第5話 愛読書
私の愛読書は、ドグラ・マグラ、中原中也詩集「汚れつちまつた悲しみに」、ドラコニアの夢、など多岐に渡るが、中でも最も手に取るのが早かったものが、ドラコニアの夢(澁澤龍彦)である。今その本はどこかに失せてしまったが、私が、れっきとした文学を初めて手に取ったとき、その本は「人間失格」でも、「こころ」でも、「金色夜叉」でも、はたまた「虚無への供物」でも、「黒死館殺人事件」でも、ない。「ドラコニアの夢」という、ひとつの冊子であった。26の作品や物語が綴られたそれは、私が文学の沼に沈み込み、息が出来なくなるまでどっぷりと浸かるに最適なものであった。
第2話だか第3話だかで、私が
古本屋に駆け込むのが日課の一つに成ったのも、このドラコニアの夢という作品がきっかけである。
この本が無ければ、私は本の虫となる事なく朽ち果てていたであろうことは容易に想像できるし、私の心理世界……畳一畳半の和室においても、横を見やれば、この本がそっと置かれているのだから、よほど思い入れがあるのであろう。(もっとも、私はその表紙を刃物で多少切り裂いてしまうという、文学に携わる人間としては論外なことをしてしまったのだが。)
さて、今少し我が部屋を探してみたところ、なんと私の目の前の原稿用紙の山…に、ドラコニアの夢が挟まっていた。
「なんたることだ、こんな近くにあった思い入れのある作品を見落とすとは。私はやはり、注意力に欠けているのではなかろうか」
そうぼやきつつ、さらさらとした質感の紙を捲れば、やはり、私が心踊ったあの短編が幾重にも重なって、積み上がって、階段を形成している。これだ、この感覚だ。
文学を久しぶり、あるいは初めて開いた時の、この感覚。出だしからすでに道を指し示すその道標。そうだ、この感覚が私は好きなのだ。
そうして、愛しい我が子を眺めるように本を読んだ。そして、数分のように思った体感時間は、私が時計を見たことによって、覆された。なんと、2時間も経過していたのである。
アア、神様、お願いですからモット遅く……時間の流れを緩やかにして頂きたい……
あまりにも、時間が足りないのです、これでは、一生をバッと燕、いや、
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