第11話 勇気



サンフリ基地



「各自持ってくもんは各々で管理必須、最小限のものにしろ。」


「ええと…歯ブラシと、枕と…あっ、マットレス…」


「話聞いてた?」


団長の呼びかけに俺は小ボケをかまし、見事にナルムに突っ込まれる。

行こう行こうと思っていた旅行についに行けることになり、俺たちは浮かれていた。

最近は呪いの浄化のみならず、製鐵作業にも精を出していた。今まではプレス機で圧縮するか団長が粉みじんにしていたのだが、最近ナルムが作成した製鉄機械に魔素を流し込むことで簡単にできるようになった。三分クッキングの三秒版だ。


そんなわけで王国から報酬をもらって二日後、事業も落ち着いたので、村のみんなに旅行へ行く旨を伝えてから準備をしている。


「今回は三泊四日だっけ?」

ミモが皆に尋ねると、全員が頷く。


「ああ、列車や宿の予約はヒョウリとセスがやってくれた。ご苦労だったな。」


「お安い御用だよ。」

「まあ、その頑張り分も楽しませてもらうよ。それと、劇の予約もしておいた。…知人に会わなければいい。」


俺はその絵嫌いの言葉を受け取り、セスはとあることを懸念していた。

彼女にとってウォーター王国のプルアという場所は故郷であり、その領主と血縁関係にある。彼女にとっては『旅行』というよりかは、家出をした故郷への『帰還』に過ぎなかった。


…言うなれば、高校デビューをした子供が、顔を合わせて喋った回数が片手で数えられるレベルの小学校の時の友人と地元のゲームセンターでばったり会ってしまうかのような気まずさ…といったところだろうか?これ以上はやめておこう。


「おぜうさまは大変だな?ま、私たちは楽しませてもらう~」

ナルムがセスをいじり、セスは床でぐるぐると暴れ、ブレイクダンスをするように怒る。


「はは、ミスタースリーみたい。」


「あ?なんだよそれ。」

ナルムに指摘され、考え直す。

俺は確かにそう言ったが、それが何かわからなかった。


「お前ら、出発日は明日あすだ。早いうちに荷物は整理しておけよ。」


「「「「はーい。」」」」



────────────



「すっげぇ~!ここの海ってこんな綺麗なんだな!」


俺はこの世界に来て初めて見る海に感動を覚えた。ここにきて早二週間ほどだが、海を見に行く機会は全くなかった。

ナルムは電車に乗って早々、目のついた変なアイマスクをつけ、腕を組み寝てしまった。


「そうか、ヒョウリは見たことなかったか!まあ、あの酷暑じゃ海になんて到底いけないけどな。魚の密猟者も、ここ最近の気温に参ったのか聞かなくなったしな。」


団長は俺にそんな小話をする。旅で浮かれているのか、いつもより楽しそうだ。


「ここの海って、この太陽の熱で干上がったりしないのかよ?魚も生きにくそうだしよ。」


「ああ、アカシア王国だってすべてが腐っているわけじゃない。自国で完結できない分、貿易や外交で補っているからな。環境管理局がいろいろやってるみたいで、魔法で魚の生きやすい塩水を作り出して、それを放出する機械を作っているらしい。過去にこの酷暑を直そうと気象や魔術に長けた学者が作り出した魔法を試したらしいが…」


何があったのだろうか?団長は突然話すのをやめてしまった。その表情から汲み取るに、あまりよくない結果だったのだろうか。その続きはセスが説明を進めた。


「『魔法は作れる』…ヒョウリは『分離一体魔法』を知っているかい?」


「…それは?」

話を促すように相槌を打つ。


「この魔法は元々二つだったものが一つになった魔法なんだ。『一体魔法』と『分離魔法』がね。この二つを掛け合わせることでちょうど五分五分ごぶごぶの性能を発揮するんだ。…『一体魔法』だけでは配合が不安定になるからね。」

終始浮かない顔で話すセス。余程恐ろしい事件だったのだろうか。


「それで…酷暑の話と何の関係があるんだよ?」


「ああ、政府は気温を過ごしやすいものにするために『凍結魔法』で作り出した巨大な氷と大気の熱を『分離一体魔法』で混ぜ合わせて相殺しようとしたんだ。でも、失敗に終わった。魔素濃度と質量に耐えきれなくなった大気は破裂し、灼熱に覆われた氷のつぶてが降り注ぎ、それが砂漠に熱をこもらせ元通りになったってわけさ。」


「そんな…ほかに方法はなかったのかよ?」


「あっただろうね。でも、学者が出した結論がだめならもう希望はない。」


「私たちはセスのおかげで作業着で外に出られるけど、普通だったらかなわないからね。」

ミモが駅弁の箱を開けながらそう言った。窓のくぼみに丁度物置き場があるが、そこには既に二箱、空の弁当箱がおかれていた。


「そうだ。みんなもっと私に感謝をするべきだよ。…それはそうと、ミモ、今からそんなに食べていると向こうで食べられなくなるぞ。…ん?」


セスは何かに気づいたようにミモの頭らへんを凝視する。


「な、なに…?」


「君、おでこにこぶがあるじゃないか。大丈夫かい?」

それを聞いたミモは慌てて手持ち鏡を見る。


「あ、ああ、これね。ちょっと前からできてるんだよね。回復魔法を使っても治らなくて。」


ズキッ、と心が痛む。まさか、まさかと考えるが、もしこの傷があの『血染め』の攻撃によるものだとしたら…俺は……


「こういう時は塗り薬だろ!」

俺はおもむろにチューブタイプの薬を取り出す。適量指に取り、塗ってやる。

最中、ミモの顔が少し赤くなっているように感じた。


「あ、ありがと…。」


「はあ、とうとうミモも薬族の仲間になってしまったか…」

セスが冗談めかしに言い、俺はどういうことだと詰める。


「はっはっは、薬でもいいじゃねえか!」

団長がそう言い、みんなで笑う。ナルムがその間に起き、アイマスクから片目だけこちらに見せ、どういう状況なのか理解しきれていない様子だった。





─────────────────────






とある薄暗い洞窟の中、一人の小太りの男が足元を探りながら闇の奥へと進んでいく。その男は、豪華なデザインが施されている衣服をその身に纏い、無駄なほど光り輝く宝石を付け、おどおどとしている。


すると突然、男の背中を勢い良く叩き、肩を組んできた若い男が話しかけてくる。


「ッお~い!来たかジジイ!」

それに驚いたのか、はたまた見つかってしまった恐怖に震えるかのように全身の肉を揺らした。


「ひぃい!!」


「おぉいビビんなよ。で、どうしたよ。」

体をわなわな震えさせ、男は口を開く。


「と…盗られ、ました…。」


「なぁにィ。」


「“ペンダント”を…盗られました…。」

すると想像もできないほど大きな音が聞こえ、それと同時に視界も暗くなる。

あるのは顔面から腹にかけての鈍痛。

男は、背中から蹴り倒され地面と一体になる。


「が…はッ……。」

顔面が血まみれになりながら少ない髪を掴まれ、顔を向けさせられる。僅かに光る照明が、逆光で相手の顔を不鮮明にさせる。


「おめえが名誉挽回するっつったんだよな?!汚名挽回してんじゃねえかよおい!」

骨ばった拳で何度も顔面を打ち付けられる。頬骨が砕け、鼻から血が吹き出す。


この男が洞窟に来た理由は単純明快。自分の地位を守るために後ろ盾を作っており、それがここを寝ぐらにしている、言わば『反社会勢力』である。

男は一度、彼らに対し不本意ながら不利益を講じ、詰められた際に“ペンダント”の『秘密』を暴くことを約束したが、あろうことかそれすらも盗難に遭い、文字通り膠着こうちゃく状態であった。


「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!あ、あのガキが…赤いキャップのガキが盗っていったのを従者が見たんだ!あいつさえいなければ…!」


人伝ひとづてかよ信憑性!!」

男を打つ拳はマッサージガンのように連打する。喉に血が溜まり、呼吸が難しくなる。血反吐を吐きながら、ただ機械の電池切れを待つように、男は気絶した。


「ハッ、地位と保身ばっか気にして中身のねえ野郎だな。」

そう男は言い放つと、後方の暗がりから人影が迫っているのに気づく。


「ハハハ、やり過ぎっすよボス。」

ヘラヘラとしながら話しかけるこの男は、最も信頼する側近、グラド。


「ああ?俺はイライラしてんだ。あと、今は集会じゃねえ。名前で呼べよ相棒。」

それを聞いたグラドという男はため息をつく。


「はいはい、ウラス。それとも、“シシオ”の方がいいか?」

冗談めかしに言うグラドに注意するように訂正を促す


「やァめろ。そっちは“捨てた”。…ここに堕ちたあの日から。」

グラドはそれを聞き、昔を思い返し再びため息をつく。


「言っちゃ何だけどよ、俺もこの五年は思い出したくねえわ。ゲロ吐きそ。」

それを聞いたウラスは鼻で嘲笑う。


「ハッ、過去を思い出す暇なんかねえぜ。…こっから俺たちは世界を動かすんだ。暴虐と貪欲に満ちた世界に。そんで…」

ゴツゴツと血濡れた右の拳を天に掲げ、宣言する。


勇者邪魔者をぶっ殺す。」


それを聞きながらグラドは裕福そうな男に回復魔法と水魔法を同時にかける。

冷えていたのか、顔に被った水に反応し、意識を取り戻す。その男の首元を掴み、お互いの頭が当たりそうな程近くに寄せこう告げた。


「最後のチャンスをやる。手前てめえで“ペンダント”取り返してェ、その赤いガキもぶち殺せ。どうせくだらねえ恨み買ったんだろ。」


「おぉい、殺すのは大事おおごとになるだろぉ?まだ穏便に行こうぜえー」


「で、どうすんの?やんの?」


「はッ、はいッ!やります!やらせてください!」


「ふっ、クカカ。よく言った。」

不穏な笑い声をあげ、その男は闇に消えた。





──────────────────────





サンフリの面々は電車を降り、ウォーター王国の国境検問所に到着していた。

冒険者の旅行は特段珍しいこともなく、有名な観光地であれば、人でごった返している。検問において、申請を済ませておけば武具も持ち込みが可能になる。その際、対象者全員に『宣誓書』が渡される。


これは全世界で実施されている決まりのようなものであり、かいつまんで言えば『他国での荒事に武器を行使し介入することは禁忌にあたるので注意すべし』とのこと。

禁忌というのは世界基準の法律のことで、これを破ると“お尋ね者”になる事は言わずもがな。


ジッパーで人は殺められない。

俺とセスは武器を有していないため、先に検問をパスした。


流れるアナウンスが大きな空間を反響し、エコーがかって聞こえる。


「暇だね、ヒョウリ。」


「ああ…。飲みモンでも買ってこようか?」


「レモネードがいい。レモンを三つ生搾りのやつ。」


「注文が多いな…ま、あったらな。」

俺は財布から適当にコインを出し、ポケットに入れる。荷物を見ておくようセスに頼んだ。

…と、歩いていると丁度いいドリンク屋があった。それも柑橘系の。


(そうか…セスはここら辺に詳しいんだった。)


メニューにはオレンジ、柚蜂蜜、グレープフルーツ、そしてレモネード(レモン生搾り三倍)と書いてあった。


いや、相当行きつけてるな…。


俺はオレンジを選び、セスにレモネードを買った。

ものの数秒で出てきた。店主の手際の良さに脱帽し、カップを受け取る。


その瞬間、足元に幾つもの目が浮かび出し、まばらまばたきをする。見覚えのある不気味さ、それは白目が充血していて、瞳孔が黄と黒の螺旋状になっている。…こちらを見つけ、目で嗤う。


(………!!)


それに驚いた俺は、受け取ってすぐ後退りをする。

と、誰かの背中にぶつかり正気を保つ。後ろを振り返ると緑色でアフロの…ブロッコリーのような頭をした男がこちらを見ていた。


「ってェーなァ〜!?どこ見て歩いてんだコラ?」

その男は弱々しい顔をしているが、言動は強気だった。


「ああ、すんません。」

ぶつかったのは俺の方だ。素直に謝り、波風を立てない。旅先で揉め事はよくないよな。

その男は舌打ちをした後、「気ィ付けろ…」と捨て台詞のように言い、その場を立ち去る。一度許してくれるあたり、根は優しい人なのかもしれない。


戻ってセスにレモネードを渡すと、「遅い!」とプンスカしながらストローを吸った二秒後にはそのことを忘れ、顔がほころんでいた。

俺たちが飲み終わる頃に団長たちの検査が終わり、ミモが開口一番に「ずるい!」と持っていたドリンクを指差し叫んだ。


あなた、たくさん食べてたでしょうが…。




───────





「このお店すっごい!全部木!木!木!」

宿に行く前にミモが来たがっていたアロマのお店に来た。

…何かの動物の鳴き声みたいだな。


しかし、このお店は奥が深い。お花の匂いがするアロマはもちろん、シトラスや、ハーブ、ウッディ系まで取り揃っている。この店からしている匂いはシダーウッドを再現したものらしい。…いい匂いだが違いは全然わからん。


右手の棚にあった果実類の匂いを発見する。


(ミモはこれが好きそうだ…)

それを手に取り彼女の元へ持っていく。


「なあ、これ良さそうじゃないか?」

ユズの香りがするものを差し出す。


「う〜ん、やっぱりハーブがいいかな。」

甘いからいいってわけじゃないんだね!わからん!


「ははっ、フラれたな?ヒョウリ。」

以前の仕返しをするかのようにナルムが俺の肩をポンポン叩く。

やめろ。一緒にしないでくれ。…おいそこのレモネード三倍、隠れて笑うな。


「でも、ヒョウリが選んでくれたから…これにしようかな。」

形勢逆転。俺はナルムに笑い返し、悔しそうに握り拳を顔の前に立てる。


「くおぉぉ…ムカツクぅぅう……!!」

やり場のない怒りを自分の左手にぶつけるナルム。それを見て全員が笑う。



店を出た時、少しベンチに座る。街の景観を眺め、一息つく。

砂の少ない都市とはこうも空気が美味しいのか。小瓶にでも詰めて持って帰ろうか…と本気で考える。…そういえば、団長とセスがいない。


それと同タイミングでナルムが同じことを言った。


「二人ならさっきの店の並びの路地に入って行ったけど…。」

と、ミモが証言する。気になるので、実際に見にいくことにした。



路地裏にて


団長とセスがこれまでのことを話し合っている様子だ。三人は縦に並び、覗く感じで壁から頭を出す。僅かだが、声が聞こえてくる。…団長の声だ。


「…俺がこのサンドフリーカーを建てたのは、憎しみに生きた自分の罪を晴らすためだったのかもしれない。ずっと、俺は俺のことしか考えられていなかった。」


団長は懺悔するようにセスに向かって話した。セスは何かを言っている様子はなく、ただ俯いて話を聞いているようだった。


「この傷がついた時から、野心に生きるのが正しさだと間違った。…俺は、弱い人間だった。」

その大男は頬についた傷を恨めしいような、懐かしむような複雑な感情が渦巻いていた。


(…くっ)


俺はその弱々しい団長の姿に耐えきれず、出て行こうとするが、ナルムに止められる。


「(…これはセスの問題だ。本来、盗み聞きも間違ってる。)」

その言葉を聞き、正気を取り戻す。何故セスだけが呼ばれたか、きっとそれは俺に相談していた原因を作ったことに対する負い目を感じていたからなのだと、悟った。


…いや、それよりもっと前から、薄々気づいていたのかもしれない。彼自身のやり方が、やっていた事自体が相手にどう思われていたかを。そして今、その影響を受けた人間と向き合っている。


「だから…」

団長はサングラスを外し頭を下げる。少女の背丈を優に越すその巨躯きょくは、体を折り曲げ彼女の頭の位置より深く、深く下げた。


「すまなかった。団員を不安にさせ、その原因を他の団員になすりつける形になってしまった。そして、その尻拭いもさせた。俺は、団長失格だ。」


少女はその姿を見て、男の頭に軽くチョップをする。


「まだそんな事を気にしていたのか。」

と言い放つ。頭を上げた男に、再び声をかける。


「…確かに私も、過去にそういう関係を望んでいた。必要あれば利用して、それ以上のことは語らない。ナルムも団長も、必要以上に強かった。…でも、それが私の“過去”の居心地をよくした。それじゃダメだった。…ミモが来て、少し和やかになった。受け入れる私と、否定する私がいた。どうすればいいかわからなかった。でも、ヒョウリに教えてもらった。」


不意に自分の名前が出てきてドキッとする。それと同時に、自分もサンフリの仲間なのだと改めて実感する。


「『どちらかを決める必要はないんだ』…って。取捨選択をすることも、他者とわかりあうのも、どちらも必要だったんだ。」

風が吹き、少女の長くまとまりのない髪が靡く。


「皆は、思ったより先を見ているよ。我々も置いていかれないようにしようじゃないか。」

少女は左手を差し出し、大男はその小さい手を握り返す。


「…ああ。」

二人は話し終わったのか路地裏から出てくる。

聞かなかったことにしたほうがいいか散々悩んだが、最後までナルムは残った。

そして角で出待ちしていたナルムが開口一番にこう聞く


「現在の居心地はどうだ?」


少女は呆れつつも元気いっぱいにはにかみ、こう言った。


「最高っ!」





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