最終章
第17話 屋敷全体が網戸みたいなものです
ある日、廊下の真ん中で突っ立っているライネの姿を見つけた。
「あー……。このままだと、みんな死んじゃいますね」
さっそく関わりたくない。
とはいえ、横を通り過ぎるのに、あの言葉を無視もできないし。
顎に手を当てブツブツと呟くライネに、私は小さく咳払いしてから尋ねた。
「物騒なこと言ってどうしたの?」
「ああ、エスタ。実は今、屋敷の中をチェックしてまして」
「チェック?」
「屋敷の守りを固めようと思って、弱点になりそうな部分を把握してたんです」
「そうだったんだ」
ライネにしては、珍しくまともな動機。
状況が状況だし、防犯意識を高めるのは良いことだ。
普段、ふざけた言動ばかりのライネだけど、こういう部分はちゃんと側近として考えていてくれるから助かる。
「で、結果はどう? あなたの目から見て、この屋敷って危ない箇所は多いの?」
「一言でいえば、フリーパス状態ですね」
警備の側面から、明らかに問題のある単語が聞こえてきた。
無言で瞬きを繰り返す私に、ライネは腰に手を当て得意気に胸を張る。
「もう、誰でもどこからでも攻め入れます。上も下も横も全部。魔法的な観点から見て、屋敷全体が網戸みたいなものです」
脆弱さの表現の仕方が独特だ。
網戸ってことは、少し乱暴に扱えば、すぐに破れてしまう程度ということだろうか。
ライネが手で口元を隠しながら、肩をプルプルと震わせる。
「エスタの部屋なんか特に酷いですよ。解放感を演出するために大きな窓が付いてることもあって、物理的にも魔法的にもガバガバです。網戸でいえば、穴の感覚が広すぎて野良猫が余裕で出入りできるようなものです」
「何が楽しいの。由々しき事態だよ」
笑っていられる状況とは程遠い。
私はため息を吐くと、壁にもたれかかって続けた。
「これ、どうにかなる話なの?」
「対応はするつもりですよ? ただ、そうなると、お金がですね」
ライネはリヴに視線を向け、それから私へと視線を戻す。
言葉の裏に隠れた失望のこもった圧に、胸をチクリと刺された気がした。
なんで、そこで私とリヴを交互に見るの。
それじゃあ、私が投げブツを獲得できていない事実を責められているみたいに思えるじゃん。
「結界が張れれば、ルコに頼んでサクッと終わる話なんですけどね」
「悪かったね。私がネクロマンサーなばっかりに」
「別に責めてるつもりはありませんよ。エスタにとって、結界はアレルギーみたいなものですし仕方ありません」
「結界はアレルギーね。にしては、ガッツリ実験台にされたけど?」
私は両腕を組み、ライネをジト目で睨みつけた。
痛みは一瞬だったけど忘れていない。しっかりと根に持っている。
「アンデッドに屋敷の周りを警備してもらうわけにもいきませんしね」
「あれやると、苦情が酷いからね」
人を襲わないよう指示しても、見た目で子どもが怖がって外で遊べなくなるのだ。
まあ、もっともな感性だとは思う。
私も人の親なら、好き好んで子どもにアンデッドなんて見せたくないし。
ライネは窓の外へ目を向けながら、手を後ろで組んだ。
「着ぐるみ……とまではいかなくても、お面とか着けさせてみたらどうですか? 子どもたちの方から近付いて来てくれるかもしれません」
「かえって不気味だよ」
そんなのに近付いてこられるの、逆に勇気のある奴だけだ。
あと、夜間の苦情も半端ないことになるだろう。
きっと衛兵から何から、わんさか集まってきて、注意どころか反乱の首謀者として吊られかねない。
肩をすくめる私の隣で、ライネがうな垂れる。
「やっぱり、お金かけてでも業者に頼むしかないですかね」
「業者に頼んで、どうこうなるような話じゃなくない?」
これは、私たちの対応の仕方というか……。
私が首をかしげると、ライネも真似するように同じ方向へ首をかしげた。
「えっと、わたしが言ってるのは魔法塗装のことですよ」
「魔法塗装?」
……って、なんだっけ?
「実家の方にも塗ってあったじゃないですか。あれのおかげで、ネズミ一匹の侵入も許してなかったのに。知らなかったんですか?」
「初耳だよ。全部、外の門番が頑張ってくれてたんだと思ってた」
暑い日も寒い日も、ずっと立っていてくれてたし。
小さい頃、すれ違った時にいつも優しく挨拶してくれたのは、私の美しい思い出の一つでもある。
「あんなの、ただの雰囲気作りのバイトですよ。遠く視界の外から魔法がとんでくるかもしれない世の中で、呑気に槍だけ持って門の前に突っ立ってたところで意味なんかあるわけないじゃないですか」
言われてみれば確かに、その通りなんだけど……。
その事実、凄くショックだ。内なる幼少期の私が泣いている。
あの仕事、密かに憧れてたんだけどな。
「とりあえず、魔法塗装のお店に行きましょう。ハルマまで出ることになりますけど、エスタも立ち会いますか?」
「全体が網戸の屋敷で留守番するのも怖いから、ついていくよ。あと、私の夢を奪った存在がどういうものなのかも気になるし」
「……なんか、すみませんでした」
肩を落としポツリと呟いた私に、ライネは視線を彷徨わせていた。
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