第20話 エスタを外に出せばいいんですよ

 窓ガラス越しに、わらわらと近隣住民が集まってくる様子が確認できた。

 皆、箒やフライパンなど家の中から即席の武器として使えそうな物を手にしている。


 一般市民の敵のような扱いが、下手に銃を構えられるより傷つく。


「どうする? どうする?」


 頭を抱えながら、ウロウロと部屋を歩き回る私に、ルコは大きくため息を吐いた。


「お嬢、もういいだろ? この世界で、コンプライアンスと向き合いながらストリムを活用するなんて無理だったんだよ。ここは、あたしにいかせてくれ」


「今回ばかりは、あなたの考えを否定できないよ」


 盛大に暴れて、街を荒らして、突破口を開くのは難しくない。

 けれど、その場合は当然ながらコンプライアンスがどうこうの次元ではなくなる。


 そんな中、リヴの両手から黒くて四角い小さな装置が一つずつ現れ、重たい音と共に床へ落ちた。

 側面には謎のダイヤルと小さなボタンがついている。


 一切、使用用途の不明、この世界では見たことのない類の代物だ。

 ライネはそれらを拾い上げ見比べた後、片方を私に手渡した。


「ここで、投げブツですか。しかも、同時に二つ」


「今さら、妙なもの送って来られても」


 若干の苛立ちを覚えつつ呟いた、その直後だった。


『今さら、妙なもの送って来られても』


 装置から繰り返された私の声。

 より正確に言うと、声を繰り返した装置は私が手に持っている物ではなく、ライネが手に持っている物のみだ。


 ライネは肩をびくっと震わせると装置をリヴに投げ返した。


「びっくりしました。仕組みは分からないけど、どうやら二つの道具の間で音声のやり取りが出来るみたいですね」


「なるほどね……それで、どうしろと?」


「「さあ?」」


 ルコとライネが息ぴったりに首をかしげる中、店の外に野太い怒鳴り声が響く。


「ついに問題を起こしたな! やはり、ネクロマンサーは絶滅させるべき存在!」


 外を覗くと、全身包帯でグルグル巻き、両手に松葉杖をついたジーダの姿があった。


 そういえば、ルコが魔法で吹き飛ばしていたんだっけ。

 私は額に手を当て、吐き捨てるように呟く。


「当然のように、面倒くさいのが来たね」


「どうする? すでに死にかけてるし、引導ならいつでも渡してやれるが」


 ルコが肩を軽く回すと、その言葉が聞こえていたかのようなタイミングで群衆は声を荒げる。


「おい、ネクロマンサー! まさか、こんな手負いの人間を殺すつもりじゃないだろうな!」


「そんなことしやがったら、生きてこの街から出られるなんて思うなよ!」


 どのみち、無抵抗で生きて出られるような状況とは思えないんだけど。

 会話が中断され、場に緊張が走る中、私はゆっくりと息を吐く。


「ルコ、やっぱり傷つけるのはなしで。なんとか、血を流さず切り抜ける方法を考えよう」


「切り抜けるったってどうやって? 相手はお嬢を標的にしてきてるんだから、お嬢が他所にいかない限り、店を取り囲み続けるぞ」


 外を睨みながらルコが呟くと、ライネがポンと手を叩く。


「だったら、エスタを外に出せばいいんですよ」


「あ、あなた……ついに正体を現したね!」


 なんだかんだ言って、最後は味方だと思ってたのに!

 裏切り者を見る目を向けながらライネと距離を取ると、彼女は慌てて手を振って否定を示した。


「違いますよ! もう一人のエスタを使えばって話です!」


「もう一人の私って、もしかして、前にもらったホムンクルス? けど、あれ部屋の押し入れに置いたままだよ?」


「だったら、持ってくればいいだけです」


 ライネは静かに頷いた後、私から目線を外しリヴに真剣な口調で語りかけた。


「エスタのピンチなんです。役立ってくれますよね?」


 その言葉に、リヴは満面の笑みで応えると、唐突に前転して窓ガラスへ突っ込んだ。


「ガシャン」と一帯に響く砕ける音。

 全身に刺さるガラス片をものともせず、彼は群衆の間を器用に避けて屋敷のある方向へと走り去っていった。


 ……なんか、サイコパスっぽいけど今の空気で、そこに触れるのは野暮だよね。



 ☆ ☆ ☆



 破れたガラス窓から差し込む光が、段々と赤に染まってきた。

 辺りの喧騒は相変わらず……むしろ、熱を帯びてきている。


 リヴが破り去っていった窓からはライネが塗装用ペンキをぶちまけ、それでも近付いてくる輩にはルコが威嚇用の弱魔法で牽制。

 私はというと店の二階に上がり、指示を出しながらリヴの帰りをうかがっていた。


 二人とも怪我人を出さないよう、最大限の注意を払いながら健闘してくれている。

 けど、そのせいで疲労の蓄積が想像以上に早い。

 このままではジリ貧……やはり、群衆を傷つけてでも逃げ去る選択を取るしかないのだろうか?


 頭の中で決断を悩んでいたそんな中、通りの先に見えた、夕日をバックに私型ホムンクルスを背負うリヴの姿。

 それを見て、群衆も口々に声をあげる。


「あいつ、いつの間に店から抜け出てやがった!」


「けど、なんか様子がおかしくねえか?」


「あっ、見ろ! すでに骨が折れてやがる! 腕も足もプラプラだ!」


 屋敷から戻ってくる間、相当無茶な運ばれ方をしてきたのだろう。

 私型ホムンクルスは、ズタズタの服をまとい腕も足も不自然にぶら下げていた。


「やめて! 見てられないよ!」


 両目を手で隠しつつ、指の隙間からホムンクルスの姿をうかがっていると、一階からライネの叫ぶ声が聞こえた。


「エスタ、あのホムンクルスをアンデッド化してください。わたしの意図、あなたには分かりますよね!?」


「……そっか!」


 私は床に転がしていた黒い装置を口に近付け、語りかけるように呪文を唱える。

 望んだのは、ただのアンデッド化ではない。


 とにかく恐ろしく、とにかく凶暴で、とにかく悪趣味に……そんなフリの出来る、人を絶対に傷つけないアンデッド。


 次の瞬間、私型ホムンクルスは自身の喉を掻きむしりながら声にならない叫びをあげ、折れた手足を振り乱しながら群衆に向かって突進していった。

 一転攻勢、恐怖におののいた群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 やがて、私型ホムンクルス……もとい私型アンデッドは、唯一逃げ出さなかった一人の人物と対峙した。


「ああ、これこそが俺の求めていた最高のアンデッド体験……」


 そうジーダは呟くと、涙をこぼしながら私型アンデッドに熱い抱擁を交わした。

 心底、気持ち悪い。身体中に鳥肌が立つ。

 そうした中、背後で軽いノリの声が聞こえてきた。


「あんたら、またやってくれましたね。今度は児童ポルノっすよ。これは、ライン越えっす」


 振り返ると、そこにいたのは、すっかりボロボロの姿となったリヴ。

 上半身にはいまだ所々ガラス片が刺さっており、下半身は擦り傷まみれ、靴も片方がなくなっていた。


 そんな彼を追うように、ルコとライネも二階に上がってくる。


「投げブツ機能の完全終了をお知らせします。まったく、あんたらみたいなのに期待したのがバカでした」


 まあ、当然である。今さら、抵抗するつもりもない。

 児童ポルノ、そう判断してくれた方が世のためだ。

 私はヨロヨロと床にへたり込むと、ルコとライネに向けて弱々しく笑顔を向けた。


「ごめん。結局、バッドエンドだったよ」


「謝る必要なんてありません。それに、生き残れたんだからハッピーエンドです」


「違いない。しばらくの暇つぶしにはなったんだから、良かったじゃねえか」


 二人とも、やっぱり優しいな。

 全身の力が抜け、ぼんやりとした瞳で、突っ立ったままのリヴに目を向ける。

 すると突然、リヴの両手から金貨がジャラジャラと床に零れ落ちた。


「わわっ! なんか、いっぱい出てきたよ?」


 瞬きを忘れ、金貨が床を転がるさまを呆然と眺める私に、リヴがボソリと告げる。


「一部、評価してくれた人がいたのも事実っすから、ありがたく受け取ってください。……お疲れっした」


 その言葉を最後に、リヴは完全に動きを止めた。


 配信者生活最終日。

 成果は、「溢れかえる程ではないが、誰かに自慢したくなるくらい誇らしい」……二十数枚の金貨だった。

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LIVE配信は異世界にて!~ネクロ嬢のコンプライアンス生存戦略~ 森羅 唯 @yuina-S

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