第8話 残香の残像

 ヒューイに畳みかけるように、ダルトンが話を続けた。


「やったことに対しての、責任は取らなければならない」


 その言葉に反応したヒューイが、すぐに食い下がった。


「なんでだよ? たかが移動を一件、削除しただけじゃないか。他はさわってねぇよ!」


 だが、そんなヒューイにデニスが言った。


「なにをしたかじゃないんだ。『その技術を使った』ってことが問題なんだよ。ヒューイ」


 デニスがヒューイをさとすと、


「技術を……? だからボビーもって……?」


 デニスを振り返ってヒューイは尋ねた。


「IDが使われた時点で、技術者としてはアウトだ」


 デニスはヒューイに向かって、静かに言い放った。


「そんな……!」


 ヒューイはこのとき、自分がなにをしたのかを、ようやく認識したのだった。


「俺が……使ったから……」


 愕然となり、その場にへたり込んでしまったヒューイに、ダルトンが静かに言った。


「それが組織だ」


 ヒューイの様子を心配したマーカスが、両肩を抱き込むようにかがんで、その顔を覗き込んだ。

 そして、ダルトンを仰ぎ見るように振り返った彼は、はじめてその口を開いた。


「ヒューイは俺のデータを改ざんしたんだ。俺が教育課に転属にならないように、データを消しただけなんだ」


 マーカスはヒューイをかばうように、彼の前に立ち、ダルトンに向かって訴えた。


「だから、俺にだって責任はある。そうでしょう室長!」


「お前はなにもやってないだろう、マーカス」


「そんなことはない。ヒューイは俺の為にしたんだ!俺が言わなければ、こんなことにはならなかったはずだ」


 すがるような訴えだった。


「ヒューイだけが悪いんじゃない。俺にも責任はあるはずだ」


 しかしダルトンは、そんなマーカスをいさめるようにさとした。


「どんなところに原因があろうとも、お前はヒューイが事を起こすことを知らなかったんだ」

 

「…っ!」


 明解なその言葉に、マーカスは言葉を失ってしまった。そんな彼にダルトンが念を押した。


「責任の取りようがないだろう」


 取り付く島もなかった。マーカスは唇を噛んだ。そのマーカスの腕を、抑えてヒューイが言った。


「マーカス。もういいから……」


 力のない声でヒューイはそれだけを告げた。


「ヒューイ」


 いつもの元気なヒューイは、そこにはなかった。


 ◆


「ボビー、なにか手伝うことある?」


 翌朝、そう言ってアーサーがボビーの班長室へと入って来た。


「おはよう、アーサー」


 ボビーはそう答え、机にもたれ掛かったまま顔だけを上げた。


「ダルトンが手伝ってこいって……ヒューイがいないから、大変だろうってさ」


「ああ、今日中には引き上げるから」


 そう言いながらボビーは机から離れた。そして私物の茶器などを箱に詰め始めた。


 どこか力なく見えるボビーだったが、アーサーはそれ以上はなにも言わずに、掃除に取りかかった。


 しばらく、沈黙のまま作業が続く。

 やがてボビーがおもむろに話し始めた。


「ずっと考えてた……なんであいつはあんなことをしたんだろうって……」


 アーサーは振り返って答えた。


「"あんただから" だろう?」


「え……?」


 同じことをヒューイも言った。


『あんたのことは信用してるよ。だからIDもあんたのを使った。あんたならアラートにすぐ気づくし、見つけてくれると思ってた』


「あいつは俺を信用してるって……」


「だろうね。あんたしか信用してない」


 そう言いながら、本棚からボビーの私物の本をまとめ始めた。


「俺しか……?お前たちもいるのにか?」


「あいつは、悪戯は俺にしかしない。ツルむときはマーカス。そして信用できる相手はあんたって、気を許す奴が決まってるのさ」


「そうなのか?誰にでも懐いてると思ってたんだが……」


「でなきゃ……朝っぱらからあんたのために茶なんか淹れてないよ」


 アーサーの言う通りだった。

 朝、ドアを開けると、ジャスミン茶の香りと彼の笑顔があった。ボビーは、ほっとするあの朝のことを思い出していた。


(そういえば……今朝はあいつの笑顔を見てないな……)


 ボビーがそう思ったとき、ふと疑問が湧いてきた。


「じゃあなぜIDを盗んだんだ」


 ヒューイは信用してると言ったのに、結局はボビーのIDを使い、改ざんの行為を行ったのだ。


(発覚だけならアラートが飛んだんだ。わざわざ、俺のIDを使う必要もなかったはずだ)


 そうボビーは疑問に思った。そのときだった。


「あいつになにかしたんじゃないの?」


 アーサーは作業の手を止めることもなく、そう答えた。


 ―― な に か し た ――


 心当たりは〈マーカスの転属〉を決めたことだった。二人一緒での転属ではなかったのだが……。


(だけど、それだけで……?)



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・残香の残像 -ざんこうのざんぞう-

 目にはもう見えないけれど、香りや感覚として確かにそこにあった存在。それを思い出す回となってます。

 全文(完結分)には無かったシーンなのですが、分割すると、こんな場面も書いておこうとか思うものなのですね。(その分長くなりました)


【予告】

 ・虚無の波紋 -きょむのはもん-

 今度は、ヒューイと同期生の攻防戦です




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