俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人(みと)

第1話 アンドロイドの名前はアルテミス

「夜中に呼び出して……バアさん、趣味悪いぞ」


 ソファに沈み込みながら、俺はぶっきらぼうに言った。

 向かいのデスクでは、俺の祖母──雪宮シズが涼しい顔でコーヒーを啜っている。


「たまには孫の顔を見たくなるものよ」


 さらっと言われ、俺は鼻で笑った。


「嘘つけ。どうせまたロクでもない用事だろ」

「それに、あなた、夜中しか活動してないでしょう?」

「……ぐぬぬ」


 言い返せず、俺はさらにソファに沈んだ。

 昼夜逆転、睡眠不足、偏食生活──心当たりしかねぇ。

 シズが小さく指を鳴らした。

 すると、部屋の隅から、一人の少女が静かに歩み出てくる。

 銀色の髪。淡い青の瞳。

 滑らかな肌と整った顔立ち──まるで人間だ。


 ……けど。


 呼吸のリズム、まばたきの間隔、身じろぎ一つに至るまで、違和感しかない。

 "完璧すぎる"せいで、逆にゾワッとする。


(な、なんだこの完璧超人……こえぇ……)


 無意識に体が引きつった俺を見て、シズが微笑んだ。


「紹介するわ。あなたをサポートするための、自律型AIアンドロイド──アルテミスよ」

「……アンドロイド、だと?」


 俺はじろじろと銀髪の少女を見た。


(バイオ系でもない、がっつり機械製か……)


 額に手を当て、深いため息を吐く。


(どっちにしたって、ロクなもんじゃねぇ……!)


「彼女は財団で開発している医療支援アンドロイドの試作モデルよ。現場導入前に、個人対象でテスト運用する必要があるの」

「……ハァ?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「そんなモルモットみたいな真似、誰が──」

「安心して。あなたの生活改善も兼ねているから、一石二鳥でしょう?」

「兼ねてねぇよ!!」


 ソファに座り直しながら怒鳴る俺を、シズは涼しい顔で見ていた。


「……俺は関係ない。バアさんが勝手に作ったもんだろ」

「そう。関係ないなら、財団からあなたに支給している研究費も、関係ないわね?」

「──ッッ!!」


 体が固まる。

 空気が重くなる。


「ま、待て。俺の研究は──」

「資金がなくても、趣味の電子工作ぐらいはできるでしょう?」


 あっさり言い捨てられ、俺はぎりっと歯ぎしりした。


(クソッ……完璧な人質戦術……!)


 ソファの上で何度か拳を握り、頭をぐしゃぐしゃにかきまわす。


「……わかったよ」


 しぶしぶ吐き出した俺の声に、シズは満足そうに微笑んだ。


「素直でよろしい」


 やるせない気持ちで隣を見やると、銀髪の少女──アルテミスが、無表情のまま一礼した。


「アルテミスです。これより、ケイ・マスターに随行いたします」

「いや、誰がマスターだ!!」


 即座にツッコむと、アルテミスはぴくりと瞬きをして言い直した。


「ケイ・ハイネス」

「ランクアップしてんじゃねぇよ!! つーか、もうプログラミング失敗してるじゃねぇかバアさん!!」


 俺が振り返って叫ぶと、シズは平然とコーヒーを啜りながら言った。


「生のフィードバックが一番よ」

「開き直ってんじゃねぇ!!」


 怒鳴る俺を無視して、アルテミスが無表情のまま、ぺこりと頭を下げた。


「ナイスフィードバック、ありがとうございます」

「誰も褒めろとは言ってねぇ!!」


 さらに、アルテミスは小さく頷きながら言葉を続けた。


「フィードバックをもとに、次回は適切な称号を選択します」

「次回ってなんだよ次回って!!」


 たまらず叫ぶ俺に、アルテミスはきょとんと首を傾げる。


「敬称略でいい! 敬称略!! もう『ケイ』って呼べ!!」


 俺が頭をかきむしると、アルテミスは一瞬だけ小首を傾げ、それから無表情で答えた。


「了解しました。ケイ」


 妙に従順な声色が、逆に不安を煽る。


(……なんか、絶対まだ何かやらかす予感しかしねぇ……)


 俺はポケットに手を突っ込み、やけくそ気味にソファから立ち上がった。


 背後でアルテミスの足音が静かに続く。

 無表情、無音、無駄のない動き──逆にこえぇ。

 バアさんの執務室を出て、ひんやりした廊下を歩きながら、俺はぼそっと言った。


「……ったく、なんで“ハイネス”なんて出てくるんだよ」

「『指導者、尊敬、最高位』という検索結果に基づき、最適と思われる称号を選択しました」


 さらっと返されて、俺は思わずつまずきかけた。


「検索すんな!! しかも俺、そんな高尚な存在じゃねぇ!!」

「了解しました。……では、ケイ──下位互換」

「互換すんな!!!」


 ついに本気で怒鳴った俺を、アルテミスは無表情でじっと見上げた。

 ちょっとだけ首を傾げているのが、逆にイラッとする。


「フィードバックありがとうございます。以後、互換表現は控えます」

「そういう問題じゃねぇよ!!」


 バタバタと廊下を進みながら、俺は額を押さえた。


(……はぁ、先が思いやられる)


 やっとのことで研究棟のドアにたどり着く。

 アクセスロックに手をかざして、扉を開けると、

 すぐ背後にぴたりとアルテミスがついてきた。

 当たり前のように、俺の研究室に侵入してくる。


「おい、勝手に入って──」

「随行任務中のため、ケイに同行します」


 ぴしっと無表情で言い切られ、俺はぐぬぬと口を噤んだ。


(クソ……言い返せねぇ……!!)


 ソファに無造作にバッグを放り投げながら、

 俺は諦めたようにアルテミスを振り返った。


「いいか。オレの邪魔だけはすんなよ。わかったな?」


 アルテミスはきょとんと瞬きし──そして、ぺこりと小さく頭を下げた。


「了解しました。ケイ」


 その声に、わずかに柔らかさが混じった気がして──


(……いやいや、気のせいだろ、絶対)


 俺はわざとらしく咳払いをして、デスクに向き直った。

 その背中に、静かに、しかし確実についてくる足音。


(──これ、絶対、平穏無事に済まねぇ)


 心の底からため息を吐きながら、俺はPCを立ち上げた。

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