第3話 新しい一歩

仕事終わりにベーカリー担当の女料理人オルガに呼ばれ、サシャは厨房の隣にある広間に入った。

入った途端、いつも皆が食事をする大きな長テーブルの端に、料理長と副料理長が座っていて驚く。


今日のメリンダとの遣り取りは、女同士の小さな揉め事としてオルガに注意されるのかと思っていた。

しかし、まさか厨房の問題として料理長直々に咎められるのだろうかと、サシャの血の気が引いた。



オルガに促されて近付いたサシャは、料理長と目が合って、睨まれたのだと思って急いで頭を下げた。


「今日はすみませんでした!」

「え?」

「あの、私、年上のメリンダさんに偉そうなことを言ってしまって。これからは揉めないように気をつけますから…」

「ちょっと待って、サシャ」


オルガに優しく肩を叩かれて、サシャは恐る恐る顔を上げる。

料理長は目付きがあまり良くなく、いかめしい表情であることが多いので、サシャは睨まれたように感じたが、そうではなかったのだろうか。


副料理長が料理長を肘で小突いた。


「おい、サシャが誤解してるだろ。お前の顔が悪いからだぞ」

「ちょっと! 顔じゃなくて目付きが悪いって言って!」

「オルガ……」


オルガの一言に一度額を押さえた料理長は、気を取り直してサシャの方を向いた。


「今日のことは副料理長こいつから聞いた。サシャ、君を呼んだのはメリンダとのことを咎める為じゃなく、感謝を伝えたかったからだ」

「……え?」


驚いて目を丸くするサシャに、料理長は軽く頷いた。


「俺達の仕事をよく理解してくれて、ありがとう。君の仕事ぶりには、厨房の皆が助かっている」

「そ、そんな! 私、個別に感謝されるようなこと出来ていないんです。誰にでも出来る仕事しか出来なくて……」

「誰にでも出来ると自分の仕事を見下す者は、本当に誰にでも出来ることしかやらないものだ」


サシャは非難されたのだと思い、より身体を小さくした。

途端に副料理長が、「言葉が足りてねぇ」と料理長を小突く。

料理長が顔をしかめて、咳払いした。


「サシャ、君は本当に、自分の仕事を“誰にでも出来る仕事”だと思っているか?」

「え……」

「俺達は君が厨房で働き始めた頃から知っている。君はいつだって、与えられた仕事に真剣に向き合ってきたはずだ」


料理長に言われて、サシャは毎日の自分の仕事を思い返した。

入ったばかりの頃は幼かったから、先輩下女に教わって、必死で仕事を覚えた。

親に売られるところだったサシャには、ここでしっかり働かなければ、行くところがなかったからだ。

そうする内、厨房という場所や、働いている人々が好きになって、この場所で役に立ちたいと思った。

彼等の役に立つ為に、自分に出来ることはなんだろうと考えて、精一杯動くようになり……。


言葉を失っているサシャに、副料理長が笑いかける。


「サシャはさ、いつだって、今の自分に出来ることを探して動いてたろ? 言われたことを言われた通りにして終わり、じゃない。その前後を考えて、出来ることをやってた」



使った器具を片付けておくように言われたら、洗った後、次に使う人の為に準備をした。

粉を量るように言われたら、残りが少なくなっている袋を確認して報告した。

貼り出された今日の予定を見て、食事の度に変わる食数を確認し、食器を揃えた。

食事の最後に冷菓を添えるグラスは、前もって冷やしておいた。


サシャはいつでも、自分に出来ることを探して働いてきた。


「それはさ、誰にでも出来ることじゃないのさ。多くの君の経験から、君にしか出来ない仕事になっているんだ」


副料理長がそう言えば、側に立つオルガも微笑む。



サシャは胸が熱くなった。

一生懸命、ただ一生懸命やってきた。

ここにしか場所がないからじゃない。

ここでずっと働きたいと思ったから。


自分の仕事を、大事にしたいと思ったからだ。



「どんな仕事も、取り組み方で“誰でも出来る”ものじゃなく、“その人にしか出来ないもの”になる。君は料理を直接作ってはいないが、君にしか出来ないやり方で、領主館の厨房で作られる料理を支えているんだ」


はっきりと料理長が言って、わずかに口元を緩めた。


「もう一度言おう。サシャ、君の働きに厨房の皆は助けられている。そして何より、俺達が調理に向ける想いを理解してくれて、本当に感謝している。ありがとう」

「ありがとう、サシャ」

「感謝してるわ」


三人から貰った言葉が嬉しくて、サシャは胸を押さえた。

口を開けば涙も出てしまいそうで、震える唇に力を込める。



「メリンダには、前の屋敷と領主館ここは違うと言っておいたよ。やり方が納得できないなら、意見は聞くから勝手に変えずに俺に話せってね」


副料理長がウインクして、テーブルの上に置いてある缶に手を伸ばした。

蓋を開けると、試食用の丸いクッキーが底に数枚残っていた。

オルガが背中を押し、サシャに椅子を勧める。


「年下とか、そういうことは気にしなくていいわ。年齢とか性別とか気にしていたら、こういう人数の多い場では身動き取れなくなってしまうから」


女性でベーカリー部門の責任者を務めるオルガは、揺らがぬ自信を持って微笑む。


「だから、今まで通り分からないことは教えてあげて」

「……私がまだ教えていいんですか?」

「もちろん。サシャが自信を持って教えられないことは、私達に遠慮なく聞いていいから」


サシャは勧められるまま椅子に座る。

コトンと、目の前にゆるく湯気の立つカップが置かれた。

見上げれば、いつの間にか広間にやって来ていたハイスが、盆に乗せたカップを料理長達の前にも置いている。


「ハイス」

「どうぞ、サシャ。君みたいには、美味しく淹れられなかったけど」

「うわ、ホントだ。イマイチ」


一口飲んだ副料理長が笑うので、ハイスは鼻の上にシワを寄せた。


サシャは毎日お茶を淹れる。

大きなポットに入れて、この広間のテーブルに置いておくのだ。

義務ではないし、指示された仕事でもない。

でも、仕事の合間に誰かが喉を潤して、ホッとしてくれたら良いと思って始めたことだった。


皆に、気持ちよく仕事をして欲しいから。

それが、出来ることだと思ったからだ。



「明日もさ、淹れてくれる?」


ハイスが微笑む。


もちろんとか、嬉しいとか、これからも頑張るとか、口にしたい気持ちはたくさんあったが、胸がいっぱいで、上手く言葉にはならなかった。

だからサシャは何度も頷いて、カップに口を付けた。

お茶は自分が淹れるよりも少し薄かったけれど、とても温かかった。


「良かったらこれも食べてみて。今日は剥いたじゃがいもが余ったから、試作してみたんだ。まだ改良の余地がいっぱいあるけど」


差し出されたのは、缶に入っていたクッキー。

齧ってみると、しっとりと柔らかく、素朴な風味と仄かな甘さが口に広がる。


とても、とても、優しい味。



クッキーをゆっくりと飲み込むと、サシャはようやく真っ直ぐに顔を上げた。

そして、たくさんの温もりに背中を押されて言葉を口にする。


「料理長、じゃがいもをどうしてまとめて剥かないのか、私に教えて下さい」


それはサシャにとって、小さくとも、確かな一歩だった。




《 私にしか出来ないことを/終 》

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私にしか出来ないことを 幸まる @karamitu

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