青春アナロジー
龍神雲
第1話 出会いのアルゴリズム
プロローグ
西暦二〇七二年の冬――。
高校受験に向けてあらゆる思考を遮断し、塾で出された課題や、勉強に取り組むための殺伐とした教室から解放されたいつもの帰り道。路地裏を歩いていた
無機質な肌の色は、まだ誰の物でもない証で、どこかの落とし物だと一目で分かる。
『ヒューマノイドが銀色の場合はお近くの交番に連絡しましょう』
そんなCMがテレビで流れていたのはつい最近のこと。
(連絡したほうがいいのかな、これ……)
ヒューマノイドに近付き手を伸ばした瞬間、手首を掴まれてしまった。
《あなたの理想の人をスキャンします》
「えっ……」
いきなりスキャンが始まり、瞬く間に金髪ハーフな男の子が出現した。まさに、私がよく頭の中で描いていた理想だ。年は私と同じぐらいで、先程とは違い、無機質さが全く感じられない。
「きみ、名前を教えてくれる? ちなみに僕は――……
流暢に喋るヒューマノイドは、人と変わらない姿で話し掛けてきた。
「私は……
レクスの美しさに見惚れてしまい、連絡しようという思いは消失してしまった。
「優沙、良い名前だね。よろしくね、優沙」
最高の笑顔を見せてきたレクスに、私は、一目惚れしてしまった。
◆
淡いパールピンクのセーラ服に、同じくパールピンクのプリーツスカート。この可愛い制服がどうしても着たかったのと、規律も校則も緩くて有名な東京のアウローラ高校に入学したかった有栖優沙こと私は、中学校生活三年間、その全てを勉強に費やした。元々、恋愛や男子にも興味もなかったのだが、今日からは違う。
高校一年、十六歳になったばかりの私の高校生活は、人生初の彼氏付きでスタートする。
幼稚園も、小学校も、中学校も色のない生活を送っていた私の生活は今日から、華のある生活に変わるのだ。
「おはよう優沙」
「おはようレクス」
レクスは人ではなく、人工知能付きのヒューマノイドだが、それを知るのは、私とレクスの秘密だ。
「優沙の彼氏、かっこよくない?」
「分かる。優沙とお似合いだよね。私も彼氏欲しいなぁ」
話題はレクスと私だ。通りすがりに羨ましがられるのは、何て気持ちが良いことか。同級生や後輩にマウントを取るつもりはないが、自ずと口許がにやけてしまう。
通りすがりの子達が言うように、レクスは超絶格好良い。
均整のとれた、さわやかで清涼な顔。背も高く、バスケ部やバレー部からも声を掛けられる。勿論、運動神経も良い。運動神経抜群、ルックス完璧、勉強もできて気遣いもできるレクスは、非の打ち所がないかもしれない。
「レクス、今日も放課後空いてる?」
「空いてるよ、いつもの場所だよね」
「うん」
レクスは私に合わせてくれる。無論、そんな感情を読み取ってくれるからだが。
とまれ、レクスは私の欲しい答えを直ぐにくれる、完璧な彼氏だ。
「それじゃ、また」
レクスとはクラスが違うので廊下で別れた。
授業が終わった放課後、靴箱の前でレクスと待ち合わせをして、学校内に設置されているカフェ兼図書室へ向かった。ちなみに図書室は八階なので、エレベーターを使って移動した。
「今日は人が少ないね」
図書室は何時でも静かだが、今日は特に人も疎らで何時もの窓際の席も空いている。
「あそこに座ろう」
「うん」
学生証を係の人に提示してから何時もの席に向かい合わせで座れば、レクスが口を開いた。
「優沙は、どの部活に入部するか決めた? 高校一年だけは入部しないといけない決まりだよね」
「うん。けど、何の部活にしようか決めかねてて……今、考え中だよ。レクスはどうするの?」
「僕も決めかねてるよ。色々あって迷うよね」
ちなみに部活を決める最終日は明日だ。明日までに決めなければならない。
「どれが面白いかな……」
決めかねる中、レクスが口を開いた。
「これなんかどうかな?」
レクスが指差したのは『探し物部』だ。初めて聞いた部活名に、首を傾げてしまう。
「これ、どんな部活内容なんだろう?」
ちなみにどこの部活も部活名と共に活動内容が表示されているが、探し物部だけは探し物部としか書かれていないので活動内容が不明だ。
「うーん……学校内の落とし物を拾って届けるような部活動なのかな?」
「分からないけど、取り合えず行ってみる? 図書室から近いみたいだよ」
学内に設置された地図を見れば探し物部は図書室の直ぐ横の教室のようで、一クラス分の半分の教室分の広さだ。レクスと共に向かい、早速挨拶をしてみた。
「失礼しまーす」
扉をノックして開けてみたが人の気配は感じられなかった。
「誰もいないみたいだね」
室内はがらんとしていて中央に長い机が一つに椅子が三脚。ちなみに机の上にはタブレットが置いてある。
「レクス、どうする?」
「部屋で待つのはどうだろう」
「そうだね」
レクスと共に椅子に座り待つことにした。
それから五分が経過したが、誰も来る気配はなかった。
『ピロン』
刹那、机に置かれたタブレットから電子音が鳴った。
「なんだろう?」
タブレットの電源ボタンを押してみればメッセージが表示されていた。
【
「どゆこと?」
「そのままの意味かもしれないね」
探し物部というのは、かくれんぼでもやっているのだろうか?
「これ、やる意味があるのかな……」
『ピロン』
再び電子音が鳴りメッセージが表示された。
【制限時間は三十分以内です。三十分以内に探し物部の部長、長江ひろを探さなければ、長江ひろはこの世から抹消されます】
「抹消って、そんな大袈裟な……」
『ガチャ』
「えっ……?」
次には部屋の扉の施錠音が聞こえ、私の隣にいたレクスは素早く立ち上がり扉に向かった。
「優沙、この扉……施錠されてる」
「えええ!?」
どこかでこの部屋が監視されているのか、それとも、部屋に踏み込んだだけで施錠されるシステムかは知らないが、閉じ込められてしまったようだ。
「長江ひろさんを見付けるにしても、この部屋から出ないと意味がないってことだよね?」
「うん」
「うーん……うん。取り合えず電波はあるし、先ずは学校のほうから職員室に電話して、それから警察にって……電波なくなってるし!?」
気付けば圏外になっていた。
「どうなってるの!? ねぇレクス、何とかならない?」
「うん、ちょっと待ってて」
レクスはそう言って目を瞑った。レクスが目を瞑る時は何かを算出している時だ。
暫くした頃、レクスは目を開けた。
「何か良い案が浮かんだ?」
「うん」
レクスはそう言って私の身体を抱えた。
「え、どうするの?」
「先ずは窓から脱出する。窓の鍵は施錠されていないみたいだし」
「そうだけど、ここは八階だよ!? 誰かに見られたりしたらどうするのよ……」
レクスがヒューマノイドだとバレたら騒ぎになり、退学だってあり得る。ここは人しか通えない高校なのだ。
「大丈夫、特殊訓練を受けているで誤魔化せるさ。優沙、僕を信じて。あとこれも持っていったほうがいいよね」
レクスはこの部屋に置いてあったタブレットを私に渡した直後、窓まで走り込み躊躇いなく飛び降りた。
ああ、今日で死ぬかもしれない――……なんて思ったが、レクスは八階から次の階の七階の、開け放たれた窓に飛び移って着地した。
アクロバティック過ぎる動きに唖然とする中、レクスは口にした。
「ね? 大丈夫だったでしょう?」
「大丈夫だったけど……」
レクスから降りて周囲を確認する。一先ず、七階の教室には誰もいないようだ。
「取り合えず、職員室に向かおう」
レクスと共に職員室に向かい、クラス担任の池谷みのりが座る席に近付いた。
「こんにちは池谷先生、部活動についてお聞きしたいことあるんですが」
「部活動? ええ、いいわよ」
「探し物部という部活に所属している、長江ひろという人は何学年にいるんですか?」
「えっ……」
池谷は顔を蒼白させた後、口を開いた。
「長江ひろという生徒は、いないわ。その生徒は二十年前に失踪して、今も行方不明で……。有栖さんは、長江ひろ君の知人か、親戚……?」
「えっと……」
「いえ、優沙ではなく、僕の遠い親戚になります」
レクスがきっぱりと答えてくれた。確実に嘘だが、この状況を察して対応したレクスは流石である。
「そうなのね。長江ひろ君が失踪して随分と経つから……。それに長江ひろ君は、私が受け持ったクラスの生徒だったから余計にね……一年三組の生徒だったから」
池谷はそう言って押し黙ってしまった。
「情報提供、ありがとう御座います。それでは失礼します」
答えに窮する中、レクスが池谷に答えると私の手を取り職員を後にした。
「レクス、どうするの?」
「……どうしようね?」
再び八階の図書室の隣にある探し物部の部室に戻った。探し物部の長江ひろは二十年前に失踪し、今も行方不明なのだが、あと三十分で探し出さなければ長江ひろはこの世から抹消されてしまうかもしれない。
「ていうかさ、タブレットのミッションは事実だったとして、何であの時、部屋の扉の鍵が勝手に施錠されたかだよね……。誰かに監視されてるってことになるよね?」
「そうだね」
レクスは頷くが表情が読めない。
「二十年前に失踪した長江ひろを探させるミッションをイタズラで依頼したとしても、腑に落ちないというか……」
「それなら、さっき池谷先生が言ってた、一年三組に行ってみない?」
「うん」
レクスと共に階段を降りて一年三組の教室まで行くと、教室に男子生徒がいた。男子生徒は黒板に何かを描いているようだった。
「失礼します」
レクスと共に扉を開けて入れば、男子生徒と早速、目が合った。真っ黒な瞳に真っ黒な短髪の男子は微笑んだ。
「おや、もう来たのか。意外と早かったな」
まるで、あらかじめ来るのが分かっていたかのように切り出した。
「どういう意味ですか?」
「俺が長江ひろだと言えば分かるかな?」
「えっ……」
長江ひろは二十年前に失踪したと、担任の池谷から先程、聞いたばかりだ。
「長江ひろという生徒は二十年前に失踪して、行方不明ってさっき聞いたけど……」
「そうだよ。けど、君たちがちゃんと見付けてくれた。しかも制限時間内にね。感謝するよ」
何故かお礼まで言われてしまう。益々分からない中、レクスが口にした。
「優沙、少し、おかしいかもしれない……」
「え?」
レクスが途切れ途切れに告げた。意味が分からず聞き返せば、ひろが笑った。
「おやおや? 最新のヒューマノイドをお持ちなんだね? それなら隠す必要はないか」
ひろがチョークを止めて置いた瞬間、黒板が発光した。見れば魔方陣のようなマークで、時計の針のような物が動いている。
「では、改めて紹介するね。探し物部へようこそ! 俺は部長の長江ひろ。今から二十年前に失踪して行方不明になった男子生徒――……と、この世界では認識されている。だけど実際は違うんだよね。他の世界線に転移して、行ったり来たりしている、
「オーセンティケーター? オーセンティケーターってなに?」
「そうだね……たとえるなら、この世界で俺、長江ひろが失踪していることに書き換えることになるな」
「書き換えるって、何の為にそんなことをしているの?」
「それは勿論、未来の為だ。いくらでも書き換えられるが閉じ込められたら書き換えることはできなくなる。だからミッションとして君たちに提示して救出してもらったんだよ。本当、苦労したよ、この世界線の軸に穴を開けるのは、小さな針の穴に糸を通すようなものだからな」
ひろが苦笑しながら語った。
「言っている意味が分からないんだけど……」
ひろにそう返せば、ひろは一拍してから口にした。
「そうだなぁ……悪いことをしたヒューマノイドは時間の牢獄に閉じ込められるんだよ。その牢獄から脱出する為に、君たち二人に協力してもらったってわけ。理解できたかな?」
「それじゃあわざと部屋に閉じ込めたのも、あなたがやったの……?」
「それは知らないな。けど、オーセンティケーターの書き換えの影響でそうなったのかもね。バタフライエフェクトってやつ? まぁそれは置いといて、探し物部に入部してよ」
ひろは笑顔で入部を進めてきた。
二十年前に失踪して行方不明になったひろ。オーセンティケーターで、悪いことをして時間の牢獄に閉じ込められていたヒューマノイド。情報量が多すぎてパンク寸前だ。
「ちょっと待って、悪いことをした人に協力なんてできないんですけど。ねぇ、レクスもそう思うでしょう?」
「……」
レクスは思案顔で、何かを考えているようだ。レクスが答えない中、再びひろが口を開いた。
「どちらかというと、悪いことをしているのはこの世界のほうなんだけどなぁ」
「それ、どういう意味?」
ひろに聞き返せばニッと笑った。
「今に分かるよ。もうじき針が十二時を刺すから」
ひろが向ける黒板の針が十二時を刺した時、空間が歪み始めた。まるでガラスがひび割れをするかのようにいみっていく。教室の床もぐにゃりと曲がり、立っていられなくなった。
「わっ!?」
レクスが咄嗟に身体を支えてくれたが、それでも安定することはなくひしゃげていく。
「なにこれ!? どうなってるの!?」
「俺が存在する世界線にたった今書き換えたから、頑張ってその世界線に戻ろうとしているんだよ」
「戻る!? 戻るっていうより、崩壊寸前なんですけど!?」
「うん、まぁそうなるだろうね」
まるで崩壊するのは当然だというような調子でひろは涼やかに告げた。
「やだやだ無理! 私まだ死にたくないし!」
「落ち着いて、優沙。問題ないよ」
レクスは宥めるように告げた。レクスはこの状況を知っているのだろうか、やけに落ち着いている。私は必死にレクスにしがみつき目を瞑った。その間にもガラスが割れるような音や、床や壁や天井が剥がれて軋むような音が聞こえてきて、まるで、災害の真っ只中にいる感覚だ。その間にもレクスは傍にいて、抱き止めてくれている。
直に揺れは収まり、物音もなくなり、静かになった。
「優沙、終わったみたいだよ」
レクスに声を掛けられて目を見開けば、元の教室にいた。壁も天井も床も元通りで窓ガラスさえ割れていない。
「どうなってるの……?」
黒板を見遣ればひろが描いた魔方陣の針は止まっていた。
「これ、どういうこと……?」
「今度こそ、良い感じに書き換えられたかな」
だがひろは私の質問に答えずにスマホを取り出した。画面をタップしてスワイプし、何かをチェックしているようだが……
「えっ――……はぁあああ!? 嘘だろっ!??」
束の間、ひろの絶叫が響き渡る。何が起きたかは知らないが、表情からしてあり得ないことや認めたくないことが起きたのだろう。ひろは絶叫し、愕然としながらスマホをパンツのポケットに閉まってしまった。
「どうしたの?」
「失敗だ……」
秒で返事が返り、か細い声と共に、盛大なため息が届いた。
「失敗って、何を失敗したの?」
「別の世界線にあった推しのミルミルニアの、ミレニアサファイアの限定希少フィギュアがたった今……消えたんだよ……」
またしてもひろから盛大な溜め息が漏れた。
「それは……そうじゃない? あれだけの衝撃があったんだから、何かが壊れても不思議じゃないよね……」
よく分からないが、起きた結果と状況を鑑みて話した瞬間、ひろが睨んできた。
「ふざけるなっ! ミルミルニアの、推しのミレニアサファイアたんがいない世界線など、あってはならない案件なんだよ! どうなるか分かってんのかお前!? かろうじてあるのは、この世界線だけなんだよ!」
ひろはヒューマノイドとは思えない形相で怒りだした。どうやらレクスと違い、感情の抑制ができないようだ。
ともあれ、ミルミルニアの推しのミレニアサファイアとは何なのか? 早速スマホで調べて見れば、女児向けアニメのヒーローのようだ。日曜日の早朝八時から絶賛放送中のヒーロー物で、悪の組織、ダークスフェーンと戦い平和を取り戻していく物語だ。
「ミレニアサファイアって、女児向けアニメのヒーローなんだね」
「悪いか」
「へ?」
ミレニアサファイアの詳細に納得した瞬間、再びひろにぎろりと睨まれてしまう。
「俺が誰を好みになろうがどうだっていいだろう!? それなのに、『ヒューマノイドは推しに対する感情は不要です。撤去しましょう』とか言う謎の呼び声の主に不意打ちくらって取っ捕まったせいで、俺は二十年間も牢獄にぶち込まれてたんだよ……分かる? 推し活が悪いことになると思う? 思わないよな!? だって人間だって推し活やってんじゃん! 何でヒューマノイドはしちゃならんの!?」
ひろは怒りを露にした。
「えっと……」
だが何て言い返していいか分からず、言葉に詰まる。
ともあれ、推し愛が強過ぎるのは今ので理解した。
「推し活は、していいと思います……レクスも、そう思うよね?」
「うん、多分……。優沙がそう言うなら……」
レクスは遠慮気味に口にした。レクスがはっきり肯定しなかったのは、疑問に思っているからかもしれない。
(本当は、どう思っているんだろう?)
「ねぇレクス、レクス的にはどう思ってるの?」
「僕的に……?」
「うん」
レクスは困惑していたが、
「僕も、していいと思ってる……」
と口にした。
「そっかぁ」
レクスの意見は新鮮でそれが嬉しくなった。
「うん、決めた。探し物部に入部する! それでさっきの、ミレニアサファイアだったかな? その世界線? とやらを取り戻すというか、探そうよ」
「えっ……いいのか!?」
ひろの声が飛び上がる。
「けど、繰り返すのは危ないかもしれないよ? 時間を逆行させるような、エントロピーを減少させるようなことは負担が掛かるし、よくない気がする」
レクスは肯定しながらも否定した。
「それってやっぱり、いけないことになるんだ?」
私が聞き返せば、レクスは頷いた後、
「ひろが、
冷静に意見を告げた。
「それじゃあ、違反にならないような方法を探すのはどう? さっきみたいに使わないような方法って何かないのかな?」
レクスに問うと、再び思案顔になってしまった。
「ミルミルニアのミレニアサファイアは、ただの推しキャラじゃないんだよ……。ミレニアサファイアの限定フィギュアがない世界線は必ず崩壊するんだ……」
ひろは神妙な面持ちで切り出した。
「えっ、そんなに重要な案件なの!?」
名前からしてそんな感じには思えず聞き返せば、ひろがキッと睨んだ。
「当たり前だ! つぅか、ミレニアサファイアのガチ勢がどれだけいると思ってんだよ!? 四千万フォロワーなんだぞ!」
「そんなにも!?」
大人気キャラとは知らずに聞き返すと、レクスが口を開いた。
「それなら、新たにキャラを立てるのはどうかな? 僕達で。ミレニアサファイアのような推しになって活動してみるのはどうだろう? 僕も、優沙も、ひろも、ビジュアルはいけると思うんだ」
レクスの提案に口許がひきつってしまった。
(私が、推しの立場に……?)
実生活どころか趣味もオープンしないでひっそりとしていたのに、そんな自身がいきなりインフルエンサーになって活動――……全く想像がつかない。むしろ、やりたくもなかった。
「レクス、そんなの無理だよ……。それに私、レクスが人気になって、他の人の目に触れられるようになるのも……なんか、やだな……」
彼氏自慢というのは学内だけで満足だった。むしろ学内だけにとどめて起きたかった。沢山の人の目に触れられるようになれば、それだけ敵やライバルも増えるに違いない。
(ぶっちゃけレクスについては、自分だけがいいんだよね……)
それが本音なのだが、口にはできなかった。
ともあれ、ひろに関してもだが、悪いことをしたというヒューマノイドとして捕らえられ、時間の牢獄に入れられていたのだ。多くの人に見られることで、ひろだけではなくレクスもヒューマノイドとばれる危険だってあるかもしれない。
「ごめん……私は反対かな」
「うん、分かった。優沙がいうなら」
レクスは私の感情を察したのか納得してくれた。
だが――
「ふむ――そうか、なるほど。俺はバカだった! それだよ! 俺達の世界線と軸を作った上で、ミレニアサファイアの世界線も新たに作って繋げればいいだけだ! そうすれば崩壊しないだろうな! よし、やるぞ!」
ひろはこの雰囲気を察することもなく宣言した。
「ひろ、悪いけどやらないって……」
「いや、絶対やる。これ決定事項だから! そうだなぁ、先ずは活動名を決めないとな……」
ひろはブツブツと言い出した後、電子黒板に候補を書き出そうとしてその手を止めた。
「そういえば名前……聞いてなかったな。お前らの名前はなんていうんだよ?」
「だから、やらないってば! それに名前も教えたくないし……」
ひろに言い返したが、
「僕はレクス。それと僕の彼女は、有栖優沙だよ」
レクスはひろに素性を明かしてしまった。
「ちょっとレクス!」
「ごめん……」
レクスはしゅんとしたが「けど、特定されないように顔や身体を隠せばいけるかなって思って……」と切り出した。
「そっか、それなら大丈夫……かも……?」
つまりは、アバターや加工で何とかなるかもしれない。不安なら完全に覆うかマスクを付ければいいのだ。それにレクスがいれば個人情報も確実に守られるだろう。げんにアウローラ高校でもヒューマノイドだとばれずに過ごせているのだ。レクスなら可能だろう。
「うん、完全匿名でばれずにやるならいいよ。勿論、学校名も年齢も伏せてね」
私が告げると、ひろは早速、電子黒板に書き出した。
【サークル名】
・
「これでどうだ? それぞれの頭文字を取ったシンプルなやつ」
「いいんじゃない」
「うん」
シンプルな感じが一番安全かもしれない。
サークル名『HRY』に決定した。
◆
その日の内に無料の
「これでどうかな?」
レクスに訊くと「かわいい」と頷いていた。レクスと同じくひろも納得したのか、
「これならミレニアサファイア推しのやつも嵌まれば見てくれる可能性があるが、ミレニアサファイアに匹敵する活動をしなければならない」
と口にした。
「探し物部だし、探し物部の活動をネットでもやればいいんじゃないかな? リアルでおおやけにしちゃうと大変だから、ネットで配信できるような物がいいと思う。慣れるためにも最初は簡単な依頼から達成していけばいいと思うけど、どうかな?」
「そうだな、そうしよう」
ひろは納得してくれた。しかしネットでの依頼となると、出来るものは限られてくる。しかも年齢も性別も秘匿でやれるものとなると更にその幅は狭くなるだろう。
「これとかは、どうかな……?」
レクスが指し示した画面を見れば――
【バーチャルラブファイター要員急募! 未経験・匿名・年齢不詳・誰でもOK! 直ぐに君は立派なバーチャルラブファイターだ!】とだけ記載されていた。
「ええっ、これ……大丈夫なやつかな……?」
バーチャルラブファイターという単語もだが、採用する条件も甘すぎるのが逆に怪しかった。だがミレニアサファイアや崩壊する世界線の件も踏まえ、取り合えずやってみたほうがいいかもしれない。不安が残ったが、急募の欄に『HRY』のHPと共に申請すれば、瞬く間にDMが来た。
【この度は応募・参加していただきありがとう御座います! では早速、こちらのURLからクリックして登録した後、指定のアバターでご参加願います】
というメッセージが届いていた。秒で参加と仕事があるあたり余程、人手不足なのが窺える。
「それじゃあ、それぞれの端末からインストしてアクセスしてみよう」
私、レクス、ひろは、レクスが用意した安全性のあるサーバーを経由して登録しログインした。すると画面にはかわいい少女アバターが何種類か用意されていた。ボイステクスチャも種類豊富で、高い声から低い声まで用意されていたが、一応用心をして、レクス仕様のボイステクスチャにした上で選らんでいく。
「これでよし……。あとはどのアバターにしようかな」
少女アバターはどれも可愛く、制服どころかクラシカルやゴスロリまで揃っていた。
「ひろ、レクス、決まった?」
ちなみに私は普段とは違うブレザータイプの制服を選んだ。
「俺はこれにした」
ひろの画面はスクール水着の少女アバターが立っていて、どこと無くひろの推しのミレニアサファイアに似ていた。
「…………なるほど」
取り合えず見なかったことにしてレクスの画面を覗けば、レクスの画面には着物姿の少女アバターが映っていた。
「レクスはセンスがいいね」
「そうかな?」
レクスははにかみ、耳を赤くしていた。
「おい、俺のもセンスがいいだろう? しかもこれ、持ち物は浮き輪だぞ? アイテムも三種類までは選べるぞ」
ひろはそう言って、スクール水着ならではの浮き輪、ゴーグル、ビートバンを手にしていた。
「三種類までか……うーん、どれにしよう?」
制服の定番といえば、カラフルなスクールバック、コスメ、キーホルダー? と思い、その種類を選んだ。ちなみにレクスは、着物の定番の扇子、バッグ、タオル状のハンカチを選んだ。
「選んだらスタートを押せばいいんだよね?」
「うん」
スタート画面を押してみるとそれぞれの画面に、別々の男のアバターが映り込んでいた。
「これ、どうするんだろう? そもそも何をどうやるかもよく分からないよね……」
説明不十分なまま登録して受けてしまったので今一よく分かっていなかったが、音声が流れ始めた。
『ようこそ! バーチャルラブファイターの諸君! 今からその画面に映っている相手と十分間、マッチングをしてもらいます。気に入ったら連絡先を交換! 気に食わなかったら戦って相手の
どうやらゲームのようだが、スタート直後にいきなり攻撃をもらってしまった。しかも相手が投げ付けてきた分厚い参考書によって。眼鏡を掛けた秀才は気に食わないのか、しきりに参考書を投げ付けてきて、私の
「ちょっと! いくらバーチャルだとしても、こんなに傷付けるなんて酷くない!? てか、話ぐらいしたってよくない!?」
眼鏡秀才風男子に音声マイクを通して話し掛けると、相手が口を開いた。
『そう言われても、ポイントにしか興味ないから』
(ポイント……?)
意味が分からなかったが、画面をよく見てみれば、画面の右上に、攻撃をする度に相手のポイントが増えていた。ポイントというのは恐らくこのことなのだろう。
「ねぇ、このポイントが貯まるとどうなるの?」
『お金がもらえる。あれ、知らないでやってるの? ちなみにHP数がお金になるよ。HPが二千だから、全部削れば二千円がもらえるよ』
つまりは、お小遣いになるらしい。
「なるほど……? つまりはこれ、ゲームの被験者になるみたいな物なのかな? それで参加者はお金がもらえるみたいな……?」
『違うよ』
眼鏡秀才風男子は秒で否定した。
(ゲームの被験者じゃないって、何だろう?)
「じゃあこれ、何なの?」
『エモテットからのマルウェア……って言っても、新規の人には分からないよね。ていうかそもそもが、分かってなさそうだし。まぁ、大人しくやられててよ』
相手が怠そうに答える中、ひろが切り出した。
「優沙、この勝負に勝たないとやばい! 感染させられる!」
「へ?」
疑問で返した瞬間、
「ウイルスが仕込まれている! 個人情報を割られて悪用される!」
ひろが早口でまくし立てた。
つまりは、危機的状況に陥っているらしく、負けてはいけないのを悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます