘲笑し、断罪されるのを見物していた貴族たちの顔が、今は驚愕、困惑、そして少しばかりの畏怖に彩られている。

「私は、あなたの婚約者であること、そしてこの窮屈な社交界に縛られていることに、ほとほと嫌気がさしましたの」

 私は胸を張り、まっすぐに前を見る。

「ですから、あなたからの婚約破棄、謹んでお受けいたします」

 周囲が再び騒然となる。婚約破棄を「受け入れる」だけでなく、「謹んで」という言葉を使ったことに、皆が驚いているのだ。まるで、私がそれを望んでいたかのように。

「そして、この場を借りて宣言いたします」

 私の声は、広間の隅々まで届くように、澄んで響いた。

「私は本日限りで、公爵令嬢としての義務や、社交界での役割から解放されます」

 一瞬の静寂。

「これからは、私の人生を、私自身の物語を紡いでいくことにいたしますわ。誰にも、何にも縛られずに」

 私はアルフレッド様に背を向け、エミリアさんにも目もくれず、まっすぐに広間の出口へと歩き出した。かつて私が「悪女」として追放されるはずだった場所を、今は自らの意思で、堂々と去っていく。

 背後で、貴族たちのざわめきと、アルフレッド様の何か叫んでいるような声が聞こえる。だが、もう振り返る必要はない。

 私の、新しい人生が、今、始まるのだから。

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