第3話 砂に潜むもの

ここに来る前の私は、きっと知らなかった。

広いけれど、あまり変わらないように見えていた、水だけが続く景色の下には、

ちょっと踏み出せば、たくさんの『初めて』が待っているんだって。


あそこに、何かがいるよと、私の中で誰かが告げる。

それは、繋いだ手をぎゅっと握り合うごとに、強くなるようで・・・



*****



『イズミは、私と一緒に行くの、慣れてきた?』

「う、うん・・・だんだんと?」

私の手を引きながら、勢いよく泳いでいるみうが、こちらを振り返って、また少しぼうっとした感じから、引き戻される。


速すぎるせいか、夢でも見ているような気持ちだけど、少しは慣れてきているのも、嘘ではないよね・・・


『良かった。じゃあ、ここからは砂の場所だから、ゆっくり行くね。』

「す、砂の・・・?」

私達は、湖の底から少し上の辺りにいるけれど、足元のほうを見れば、確かに砂がいっぱいのようだ。



『うん。お姉ちゃんは、この辺を見るのも好きだったけど・・・あっ、ちょっと静かにしてて。』

「う、うん・・・!」

みうが体を寄せてきて、細くて可愛らしい指を、私の唇にあてる。少し驚いて、体が熱くなった気がするけど、これは絶対に、声なんて出せないよね。


『ほら、小さなお魚が、危ない場所に来てるの。あれが分からないと、ぱくんとされちゃうわ。』

「・・・?」

みうの指の感触が、まだ口元を優しく押さえる中で、私も分からないよと、小さく首を振って伝える。


『これは、もうだめかな。イズミも、気を付けて見ていて。』

「・・・っ!」

言われるままに、足元のほうを眺めていたら、砂の中から平べったい何かが出てきて、近くの小さなお魚を飲み込んでしまう・・・

みうが注意してくれていなければ、私は大声を上げていただろう。



「な、何あれ・・・・・・」

『あれも、よく見かけるのとは違った姿だけど、お魚なの。

 自分だけでも隠れられるみたいだけど、ここにいるのは、砂の精と仲良しだから・・・』

「えっ・・・? もうどこにいるのか、分からなくなっちゃった。」

みうと話している間に、その平べったいお魚は、砂の中へと潜っていって・・・不思議な魔法でも使ったみたいに、さらさらと跡が消えて、もう周りと何も変わらないみたいだ。


『今、ここから見えるところを綺麗にしたのが、砂の精なの。あのお魚が、魔力をちょっと分けてくれるから、喜んで手伝ってるみたい。』

「ま、魔力・・・? ここの生き物も、魔力を持ってるの?」

人間も、魔法を使える人はいっぱい持っていて、私にも一応、あるみたいだけど・・・


『うん! みんなじゃないと思うけど、私も・・・イズミにも、あるのね。

 この辺りにいるだけなら、水に溶けてる魔力で十分だけど・・・お姉ちゃんと一緒に行った場所を回るには、ちょっと多めに欲しいから、この先へ行くの。』

「あっ、この砂の場所を見るために、出てきたわけじゃないんだね。」


『そ、そうよ・・・』

みうがちょっと目を逸らしたのは、ちゃんと私に説明していなかったことに、気付いたからかな。

可愛いし、全然怒ってなんていないけど。



『ここのお魚や、砂の精を邪魔しないように、ゆっくり行くわ。』

まだ気まずそうな顔をしながらも、みうが私の手を引いて、砂の少し上を泳いでゆく・・・さっきのお魚がいた場所に、視線を向けながら。


だけど、それだけじゃないことに、私はどうしてか、気付くことができた。


「みう、あっちにも・・・」

『わっ・・・!』

進もうとした先で、別のお魚が砂から出てきて、声を上げそうになったみうの口を、今度は私の指が止める。


『あ、ありがとう、イズミ・・・よく分かったね。』

「えっと・・・たまたま?」

みうの柔らかい唇から、指を離した後、ちょっと首を捻りながら、最後は二人で笑い合って、私達は慎重に、魔力のある場所へ進み始めた。

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