第9話 警護の意識が足りてないよ
私はすぐさま、ルコとライネを応接室に呼び出した。
「私、今日一日過ごしてみて思ったんだよね」
そう呟いて、ソファに座って足を組み、床に正座させた二人を冷たい視線で見下ろす私。
ヤクザの親分がヘマをした下っ端を説教する……そんな映画のワンシーンのような構図の中、ライネが居心地悪そうに肩をすくめた。
「えっと、何をですか?」
「生きづらい」
「「えっ?」」
声を重ねる二人に、私は静かに頷いた。
「生きづらいんだよ。ネクロマンサーは。配信者として」
静かだった部屋がより一層、沈黙で満たされるのを感じながら、淡々と言葉を続ける。
「まず、会議について。途中から『変な流れになってるな』とは思ってたけど、それでも上手にまとめようと私なりに頑張ったつもりだよ」
「すみません。わたしが変な案を出したばかりに」
「ううん、気にしないで。ライネが水着だのなんだの言わなくても、どのみち結果は一緒だったよ。私、分かったんだ。ネクロマンサーとして真面目に活動すればするほど、不謹慎さが際立っていくってね。ダンジョンに配置するアンデッドを決めるだの、それに何を着せるだの……そりゃ、死体で遊んでるとか言われても仕方ないよ」
「それは、まあ……」
ライネが苦笑いを浮かべる中、次はルコに目を向けた。
「営業に関しても一緒だよ。ネクロマンサー的には商談をしてるつもりでも、客観的に見れば、わざわざ死体に似せた人形を作って拳を叩き込んだだけだもん。あと、ついでに私そっくりのホムンクルス。これ、結局どうすればいいの? ただただ、手に余るよ」
仮に有効な活用方法を模索するのであれば、やはり影武者だろうか。
成長期の最中にある自分にとって、今後どれくらいの期間、機能してくれるか期待薄だけど。
私は両手で顔を覆い、指の隙間から二人を睨んで、なおも続ける。
「思想強めな奴が攻め込んでも来たよね。あんな団体が活動してたのも知らなかったけど、そんなことよりもまず……二人ともなんで助けに来てくれなかったの?」
色々と思うところはあるけども、とりあえず私が一番引っかかっている部分はそこ。
命の危機に対して完全なスルー。納得できる言い分がなければ反逆行為に等しい。
ルコとライネは一瞬、顔を見合わせた後、私の方へ向き直って首をかしげた。
「リヴが隣にいるし、大丈夫かなと思いまして」
「あたしもだ。ていうか、本気を出せば、お嬢の方があたしたちより強いのに、そこは別によくないか?」
自信満々に丸投げしてきやがって。
その信頼はかえって、ムカつくんだよ。
「警護の意識が足りてないよ。仮にも令嬢だよ? 結果どうであれ、不審者が入ってきたら一回くらい様子は見にきてよ。リヴとか私の戦闘能力とか関係なしにさ」
庇うつもりはないけど、彼女たちの認識も間違いではない。
先日のウサギとの一戦と違い、死霊術の使用に一切の縛りを設けていない私は、はっきりいって強い。
ドラゴンが束になって挑んできても、問題なく捌ける程度には強い。
けどさ、それでも来ようよ。
行き過ぎた放任主義は、それはそれで寂しいよ。
私はソファにもたれかかり、ぼんやりと天井を見上げた。
「あーあ、なんかやる気なくなった。もう一回、最初からやり直したい。家とかネクロマンサーとか、そういうの全て捨ててフラットな環境で向き合いたい」
もちろん、ネクロマンサーとして生まれたからこそ、配信者になれたことは理解している。
ただ、一方でそこに足を引っ張られてもいるのだ。愚痴だって言いたくなる。
重たい空気の中、ルコが頬を掻きながらチラリと視線を寄越した。
「いやいや、それは……なあ?」
「何か言いたいことでも?」
「……家柄もネクロマンサーの力もないエスタに、配信者としての魅力なんてあるのか?」
「あ? 言ったね? 今、言っちゃいけないこと言ったね?」
私が常々、気にしている家柄のことに絡めて、とんでもない発言をしやがった。
思わずルコに掴みかかろうと身を乗り出す私を、ライネが手で制す。
「ルコ、もっとオブラートに包んだ言い方をしてあげてください。だいたい、それらの要素が全てなくなったとしても、エスタは可愛いから問題ないんです」
フォローするならするで、もう少しやる気を見せてほしい。
絶対、褒めるところが思いつかなくて、雑に容姿に触れただろ。
私は勢いよく立ち上がると、頭を掻きむしりながら叫んだ。
「もう怒った! 私、今日限りでネクロマンサー社会から卒業する! なんなら、ルビージアの名も捨てて、明日からはサファイアジアを名乗る!」
「卒業って、また極端な。後半については、意味わかりませんし」
「明日からは日々の幸せを素朴に綴る、ほのぼの配信者に切り替える! ヤラセの会議風景も、不謹慎なアンデッドネタも一切なしで生きていく! 好きなことで生きていく!」
可能な限り、現在の環境から距離を置いてやろう。
平凡な社会の中で活動すれば、不謹慎や不審者に出くわすことは、今よりずっと少ないはずだ。
私はリヴの腕を引いて、床を踏み鳴らしながらドアの前へ。
振り返って、けれど二人とは一切目を合わさずに告げた。
「というわけで、明日は朝一で街に出掛けるから。みんなも準備しておいてね」
「あれ? 話の流れから、てっきりあたしたちを置いて一人、屋敷を飛び出していく流れかと思ったけどついていっていいのか?」
「……だって、話し相手がいないと退屈じゃん」
リヴは、なんだかんだいってもアンデッド。
彼を通して多くの人に話しかけている事実はあっても、現場の状況としては私一人が延々と喋り続けるだけ。
お一人様活動に慣れていない身としては、間が持たなくなるに決まっている。
昼前には公園のベンチに座って、しょんぼりしていることだろう。
赤く染めた顔をぷいっと背ける私に、ライネは口の端をゆがめて不快そうに目を細めた。
「これからは、そういう路線でいくんですか? ちょっと、演技があざとすぎる気がしますけど。女性視聴者、離れますよ?」
「ガチ批判やめてよ。素だよ」
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