第二話 許嫁の秘密と帝都の異能者たち①
市電を降り、街中と違ってまだ静けさの残る住宅街を並んで歩く。
ときおりすれ違うご近所さんに揃って挨拶をしながら、次の角を曲がれば朔夜の家が見えてこようかというころ、百瀬がふいにぴたりと立ち止まった。緩く絡めていただけの朔夜の手を握り、強く引きとめる。
朔夜がはっとして角から首だけ覗かせると、朔夜の家の門の前に、じっと立っている人影を見つけた。
「あの人……?」
百瀬が眉を寄せる。いつでもおっとりしている彼の、険のある表情は、朔夜でもあまり見慣れない。
「僕が話をするよ。朔夜は、僕とあの人がここを離れるまで待って、家に入って」
「私も一緒にいるわ」
つないだ手をほどこうとした百瀬を、今度は朔夜から握りしめて止める。百瀬は朔夜を振り返って困った顔をした。
「……朔夜」
「だめ。あなただけを行かせられない」
百瀬なら、朔夜の手を振りほどいてしまえる。けれども彼は指から力を抜くだけで、途方に暮れてただ朔夜を見下ろしていた。
「どうせお父さまに追い返された人でしょ」
「おじさまは君に会わせたくないはずだよ」
「百瀬にだって会わせたくないわ」
「僕は……」
渋る百瀬をもと来たほうへ引っ張り込む。
「このままじゃ朔夜が帰れないよ」
朔夜は肩をすくめ、くるりと百瀬を振り返った。
「じゃあ、百瀬の
朔夜の家のすぐ裏が、百瀬の住まいである。道をひとつ変えれば、不審者に遭わずに家に入れる。
「馬鹿なこと言わない」
「いいじゃない、百瀬ひとりでしょう」
「だから問題なんだよ」
百瀬が首を振って難しい顔をする。
百瀬の両親は今、外国にいる。官僚として順調に出世し、数年前から外交官として海外に赴任しているのだ。彼らは、百瀬には朔夜がいるからと、あっさりひとり息子を置いていった。
使用人は通いの女中がひとり。夕方には帰ってしまうから、夜は百瀬だけになる。だから彼の懸念は朔夜にもわかるけれど、今さら、と思う。
「百瀬のところに泊まるって言えば、お父さまも許してくださるわよ」
「そんなわけないだろ」
埒のあかない押し問答をしていた朔夜と百瀬のそばに、白い紙が飛んでくる。動くものが視界に入ってちらと目を向け、目を瞠った朔夜を、百瀬が背に庇った。
「紙人形……!」
人型に切り取られた紙などが、そのへんを偶然飛んでいるわけがない。意思を持つかのように朔夜たちのもとへ向かってくる紙人形へ、百瀬が手をかざす。
「待って、百瀬!」
朔夜はその肘を掴んで彼の行動を止めた。
「朔夜」
「お願い、待って」
百瀬が焦る目で朔夜を振り返る。それでも朔夜が懇願すれば、百瀬は唇を噛んで手をおろした。
「それなりに優秀な飼い主のようだな」
紙人形のあとに現れたのは、見知らぬ若い男だった。百瀬より多少は年かさであろうか、遠目ではあったが、さきほど朔夜の家の前に立っていた人間に違いない。
名乗りもせず道を塞ぐように立ちはだかられ、朔夜は目を眇めた。
「そこにいると邪魔だわ」
空を見上げて、青色ね、と言うのと同じ調子で、さしたる感情もなくつぶやく。
「朔夜」
百瀬が小声でたしなめて、彼は朔夜を完全に自分のうしろに隠し、男と向き合った。
朔夜よりちょうど頭ひとつぶん大きい百瀬の背中と、道沿いの屋敷の漆喰の塀に挟まれて、朔夜は身動きがとれない。百瀬の肩に手をかけ、つま先立ちをして彼の肩越しに顔を出す。
「どうせ、陰陽寮の怨霊でしょう」
男は、枯茶色の対の着物と羽織、素足に草履の出で立ち。恵まれた体格には少々窮屈にも見え、およそ怨霊と評する見た目ではない。
しかし、朔夜は大真面目に言った。朔夜にとっては、怨霊と同じだった。
過去に拘泥して、自分たちに害をなすもの。
「化物と一緒にするな」
男がもとから無骨な顔を顰め、ますます威圧的な様相になる。不快そうに吐き捨てたとき、その視線は、手前にいる百瀬などいないもののように素通りし、朔夜を睨んでいた。
「そんなことよりも、今日は重要な話があって、わざわざ君を尋ねてきたんだ」
「お父さまはお断りしたのでしょう」
男の百瀬への態度に内心穏やかではいられなかったが、逆に、男が百瀬を無視しようとする事実をこそ無いものとして平静を装った。
「私、許嫁がいるの。あなたよりよほど素敵なひとよ。なのに、あなたが選ばれるわけないじゃない」
「許嫁? まさかそれが?」
我慢がならなかったのか、男が初めてちらりと百瀬に視線をやる。朔夜は澄まし顔で「そうよ」と応えた。
「神森百瀬。近い将来、私が結婚するひと」
「神森はお前の使役だろう。こんな時代だからな、許嫁といって体裁を整えているのか」
大げさに納得してみせる男に、朔夜は冷ややかな目を向けた。
「そう言うあなたは、いったい何者だというの?」
「
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