第12話 遺書
玄奘三蔵から天蓬元帥へあてた手紙
八戒よ、お前と初めて会ったのは烏斯蔵(うしぞう)国高老荘の雲桟洞でしたね。
五葷三厭を食べず高太公の末娘の高翠蘭と妻帯していたお前が仏門に入ってくれて
嬉しく思います。
天界の昔を忘れていたとはいえ、人の命を絶っていたことは拭えません。
一生をかけて殺めた人の供養をしてください。
毎日、一緒に読経しましょう。
お前はお道化て見せていますが巧に周囲の空気を感じて
場を和ませてくれました。
中々自分を捨てて他人を立てることはできません。
仲裁事についても悟空のいたらない所を
よく補ってくれました。
棒術についても本当はかなりの腕と見こんでいましたよ。
長安の都につけば天界に戻します。
未来世に浄壇使者(じょうだんししゃ)となることを釈迦如来より
内諾をいただいております。
まだまだ長安までの道のりは長いですが
気を引き締めていきましょう。
お前の真価をみせるのはこれからだと
心得てください。
最後に今まで仕えてくれてありがとう。
玄奘三蔵から捲簾大将へあてた手紙
悟浄よ、お前と初めて会ったのは流沙河の畔でしたね。
旅の荷物を背負う苦役を最後まで勤めてくれました。
癇癪持ちの悟空、奔放な八戒という兄弟子とも
自分を抑えてよく仕えてくれました。
弟である玉龍や那托にもそれとなく目配せ
気配りをしてくれた事も覚えています。
これは切望なのですが天界に昇るのを一時、待っては
くれませんか?
お前には長安で仏法の普及を手伝ってほしいのです。
これは悟空や八戒にはとても頼めないことです。
三蔵経典を治めた経蔵を運んだ信頼できるお前だから
託したいと思っているのです。
天界に戻った時は
未来世に金毘羅漢(こんぴらかん)となることを釈迦如来より
内諾をいただいております。
まだまだ長安までの道のりは長いですが
気を引き締めていきましょう。
お前の真価をみせるのはこれからだと
心得てください。
最後に今まで仕えてくれてありがとう。
玄奘三蔵から西海竜王へあてた手紙
玉龍よ、お前と初めて会ったのは唐の外れの滝壺でしたね。
竜宮の王の息子であるお前を馬として使ったのは
お前にとって屈辱でしたでしょう。
しかしこれも観世音菩薩のお導き
それをお前は素直に従ってくれました。
悟空との確執があった事も知っています。
それでも恩讐をこえて悟空とは
兄弟の契りが芽生えたのではないですか?
そして天竺ではよく私を助けてくれました。
勤勉なお前がいたからこそ経典の翻訳がはかどった
そう思っています。
長安に私達が着いた場合、私と離れて故郷にお行きなさい。
そこで両親と相対するのです。そのまま留まってもいいですし
別れを告げて私のところに戻る。どちらでも自分の好きにしなさい。
突き放しているわけではありません。
あなたには王佐の才能があります。
よく傲王を助けて国を守ってください。
王になれるものだけが王の補佐ができるのです。
慢心せず人の意見は良かれとお聞きなさい。
お前の背中はとても暖かかった。
よく最後まで私を支えてくれました。
今まで仕えてくれてありがとう。
玄奘三蔵から善財童子へあてた手紙
那托よ、お前と初めて会ったのはヒマラヤ山脈の麓でしたね。
牛魔王と羅刹女の刺客として、敵として相まみえましたが
悟空と戦って負けを認め、お前は改心してくれました。
その心根は心底の悪ではないとわかっていました。
策を弄さず堂々と力押しで私達に挑んできたことからも察せられます。
それからは生来の性格がにじみ出たのか陽気で人なっこさがあり
好奇心旺盛な性格で兄弟子に可愛がられていました。
私も嬉しく思っていました。
天竺についた時、お前がいなければ言葉が通じずに難儀したことは
まちがいありません。
土地の風習にも詳しく、誤って阻喪をしでかすことも未然に防いでくれました。
そして天竺の言葉と文章の教師もお前がしてくれました。
難しい漢文もお前は努力して覚えてくれました。
経典の言葉をできるだけ正確に書き写すには、これはとても大事な事なのです。
長安に私達が着いた場合、私と一時離れて故郷にお行きなさい。
そこで両親と相対するのです。そのまま留まってもいいですし
別れを告げて私のところに戻る。どちらでも自分の好きにしなさい。
突き放しているわけではありません。
あなたには道教の方との橋渡しをしてほしいのです。
天帝に向けた「添え状」をしたためました。
持っていきなさい。
願わくば子供の守り神として天帝のおそばに仕えなさい。
最後に出自を気にすることはありません。人はどう生まれたのかでは
なく、なにを成したかで決まります。
最後に今まで仕えてくれてありがとう。
玄奘三蔵から斉天大聖へあてた手紙
悟空よ、お前と初めて会ったのは華崋山の岩戸でしたね。
あの頃は傍若無人の他人の事を顧みない暴れ者でしたが
いまでは一軍の将、あるいは一国の王としての器量が備わりました。
なにより人の機微がわかる優しさを自然に身に着けてくれた事を
私は嬉しく思い、誇りに思います。
ここからの文面は他の弟子には見せないでください。
お願いできますか?
私は不治の病に侵されています。
どんな霊薬や妖術でも治ることはありません。
これは菩薩様より寿命という事を直接知らされたので
間違いはありません。
三蔵経典の帝の献上とその後の布教は悟浄にまかせようと思います。
八戒は天蓬元帥として天に上がらせて下さい。
玉龍は竜宮に戻って西の海を治めてもらいます。
那托は一旦、故郷に戻しますが、悟空、それとなく見守っては
くれませんか?親子で争う事は避けて通れませんが那托を守って
くれるでしょうか?よろしくお願いします。
それがすめば貴方は自由です。仏門に貴方を縛るのは天命では
ないように思います。
それと…本当は死ぬのは怖い。痛みは克服できますが、この世に
未練はないと言えば噓になります。
なにより貴方に会えなくなるのが辛い。
いえ、今の繰り言は忘れてください。
その時は・・・介錯を頼みます。
乱心した私を討てるのは・・・三千世界で貴方だけです。
最後に今まで仕えてくれてありがとう。
玄奘三蔵から次郎真君に託された天界への親書
天界の皆様におかれましては
我ら人類のお導き、日々の繁栄、安楽浄土のご尽力
伏して感謝の祈りを上げ奉ります。
さて今回、愚僧の為、解脱のご助力を賜りました事
重ねて御礼申し上げ奉ります。
しかしながら、弟子の衣を着てまで
生き永らえる事、仏門の末席を汚す愚僧には
赦されることではありません。
謹んで辞退させていただきます。
大日如来様の説法
観世音菩薩様のお導きにより
近く天界へ登らせていただきます。
これも天帝様の御意向の賜物と心得ております。
西王母様におかれましては
今回の御使者の件と往路の蟠桃(ばんとう)の一件
併せましてお目通りさせていただきます。
暫しの間、お待ちください。
玄奘
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