第2話 下女の仕事

数日後、サシャは洗濯室からの戻り際、厨房の裏で青果仕入れ業者の男性とメリンダが楽しそうに話しているのに気付いた。

人当たり良く気さくなメリンダは、業者の人々ともすぐに仲良くなって、こうして雑談もする。

忙しい時間でなければそれも許されているので、サシャは邪魔をしないように隣の休憩室の裏口から入ろうとした。



「助かるよメリンダ。最近あそこのレストランは納品させてくれないからさ」

「いいのよ。毎日大量に使うんだから、少しくらい混ぜても大丈夫よ」


納品される青果のことだと分かり、サシャは思わず戸口で振り返った。

今日の納品分は、今日明日の領主一家と来客の食事に使われるもののはずだが、業者が野菜かごの上に置いたのは、明らかに育ちすぎたり、曲がったりして形の悪い野菜たちだった。


「待って下さい」


サシャが駆け寄ると、業者の男はバツが悪そうに表情を変える。


「あの、それ、注文した規格じゃありませんよね?」

「……ああ、サシャ。そうだけど、ほら、見た目は悪いけど新鮮だし、ちゃんと食べられるから」

「分かってます。でも、納品して良いかを判断するのは料理人の方々で、下働き下女の私達じゃありません」

「あら、そんな細かいことまで確認が必要ですか? 前のお屋敷では、必要ありませんでしたよ?」


メリンダがいつもの笑顔でサシャを見た。


「食べられるのに、勿体ないじゃないですか。どうせいつも、弾かれた野菜は使用人の賄いで使うんですし」

「そういうことじゃありません。賄い用の野菜は別でまとめて注文されているはずでしょう? 予定された料理に合わない規格だったら、料理人の皆さんが困ります」


領主館の人々に出される料理は、料理長を中心にして、料理人達が前もって一週間ごとにメニューを決めている。

そして、それに合わせた材料が発注される。

第一、ここは貴族の館で、理屈ではなく平民の暮らしとは違うのだ。

殆ど刻んで使う使用人達の賄いとは違い、カットされる野菜の形にも気を使う貴族達領主一家の食べる料理は、どんな形の野菜でも良いというわけではない。

そもそも、野菜によっては育ちすぎれば筋張って可食部が減るものもある。


しかし、サシャの言い分は全く理解できないようで、メリンダは困ったような笑顔で肩を竦めた。


「野菜や果物なんて、自然のものなんだから予定通り育つものじゃないでしょう。その時々で臨機応変にメニューを変えるのだって、料理人達の仕事じゃありませんか」

「そんなこと……!」


サシャは小さく震えた。


料理人達が頭を悩ませて決められる日々のメニュー。

時には夜遅くまでかかって試食をすることも、過去のレシピ記録を出してきて話し合うこともある。

食べた人の生命になるものを作っているという自負があるから、彼等は毎日のことでも決して手を抜いたりしない。

もちろん、料理長の指示で、臨機応変にメニュー変更されることもある。

しかしそれは、下女が勝手な振る舞いをしてさせていいことじゃないはずだ。


サシャは両手をグッと握った。


「この厨房の料理人の皆さんは、信念を持って料理を作られています。……私達の仕事は、皆さんがそんな仕事が出来るように手助けをすることで、その為なら、面倒でも確認だって必要でしょう? 私達は…」

「面倒だなんて言ってませんよ。いちいち確認していたら、それこそ忙しい料理人さん達の仕事を邪魔してしまうじゃないですか」

「それでも必要なことなら」

「ああ〜、もうサシャさん、難しく考えすぎですよ!」


メリンダは真面目に相手をするのが面倒になったのだろう。

大きな溜め息交じりに笑って、首を振った。


「私達は下女なんですよ? 仕事は雑用、誰にでも出来る仕事ですよ。だから特別なことが出来ない私達なんかにも任せてもらえるんでしょう?」



私達にも



その言葉は胸を抉り、サシャは次の言葉を失う。

サシャには、反論できるだけの自信がない。



口を閉じてしまったサシャに安心したのか、メリンダはふぅと息を吐いた。


「サシャさん、そんなに難しく考えなくても」

「は〜い、そこまで〜!」


パンパンと手を叩く音がした。

気が付けば、厨房の裏口にヒョロリと背の高い副料理長が立っていて、楽しそうに口端を上げている。


「二人とも、そろそろ仕事に戻ってくれる?」

「あ、すみません、副料理長」

「ハイハイ。あ、その野菜、今日は入れていいよ。でも、次からは俺に必ず確認取って、メリンダ」


業者の男が汗を掻きながらペコペコと頭を下げ、メリンダも表面上は申し訳なさそうに返事をする。

サシャも謝ろうとしたが、副料理長はポンとサシャの肩を叩き、ウインクして厨房内に戻って行った。




( 第三話につづく )

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