第19話 衛兵を呼ばせていただきます
工房からの帰り道。
「夕飯の材料、買って帰りましょうか。お金ないですし、シャバシャバしたものでいいですよね?」
「あなたの中で、安い食べ物のイメージってシャバシャバしてるの?」
私とライネが死んだ目でやりとりしていると、ルコがぴたりと足を止めた。
「なあなあ、金を調達するのに良い方法を思いついたぞ」
そう言って、ルコが顎で指し示したのは、路地裏の先にある古びた建物。
看板は色あせて読みにくいものの、かろうじて「質」の文字が見て取れる。
質屋か……。
「投げブツ、売ってみようぜ」
☆ ☆ ☆
私たちは、さっそく質屋へと向かった。
帽子を斜めにかぶり直し、謎の威圧感を演出しているルコが低い声で尋ねる。
「おばちゃん、ここって金貨も見てもらえるか?」
「ええ、もちろん」
店内奥から出てきて、にこやかに会釈する老齢の女性スタッフ。
私はポケットから、初日の投げブツによって手に入れた金貨を一枚取り出して見せた。
「これなんだけど」
「分かりました。拝見させていただきますね」
スタッフは静かに金貨を受け取ると、光をかざすようにして眺める。
「あの、一つお尋ねしても構いませんか?」
「なんだ?」
「これ、どちらで手に入れられました?」
「ああ、それは投げ――」
「ダンジョンです。ジュリの森の中で偶然、見つけました」
三人を代表してスタッフとやり取りするルコの言葉を、ライネが遮る。
急に投げブツとか言われても、理解して貰えないしね。
それっぽい理由をつけて話した方が、スムーズに事が運ぶと判断したんだろう。
スタッフは一瞬だけ目を細めると、手元の金貨と私たちを交互に見比べた。
「正直に言ってください。金貨に施されたこのデザイン、古代に滅亡した遠く南の王家の印に酷似しています。エラーコイン……でしょうか。いや、だとしても価値ある物、今になって表に出てくる代物ではありません」
なんて、ややこしい偶然。
こんなことなら、異世界から送られてきたって正直に言っておくべきだった。
いや、言っても余計に怪しまれるだけか……。
「まさかとは思いますけど、偽造したわけではありませんよね?」
「そんなわけねえだろ! 投げ――」
「そういえば、ダンジョンの中を歩いてたら、どこかから飛んできたんだったよね! 誰かが投げ捨てでもしたのかな!?」
今度は、私がルコの袖を引っ張って黙らせる。
喧嘩腰で言ったところで、混乱を招くだけなんだから何も喋らないでほしい。
「では、別の誰かが捨てたタイミングに偶然、あなた方が居合わせたとでも?」
スタッフの眉がわずかに動き、目に疑いの色が滲む。
絶対、古代の王国なんかと関係ないのに……考えてたら、段々と責められている今の状況にイラついてきた。
「あの、そもそもスタッフさんの鑑定は正しいの? この金貨が、古代の王家に関係している証拠は?」
私が睨むような目つきで言い返すと、スタッフはピクリと肩を揺らし目を細めた。
「そこから疑われるのであれば、仕方ありません。衛兵を呼ばせていただきます」
「「「ええっ!」」」
声を揃えて、目を丸くする私たち三人。
ただ一人、リヴだけは面白がるように背後で笑顔を浮かべていた。
まったく、あなたたちが送り付けてきた物が原因の一端と理解しているのだろうか。
スタッフは机越しに身を乗り出し、早口で畳みかける。
「質屋として、このような怪しい物を疑いもせず処理するわけにはいかないんです。あと、わたしを疑って鑑定士としてのプライドを傷つけたのも許せません」
色々と言ったところで結局、私怨がメインじゃん。
これは、もうダメだな。撤退しよう。
私は金貨をひったくるように回収すると、椅子をガタンと揺らしながら立ち上がった。
「だったら、もういい。他所に行くから。じゃあね」
「今さら、他所の質屋に行こうとしても、もう遅いですよ。わたしをバカにしたことを後悔させてあげます」
なんか、この人の中で変なスイッチが入って逃げさせてもらえない。
頭を軽く振り、どうしたものかと考えていると、ライネが私の肩をトントンと叩いた。
「仕方ありません、ここは土下座で勘弁してもらいましょう」
「提案の初手が土下座って、凄く卑屈な感じがして嫌なんだけど。それやったら罪を認めることになっちゃわない?」
「騒ぎが大きくなるよりマシです。ネク絶会の息のかかっている人間が、どこに潜んでいるか分からないんですよ?」
私とライネがコソコソと話す中、スタッフは目を丸くして口元をさっと手で覆った。
「そのお名前……もしや、ルビージア家のご令嬢、エスタ様でいらっしゃいますか?」
おや?
この展開、さては「エスタ様と知らずにとんだ無礼を! 金貨も言い値で買い取らせていただきます!」とかなる奴では?
そっか、私が最初に告げておくべきことは、金貨の入手方法でもなんでもなく家の名前だったわけか。
スタッフがゴクリと息をのむ中、私は髪をかき上げながら流し目で頷く。
「そうだけど、何か?」
「あ、あああ……。ほ、本当に出た! 急いで、ネク絶会に知らせないと……!」
おやおや?
スタッフは悲鳴まじりに後ずさると、棚に背中をぶつけて物を散乱させた。
「だ、誰か助けて! 強盗よ! ネクロマンサーの強盗団だわ!」
ポカンと口を開けて固まる私たちの脇を抜け、叫びながら店の外へ飛び出していったスタッフ。
ルコは帽子をかぶり直すと、リヴをちらりと横目で見てボソッと呟いた。
「立てこもりの様子って需要あるか?」
言ってる場合か。
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