「まんまる耳のヴォルフ」
ねくろん@カクヨム
まんまる耳のヴォルフ
むかしむかし、深い森の奥に、たくさんの狼たちが暮らす群れがありました。その中でもひときわ目立つ子狼が、ヴォルフという名前の若い狼でした。ヴォルフの耳はお団子のようにまんまるで、尻尾はくるんとカールして、まるで子犬のようです。毛皮だって、仲間たちのボサボサでワイルドなそれとは違って、つやつやと柔らかく輝いていました。
「ヴォルフ、お前、ほんとに狼か? 犬の国から迷い込んできたんじゃないか?」
そんなからかいが、毎日のように群れの狼たちから飛んできました。みんなの耳は槍のように尖り、牙はナイフのようにキラリと光り、遠吠えは森中に響き渡るほど迫力満点でした。でも、ヴォルフの遠吠えは「アウー…」と、なんだか頼りない声で、すぐに笑いものになってしまうのです。
「僕だって、立派な狼になりたいのに…」
ヴォルフは心の中でそうつぶやきながら、木の根元にうずくまって、仲間たちの遠吠えを聞いていました。胸の奥がチクチクと痛むたびに、ヴォルフは目をぎゅっと閉じました。
ある日、群れは森の外れにある牧場を見つけました。そこには、まんまるでふわふわの羊たちが「メェメェ」と楽しそうに草を食べていました。狼たちの目はキラキラと輝き、お腹がグーっと鳴りました。
「よーし、今夜はごちそうだ!」と、ボスの狼、クロ牙が吠えました。
でも、羊たちのそばには、鋭い目をした牧羊犬たちがしっかりと番をしていました。狼たちが近づこうとすると、犬たちは「ワンワン!」と吠え、牙をむき出しにして追い払うのです。クロ牙はイライラしながら、群れの狼たちを集めました。
「どうするんだ、ボス? あの犬たち、めっちゃ強そうだぞ」と、若い狼が言いました。
クロ牙の目が、ふとヴォルフに止まりました。そして、ニヤリと笑いました。
「ヴォルフ、お前だ! お前のその情けない見た目、犬にそっくりだ。牧場に紛れ込んで、羊を追い出してこい!」
「え、僕?!」ヴォルフはびっくりして耳をピクピクさせました。
「そうだ。お前なら、牧羊犬にバレずに羊をこっちに追い込める。やれ、ヴォルフ! 失敗したら、群れから追い出すぞ!」
仲間たちの冷たい視線に、ヴォルフの心はズキンと痛みました。でも、こう思いました。
「こんな僕でも、みんなの役に立てるなら…。それに、仲間たちに認めてもらえるかもしれない!」
ヴォルフは勇気を振り絞り、牧場の壊れた柵をひょいっと飛び越えました。月明かりの下、羊たちが「メェ?」と不思議そうにヴォルフを見ました。ヴォルフは「よーし、羊を追い込むぞ!」と意気込み、羊たちに向かって走りました。
「メェ! 行けー!」
でも、羊たちはヴォルフの優しげな顔やくるんとした尻尾を見て、ちっとも怖がりません。それどころか、一番大きな羊が「メェ!」と頭突きをしてきました。
「うわっ!」
ヴォルフはころんと転がり、他の羊たちにも「メェメェ!」と追いかけられてしまいました。牧場のあちこちで、ヴォルフは羊に突かれ、追い回され、泥だらけになってしまいました。
「うう…なんでこうなるの…」
そのとき、突然、「ワンワン!」と力強い吠え声が響きました。白と黒のツートンカラーの牧羊犬が、さっそうとヴォルフと羊たちの間に飛び込んできたのです。犬の目はキラリと光り、羊たちはビックリして「メェ!」と整列しました。
「こら、お前たち! 落ち着きなさい!」
牧羊犬は威勢よく吠え、羊たちをピシッと並べました。そして、ヴォルフの方を向いて、優しく言いました。
「大丈夫かい? ケガしてない? 君、名前は?」
「え、えっと…ヴォルフ」と、ヴォルフはドキドキしながら答えました。
「ハハ、まるで狼みたいな名前だね! どうしたの? こんな夜中に牧場で」
ヴォルフは本当のことを言えませんでした。だって、自分が狼で、羊を盗みに来たなんて言ったら、追い出されてしまうかもしれない! だから、思わず嘘をつきました。
「僕、牧羊犬になりたくて…その、野良犬だったんだ」
牧羊犬はにっこり笑って、首をかしげました。「なるほどね! じゃあ、来なよ! 僕、リッキー。よろしく!」
リッキーはボーダーコリーで、牧場の羊たちを守るリーダーでした。リッキーはヴォルフを牧場の納屋に連れて行き、他の牧羊犬たちに紹介しました。
「こいつ、ヴォルフ。今日から仲間だ!」
牧羊犬たちは、ヴォルフの丸い耳やくるんとした尻尾を見て、ちょっと不思議そうにしましたが、すぐに「よろしくな!」と受け入れてくれました。ヴォルフは初めて、温かい笑顔に囲まれたのです。
次の日から、ヴォルフは牧羊犬として働くことになりました。最初は、羊を追い込むのが下手で、羊にまた頭突きされたり、リッキーに「もっとこうだよ!」と教えられたり。でも、リッキーや他の犬たちは、ヴォルフを笑ったりしませんでした。むしろ、「ヴォルフ、いいぞ! その調子!」と励ましてくれたのです。
ある朝、ヴォルフはリッキーと一緒に牧場の丘の上で羊を見張っていました。朝日がキラキラと輝き、羊たちが「メェメェ」と草を食べる音が聞こえます。ヴォルフは、ふとつぶやきました。
「リッキー、僕、こんな場所で働けるなんて、夢みたいだよ」
リッキーは笑って、「ハハ、ヴォルフ、君はいいやつだ。羊たちも、なんだか君のこと気に入ってるみたいだぞ」と言いました。
ヴォルフの心は、ポカポカと温かくなりました。狼の群れでは、いつもバカにされてばかりだったのに、ここでは仲間がいて、笑顔があって、居場所がある。ヴォルフは、初めて「ここにいたい」と強く思いました。
でも、そんな幸せな日は長く続きませんでした。ある夜、森の奥から、恐ろしい遠吠えが響きました。
「アウオオオー!」
ヴォルフの耳がピクンと立ちました。それは、クロ牙と狼の群れの声でした。ヴォルフが羊を連れてこないので、しびれを切らした狼たちが、牧場を襲いに来たのです。
「ヴォルフ! お前、裏切ったな!」クロ牙の声が、闇夜に響きます。
牧場の羊たちが「メェメェ!」とパニックになり、牧羊犬たちも「ワンワン!」と吠えて立ち向かいました。ヴォルフは心臓がドキドキしました。狼の群れは家族だった。でも、牧場の仲間たちは、ヴォルフに初めて居場所をくれた。ヴォルフは、どちらを選ぶべきか、頭がぐるぐるしました。
「ヴォルフ、行くぞ!」リッキーが叫び、羊を守るために走り出しました。
ヴォルフは、決心しました。「僕、リッキーたちを守る!」
ヴォルフは小さな体でクロ牙の前に立ちはだかり、初めて大きな声で吠えました。
「やめろ、クロ牙! ここは僕の居場所だ!」
クロ牙は目を細め、牙をむき出しにしました。
「ふん、情けないやつめ。狼のくせに、犬のマネか!」
クロ牙がヴォルフに飛びかかり、鋭い牙がヴォルフの肩に食い込みました。「うわっ!」ヴォルフは地面に倒れ、血がドロドロと流れます。
そのとき、「バーン!」と大きな音が響きました。牧場主のおじさんと、銃を持った人間たちが駆けつけてきたのです。狼たちはビックリして、「キャン!」と逃げ出しました。クロ牙も、悔しそうにヴォルフをにらみながら、森の奥に消えていきました。
ヴォルフは、痛みで意識がぼんやりしていました。リッキーが「ヴォルフ、しっかりしろ!」と叫びながら、ヴォルフのそばに駆け寄りました。牧場主のおじさんは、ヴォルフをそっと抱き上げ、獣医さんに連れて行きました。
獣医さんは、ヴォルフの傷を丁寧に治療しながら、首をかしげました。
「この子…犬じゃなくて、狼だね」
牧場にいたみんなが、ビックリしてざわざわしました。リッキーも、目を丸くしてヴォルフを見ました。
「ヴォルフ、君、狼だったの…?」
ヴォルフは、包帯でぐるぐる巻きにされながら、うつむきました。「ごめん、リッキー…本当のこと、言えなくて…」
でも、牧場主のおじさんは、優しく笑いました。「ヴォルフ、君が狼だろうと犬だろうと、関係ないよ。君は羊を守って、仲間を守った。立派な牧羊犬だ」
リッキーも、ニコッと笑って、「ハハ、びっくりしたけど、ヴォルフはヴォルフだよ! これからも一緒に羊を守ろうぜ!」と言いました。
その言葉に、ヴォルフの目から、ポロッと涙がこぼれました。ヴォルフは、ずっと欲しかったものに気づいたのです。それは、強さやかっこよさじゃなくて、仲間と笑い合える「居場所」だったのです。
数日後、傷が少し良くなったヴォルフは、牧場の丘の上で、リッキーと一緒に羊を見張っていました。ヴォルフは、うれしくて、思わず遠吠えをしました。
「アウー…!」
でも、やっぱりその遠吠えは、なんだか下手くそで、頼りない声でした。リッキーは、クスクス笑って、「ハハ、ヴォルフ、つぎは遠吠えの練習が必要だな!」とからかいました。
でも、今回は、からかわれても、ヴォルフの心はちっとも痛みませんでした。だって、ヴォルフには、最高の仲間と居場所があったのですから。
そして、牧場の羊たちは、今日も「メェメェ」と楽しそうに草を食べ、ヴォルフとリッキーの笑い声が、丘の上に響き合いました。
おしまい。
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