第二話 許嫁の秘密と帝都の異能者たち②
男が胸を張って名乗る。朔夜は、潮が引くように意識がすっと醒めて、自分の中で何かが切り替わるのを感じた。
「あなたには、何が『化物』かもわからないのに?」
新に応える朔夜の、温度のない声、冷淡な口調と表情のない面差しは、女学校でみなに慕われる朗らかな少女とは思えないものだった。
今の朔夜は、守られた花園で揺れる可憐に鈴蘭などではない。相手を跳ねのける強さをあらわにした、戦う者だ。
「それでよく『守る』だなんて言えるわ」
新の顔が怒気を帯びて、百瀬が身構えても、朔夜は怯まなかった。
「いずれにしても、お父さまは貴族の地位を返上したの。うちはもう、関係がない。何度も言っているでしょう」
「おれは初めて聞いた」
「白々しいわ。陰陽寮の残党――陰陽寮が解散させられても、あなたたちがまだ繋がっていること、知っているのよ」
「それならばなおのこと、自分たちがどうすべきかもわかるはずだ。あまり手間をかけさせるなよ。我々の役目は消えていないぞ」
朔夜は、代々霊力を以て国を守る役目を仰せつかった家の末裔だ。百瀬はその臣下筋で、だから朔夜と百瀬は主従関係でもある。そして、かつては確かに陰陽寮に名を連ねていた。
しかし、それはもう過去のこと。
時代は変わった。帝が――少なくとも表向きはその人が――陰陽寮の解散を命じ、人々は国を脅かす怪異をもはや信じてはいない。
朔夜の家は貴族籍とともに役目を返上した。人々が怪異を信じなくなったことで、それが許される世になった。
「ずいぶん懐かしいおつむですこと」
時代遅れを指摘する朔夜のまなざしが怜悧に新を刺す。それはやはり、守られた花園で友人たちと戯れる女学生には似つかわしくない瞳だった。
新は少々瞠目したが、あらためて朔夜を値踏みするように目を眇めた。
「家のつながりや身分がいまさらと言ったとしても、だ。力を持つ者なら……」
「どんなふうに生まれようと、私たちが犠牲になる道理なんてない。何度迫られても、私たちはあなたたちのものにはならない」
朔夜の声は氷柱を叩いたように冷たく凛と響き、しかしながら薄氷のように、踏みにじればたやすく砕けそうな気配もあった。
朔夜は百瀬が止めようとするのを跳ねのけて、彼を庇うように半歩前に出る。冷静な表情を崩さないままでいながらも、場には一触即発の緊張が走った。
「帰って。私も百瀬も、普通の人間よ。あなたたちとはかかわらない」
「見捨てるのか、この国と民草を」
「命や、自分の大切なものを懸けて国に尽くさずとも、普通に暮らしたいと願うことを、『見捨てる』と言うなら、そうね」
朔夜は迷いなく答えた。
「英雄になりたいわけではないもの」
揶揄ではなかったが、新の外面には亀裂が入り、苛立ちがあらわになる。警戒して朔夜を庇おうと身動ぎした百瀬の手首を逆手で強く掴んだ。
新の思惑に嵌るわけにはいかない。
百瀬への牽制も込めて、朔夜は毅然と顔を上げた。
「この国はどうなる? 誰かが守らねば、化物どもに荒らされる。人々が忘れようとしていようが、脅威がなくなったわけではないぞ。だからお前もそれを従えているのだろう」
新が朔夜に見せつけるように百瀬を一瞥する。
従えているつもりはない。だが朔夜は、あえてそれを口にしなかった。自分たちの関係に新を立ち入らせたくなかったからだ。
「『守る』と言うために、敵をさだめて争う理由を作るなんて、愚かね」
冷えた声音は、重く地に落ちる。
憤りや憂いを静かな陰として纏い、少女とは思わせぬほの暗い気配を滲ませた朔夜は、そのひと言を最後に、百瀬の手を引いてきびすを返した。
新がどれほど何を言おうとも、決して受け入れない。
なおも追ってくるならば力ずくでも振り払う覚悟をしたものの、彼はじっとその場に留まった。
だが、嫌らしくいつまでも絡みついてくる視線は、言い負けて諦めたわけではないと告げるかのようだった。
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