第9話 虚無の波紋

 ボビーは、あのときのヒューイの言葉を思い出していた。


『見え見えなんだよ。〈約束〉を反故ほごにしたから、言えなかったんじゃないのか?』


(反故ほごにしたから言えなかった……か)


 そう考えあぐねていたところで、アーサーが付け加えて言った。


「言わなかったんだろ?マーカスの異動のこと。教えて貰えなくて、悔しかったんじゃないのかな。よく分かんないけど」


 ヒューイが彼にしか悪戯いたずらを仕掛けなかったせいなのか、意外にアーサーはヒューイの考えを理解しているようだった。


「……そうだな。裏切られたと思ったのかもな……」


 ボビーはそう言って、机の中のものを箱に詰めた。


〈二人一組〉のルールが破られたとヒューイは言った。

 彼がそのことを"裏切られた"ととらえたとしても、不思議ではなかった。


『このくらいやらないと、俺がどれくらい本気ガチかなんて分かんないんだろ?』


(気づいてほしかったのは、改ざんでなく、裏切り行為の方なのか……? だとすれば……あの怒りもに落ちる。)


 考え込むたびに、作業の手が止まる。それに気づいたアーサーが、


「でも仕方ないよ。あんた知らなかったんだろう?」


 と言った。

 だがそれは、昨日のダルトンの言葉とかぶった。


『どんなところに原因があろうとも、お前はヒューイが事を起こすことを知らなかったんだ。責任の取りようがないだろう』


「知らなかったで済むのか……」


 ボビーはまた、独り言のようにつぶやいた。


(いや、知らなかったでは済まないから、ヒューイは辞めさせられたんだ)


 やってはいけないというルールを知らなかった。しかし、やればどうなるかは知っていた。だから

 ――アラートを飛ばした――


(いまさら成すすべもない)


 そう思うと彼は、また息をついた。


 ボビーは、ヒューイが起こした行動に、事前に気づけなかったことを、後悔していた。


 ―― 成すすべは、本当になかったのか ――


 思い返すと一昨日の夜。

 自分の端末の挙動に一瞬の“ひっかかり”を感じていた。その瞬間に仕掛けられていたのだ。


(あのとき、気づいていたら……)


 つのる後悔に心が沈んだ。そんな気落ちするボビーを見て、アーサーもまた、やりきれない気持ちになっていった。


 ◆


 その夜、ヒューイの部屋には、 同期生の

 アーサー、ディック、ケント、そしてマーカスが集まってきていた。


 アーサーたちにとって、ボビーはヒューイの班長であるとともに、同じ学園で色々と世話をしてくれた先輩でもあった。


 そのボビーが分室を辞めねばならなくなったことに対して、耐えかねたアーサーが口火を切った。


「こうなるとは予想しなかったのか? ヒューイ」


 あとに続いて、ディックがヒューイを責めた。


「お前が馬鹿なことをやんなきゃ、ボビーは辞めずに済んだんだぞ」


「……」


 分室から帰って来て以来、ヒューイは殆ど語らなかった。


「謝んなくていいよヒューイ。相手が違う」


 この処分に納得できないマーカスが言った。


「マーカス……」


 そう言って顔を上げたヒューイを見ることもなく、さらに言葉を続けた。


「お前が迷惑かけたのはボビーだけだ。今回の件で迷惑をこうむったものは、ほかにはいないんだから……!」


「お前ら、反省してねぇのかよ?」


 少し驚きながら、ディックがマーカスの方を向き直った。すると、いままで黙っていたケントまでもが、


「どうして……? なんでかばうんだよ、マーカス? あんたがそうやってかばうから、ヒューイが調子に乗ったんじゃないのか?」


 そう言って追及に加わった。


「ヒューイは……悪くない……!」


 マーカスは一瞬たじろぎながらも、否定し続けた。


「ボビーだって悪くないのに、こいつのせいで責任取らされたんだろうが!」



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・虚無の波紋 -きょむのはもん-

 存在しないはずのものが、心に波及するという意味合いです。波紋影響って、止めどなくどんどん広がるんですよね。


【予告】

 ・匣の封錆 -はこのふうさび-

 ヒューイがなぜ〈二人一組いっしょ〉にこだわったかが判明します。

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