カフェ・オ・レに角砂糖を
玄門 直磨
出会い
とある
約束の時間までまだ少し余裕があるため、ホットのカフェ・オ・レを飲みながら、会社や学校へと急ぐ人々の姿をガラス越しに
イヤフォンからは、お気に入りのメロディックスピードメタルバンドの曲が流れている。その
足を
その時ふと、
驚きのあまり
ほんの
「まさか、この街に……?」
俺はそう
突然俺の前から姿を消してしまった人物。その人がこの街に住んでいるのだろうか。それともたまたまこの街に来ただけなのか。もちろん他人の
それに、世界から見れば
なぜなら、あの人は……。
◇◇◇
その人との出会いを
小学校、中学校では友人と呼べる者は学校に何人かいたが、高校生になってからは
その理由は、俺がイジメに
俺に対するイジメは、クラス全員による無視や、物を隠されたりする
同じクラスの連中は、自分達が
俺は、そいつら一部グループに立ち向かう勇気などなかったし、力も弱く
イジメの原因は
思い返してみればそれだけが原因ではなく、俺のオドオドとした態度もイジメに繋がっていたのかも知れない。
よく、『イジメられる側にも原因がある』という人がいるが、それはほんの一部で、ほとんどはイジメる側に原因があると思う。
オドオドした態度というのに原因があるともいえなくは無いが、名前が少し変というだけでイジメられてはたまったものじゃない。もっとも、オドオドした態度がむかつくからといってイジメて良い事にはならないが。
◇◇◇
その日も、俺はイジメに遭っていた。
学校ではやはり目立ったためか、本格的なイジメは放課後が多かった。学校から少し離れた公園。その
「おらっ」
イジメグループの
俺はその痛みに「ぐえっ」という
「おら、立てよ」
胸倉をつかまれ強引に立たされた。
「なぁトコロ。いつもの
普段はただの暴力だけで終わる事が多いのだが、時として
「さっさと出せよ!」
今度は左のわき腹に
いや、ただ単に顔を殴ると痛いから殴らないだけかもしれない。
俺はしぶしぶ財布を取り出し、一万円札を差し出した。
「あぁ? お前舐めてんのかよ。一万円じゃ全然足りねぇよ。四人だから普通四万だろうが!」
そう言いながらも、鈴村は一万円をポケットにしまいこむ。
後ろの仲間三人は、ニヤニヤしながらこちらを見ているだけだ。
コイツらの普通というものは
「でも、今はそれだけしかないから……」
「うるせぇ、今すぐ親の財布から持ってくれば良いだろうが!」
「でも……そろそろバレそうだから……」
「そんなの関係ねぇだろ!」
再び腹に
「ぐっ――!」
俺の
「お前、空気読めよなぁ」
鈴村の後ろで、しまりのない唇をニヤニヤさせながら
――空気を読む。
俺はこの言葉が嫌いだ。
集団生活を
例えば、それが
特に、鈴村に
少なくともコイツらは違う。
自分の意思で周りに合わせて
しかし、コイツらみたいにただ流されているだけの奴らはいざとなれば、『本当はやりたくなかった』『断れない雰囲気だった』『俺は悪くない悪いのはあいつだ』などと言い逃れするのは
「なに黙ってんだよ。持ってくるのか来ないのか、どうなんだよ! あぁ!?」
逆立った
そんな鈴村の睨みをきかせた顔が間近に迫る。
「う……うぅ……」
そう、俺は
それなりに裕福な家庭で何不自由なく暮らし、特に欲しいと思わなくても何でも与えてもらえた。塾や、様々な習い事に行くのも親が決めたこと。この先の進路も、親の
俺はそんな意思の無い自分が一番嫌いだった。
変わりたいと思っても、そうすぐ簡単に変われるわけがないのは分かっていたし、現実にこういう壁が立ちふさがっていてはとても身動きが取れない。
しかし、逆にこれはチャンスでもあった。
このイジメという壁を越えることが出来れば、自分を変えることが出来るかも知れない。精神的に強くなり自信を持てるようになるかもしれない。だがそうは思ってみても、いざイジメという壁の前に立つと足がすくんでしまい心が
なぜ自分だけがこんな
その悔しさが今、胸いっぱいに広がり、
「おいコイツ、泣いてるぜ」
「泣けば何でも許されると思ってるんじゃねぇの?」
「女かコイツは」
「ギャハハ。おい鈴村、脱がして確かめろよ」
今まで黙って
その声に応えるかの様に、鈴村が俺の服を脱がし始めた。
それにあわせ、周りの連中も俺の腕や足を押さえつけたり、服を脱がしにかかってくる。
俺は必死で
そして、抵抗もむなしくあっという間に全裸にされてしまった。
「おい見ろよ。コイツちゃんと付いてるぜ」
高木がそう言うと、奥山が「つちのこみたいだな。ギャハハ」と言って、周りを大爆笑させた。
すると、鈴村がポケットから携帯電話を取り出し、全裸の俺を撮影し始めた。
身をよじり、必死に局部を隠そうとするが、押さえつけられている腕や足の拘束を解くことは出来なかった。
「この写真をネットに公開されたくなきゃ、今度百万持って来い! いいな!」
鈴村は撮影したばかりの写真をこちらにつきつけ脅してきた。
俺はその要求にうなだれた。
百万円なんて大金、一体どこから
今まで親の財布から取ってきたと言っていた金のほとんどは、自分の貯金をくずしたものだった。その貯金も
そんなの無理だ。そう言おうと顔を上げた時、鈴村達の後ろにいつの間にか見知らぬ人物が立っていた。
それは、ほっそりとした長身で黒い革のジャケットをはおり、ブーツカットのジーンズに、黒くてゴツイこれもまた
肩にかかるほど長い髪はひとつに結ばれていて、たらした前髪は左右に分けられ、あごまで届いている。その隙間からのぞく顔は一言で言えば
切れ長の目に、スッと通るような
「四人で
それは驚くほど冷たい声だった。男のように野太くもなく、かといって女のように甲高くないその声色には、全くと言っていいほど感情がこもっていなかった。
その突然の
「――なんだテメェ!?
一瞬間があいたが、鈴村はその人物に
他の奴らはというと、その闖入者に戸惑い、
むろん、俺も助かったという気持ちより、
今までにイジメの現場を目撃した人達はいるが、割って入る事も、警察を呼ぶことも無く、
「やられているお前もお前だ。男だったらとことん抵抗しろ。自分から逃げるんじゃねぇよ」
俺はその言葉に、自分の心が
そう、もっと抵抗しようと思えば出来ていたはずだ。しかし、抵抗して更にイジメがエスカレートしたら嫌だし、鈴村を
いつか誰かが助けてくれるかも知れない、そのうちイジメの対象が他に移るのではないか、などと甘いことを考えていた。
そして、それは今も頭の
「シカトしてんじゃねぇよ、テメェ!」
他の奴らがただ立ち尽くしている中、鈴村が闖入者につかみかかろうとした。
だがその瞬間、鈴村の体がふわりと一回転し、トイレの床に背中から落ちた。
鈴村はもちろん、他の連中も何が起きたのか分からない様子で、ぽかんと口を開けていた。
それは、俺も同じだった。
闖入者がジロリと鈴村以外の三人を
「ふん、
闖入者は逃げ去った三人の後姿をちらりと見やるとそう
そして、鈴村を見下ろす。
「ひぃっ!」とあえぎ声にも似た声を出し、鈴村は逃げようとするが、投げられたダメージなのかそれとも得体の知れない人物に対する恐怖のためか、上手く逃げ出せずしりもちを着いたまま後ずさるだけだった。
そんな様子の鈴村に、闖入者は「ふん」と鼻息を鳴らすと、床に落ちていた鈴村の携帯電話を手に取った。
静まり返ったトイレの中に
しばらくすると、「よし」と言って携帯電話を鈴村に向かって放り投げた。
それが
「画像は全部消しておいたからな。安心しな」
逃げ出した鈴村をしばらく見つめた後、俺の方を見ながら闖入者は言った。
俺は何がなんだか分からなかった。しかし、一時的に助かったのだという事は分かる。
「とりあえず服を着ろよ」
そう言うと闖入者はトイレを出て行った。
その言葉に、俺は自分が全裸であることを思い出した。
そこら辺に放り出されていた自分の服を拾う。しかし、パンツのゴムは伸び、ワイシャツのボタンはいくつか飛んでいて少し
幸いにして制服のズボンは無傷であった為、ゴムの伸びきったパンツは諦めそのままズボンを履くことにした。上半身に関しては、破けた肌着は着ずにワイシャツを直に着る。
なんだか落ち着かない。
パンツとぼろ
俺はちらりと
本来であればもう少しきちんとお礼を言うべきなんだろうけど、恥ずかしさや気まずさのあまり一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「ちょっと待てよ」
きちんとお礼を言わなかったことに腹が立ったのだろうか、そう呼び止められ俺は足を止めビクビクと振り向いた。
しかし相手の顔は怒った風でも無く、口から出た言葉は意外なものだった。
「そんな格好じゃアレだろ。家に来いよ。この近くなんだ」
俺は、その言葉に素直に従うべきか迷った。何か裏があるんじゃないか、そう思えて仕方ない。普通はイジメられている奴を助けること自体珍しいと思う。そして更に自分の家へ
「おいおい、そんな警戒するなよ。別にとって食おうって訳じゃないんだからさ」
俺のそんな考えを察したのか、相手は両手を広げて肩をすくめた。
「まっ、確かにこんな格好してりゃ警戒されても仕方ないわな。ハハッ」
相手は俺の警戒を気にした風も無く、
「別にいいですよ。一人で帰りますから。それと、ありがとうございました」
しかし、もうこれ以上他人と関わりたくないと思い、一応今度は礼を言って
「おいおい、そんなボロボロな姿でか? お前、変なところ根性あんのな」
相手はまた笑う。しかし、
「ボロボロって言ったって、ワイシャツのボタンがいくつか飛んで、ちょっと破けているだけじゃないですか」
このまま電車に乗るのは少し恥ずかしいが、我慢出来ない事は無い。人の関心なんてほんの一瞬に過ぎず、始めはジロジロと見られるかも知れないが、すぐに俺に対して興味をなくす事だろう。
「それに、途中で新しいワイシャツを買いますから」
「へぇ~、さすがお坊ちゃんは違うねぇ」
俺はその言葉にムッとした。しかしある事に気づき、はっと後ろポケットの財布に手をあてる。
さっき鈴村に一万円を取られ、財布の中には小銭が数百円ある程度だ。もちろん、そんな金額ではワイシャツなど買えない。
「お金、無いんだろ?」
俺の表情を読み取ったのか、ズバリ言い当てられた。
「それに、その口の傷も手当しないとな」
「口の傷? ――っ!」
俺は唇に手をあてた。指が唇の横に触れた時、滲むような痛みが走った。
手を離してみると、その指には血が付着している。いつの間に出血したのだろうか、顔は殴られなかったはずだ。もしかしたら、服を脱がされる時に誰かのひじでも当たったのかも知れない。
「まっ、そんなんだからさ、とにかく来なよ。悪いようにはしないって」
相手は俺の肩をポンと叩くと笑った。
「俺は
それが、俺と淳さんとの出会いだった。
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