第2話





「あー……」

 最ッ悪だ!

 仮装必須は夕方からのパーティーだけじゃなかったのか!

 話がちげぇぞおい!

 高遠に黒いスリーピースのスーツ姿で来いと呼び出された俺は、問答無用で裏地の赤い黒いマントとなんちゃってシルクハットを付けさせられて今に至る。

 ……んだコレッ!


 心理学科は統計採るっていうだけあって手分けして大学各所で来場客の観察にいそしんでるわけですよ。来場している人数やらその構成やら、果てはどんな仮装をしているかまでをしっかりと各校門別でデータ収集をしていらっしゃる。

 俺はといえば、一人で模擬店だのなんだの見て回る趣味は無いんでドラキュラの格好でしーなの隣でお手伝いです。

(仮装して男が一人で学祭回るとか罰ゲームでしかねぇでしょ?)

 とはいえ、する事はないに等しくてですね。いつもの白衣姿に魔女帽子被ってマント羽織っただけのしーなを眺めてるわけですよ。

 貴重な休みにな!

「すみませーん。ハロウィンパーティーについてなんですけどぉ」

「ごめんね〜。俺はパーティーの担当じゃないから腕にオレンジ色のスタッフマークつけてる子に聞いてもらって良いかな?」

「そうなんですね。お兄さんはパーティーには参加しないんですか?」

「するよ~」

「お兄さん誘っちゃダメですかー?」

「俺ね、監督する側だからね。ごめんね」

「えー!先生なの?ざんねぇん」

 なーんてやりとり何回目?

 見た目が若くて雰囲気ふわっと可愛らしいしーなは女子高校生に大人気。いや、女子高校生だけじゃねぇな。そこらじゅうから話しかけに来るわ来るわ来るわ。それこそ老若男女問わずってレベルで開放的な雰囲気にやられた連中がそりゃもううじゃうじゃと。

 中にはマジで狙いに来てる奴もいる有様よ。

 ワンチャン狙いの野郎は俺が蹴散らすけど、女性はまぁズルいよなぁ。下心ミエミエの野郎を蹴散らすのと同等に扱ったらマズイもんな。女性はねぇ……冷たくあしらったら最後、面倒臭いことになるのは目に見えてる。しーなに迷惑を掛けるのは絶対に御免なんですよ。


 迷惑ついでに厄介なやつがあるんですよ。

 パートナーと一緒に参加する企画が!しかもしかも!ハロウィンパーティー内での企画ときたもので。あわよくば的なナンパとか、これを機会に話しかけてみようとか、そういうのが結構見受けられまして。

 企画した奴よく初町さんに絞め落とされなかったな。初町さん達の世代とはもう何世代も入れ替わってますんで、初町さんと河野さんのことを知らずにうっかり河野さんを口説く奴とかいるでしょ、絶対に。あのかたはちょっと見ただけだとはかなげ美青年ですから。

 なんなら普段は高嶺の花だって手ェ出さねぇ学生がハロウィンパーティーにかこつけて言い寄ってくるとか思わなかった……わけないですよね。

 さっきチラッとお姿を拝見した限り爽やかな笑顔を貼り付けてはおりましたが、アレは相当機嫌悪い。



 暇を持て余してた俺と学生達をにこにこと眺めるしーなにお声が掛かった。

「どう?データ収集は順調?」

 スタイリッシュ・フランケンシュタイン・高遠がニマニマ笑いながらのご登場。

 そりゃあもうコレはフランケンシュタインなのか?こんなんもう淫魔とかそういうヤバい系のモンスターじゃねぇか?というか、仮装とハロウィンの関係性が頭ん中でおかしくなってねぇか?っていうクオリティで。

 普段なら気に留めないようにしてるんですけどね?

いぃってぇ!」

 回し蹴りを尻にかましましたよね。

 こちとらなんだこりゃクオリティのドラキュラなのに……じゃねぇわ。

 しーなは世間一般の常識からは逸脱してんだよ!従弟いとこならちゃんと面倒見とけ。この中途半端な見てくれでも十分人を引き付けちまってんじゃねーか!ワンチャンあるかも?的なのがわんさか湧いてきてんじゃねーか!

 こっちだこっち。クレームはこっち。なんか私怨が先に立ってしまった……。

「あーやだやだ。八つ当たりとか止めてくんねー?」

 返事はしないで睨みつけておいた。

 言わなくてもわかる間柄なもんで。

「わざわざ代わりに来てやったのにその態度かよ」

「代わりって?」

「折角だから模擬店回ってきなよ。椎名飲食販売の許可とったりして楽しみにしてただろ」

 舌打ちして俺を睨んだ高遠は、俺ではなくあくまでしーなに笑顔を見せる。

 このヤロ……。


 本来、准教授のしーなが調査に駆り出されてる時点でおかしいわけですからね。

 どうせやりたいとか自ら志願したんでしょうけど。

「行っていーの?」

「行ってきな」

 チラッと俺を見て不敵に笑いやがった。

 クッソムカつくけど高遠の厚意は受けておくことにする。余計なことは言わないに限ります。

 しーなが嬉しそうにしているのに高遠の気が変わられても困りますし。

「たこ焼きとかそんなんしかねーけど」

「たこ焼き好きだよ。きの!行こ♪」

「はいはい」

 引き継ぎもしないでもサラッと代われるのすげぇなぁ……。

 この二人のやりとりがたまに羨ましくなるのですが、それはしーなも同じようなので何も言わないお約束にしております。俺と河野さんが二人で居る時の空気感が羨ましいと言われましてもこちとら何年来の付き合いかって間柄ですからねぇ。


 テンション爆上がり中のしーなは俺の手を引いてキャンパスをズンズン進んでいく。

 だから、人前で手を繋ぐのはですね。

 うん。

 ま、嫌じゃないんで。

 いっか。

「ほんっとにチョロ……」

 なんか後ろから聞こえましたけど、今は気分が良いので無視して差し上げましょう。




「はい!あーん?」

 あーん。てアンタ。

 そのアッツアツのたこ焼きを俺の口に突っ込む気ですかね?ですね?

 めっちゃ可愛い顔しておっそろしいな。

「あ……あー……あぁっちぃ!」

「うぁ!ごめっ!ごめん!!」

 まぁ、口開けますよね。

 しーなに自分まで菱形に口開けてあーんとか言われりゃあそりゃ開けますよ。開けますけどね?まぁ、普通に熱いわ。こんなん耐えらんねぇわ。

 このやり取り何回目だ?

 さっきはイカ焼きで、焼きたての大判焼きも中々の凶器だったけど、このたこ焼きがダントツでヤベェわ。外カリカリで中がとろっとろって普通は美味い筈なのにおかしいですよね?つーか、中とろっとろはたこ焼きでやらないでいただきたい。

 確かにある意味ハロウィンだわ。合ってます。合ってるよ。トリック・オア・トリートってやつでしょ。知ってますよ。でもこれトリック・オア・トリックだわ!

 俺にトリートはねぇのかよ!

「あひ……くぁ……あち……」

 実際には悪態は口から出ることもなくってですね、あつあつの口の中をどうにか冷まそうとアチアチ言いながら口をパクパクさせるので精一杯。


 俺が悶絶してる内にそこそこ適温になったたこ焼きをしーなの口に突っ込んでやる。

 そこまで熱くないのに目をギュッと閉じててこれはこれで可愛いからまぁ、許しますよね。

 いい歳こいた男に可愛いもなんもあったもんじゃないのは分かってますよ?

 まぁ、惚れた欲目ってやつです。

「ねーきの」

「あ?」

「デート楽しーね」

 ……デート?

 あ。

 そっか。

「あなた寂しかったんですか?」

「んー?かなぁ?」

 俺、卒業しちゃいましたからね。

 出会ってから三年間、いっつも大学ここで一緒に居ましたからね。確かに俺の居ない空間に残されたしーなには、いっつも隣に居た俺の不在はさぞかし堪えたことでしょうね……。

 今の俺は慣れない会社勤めでいっぱいいっぱいで、情けないことにそんなしーなをケアする余裕も無かったわけですし。

 淋しいしーなからしたら、久しぶりに俺と大学内を二人で歩けてるわけで。

 それをデートだなんて言ってみせた。

「お前が望むんなら、理由なんてどうとでも付けて会いに来てやんのに……」

 小さく呟いた俺の言葉なんて聞こえてないしーなが、また違う模擬店見つけて俺の手を引いて走ってく。

 肌寒になってきた秋の風で魔女とドラキュラのマントがヒラヒラと風に舞う。

 そんな二人の影を眺めて何してんだ俺はって変に冷静になる。

 まぁ、いっか。

 しーなが楽しいなら。

「でも、毎日きのと一緒で楽しいからいーよ!」

 振り向いたしーなは凄くキラキラしてたから。もう仮装が恥ずかしいとか、折角の休日はゆっくり二人で過ごしたかったとか、諸々どうでも良くなった。

 トリックまみれでも、日々がトリートで溢れてますんで。

 それはそれで良いとします。


「はい!りんご飴!」

「おいコレまだ固まってねぇぞ!」

 りんご飴のコーティングの飴まだ固まってない!アッツアツの飴が湯気立ててる!こんなもん売るな!指導入れろ、指導を!

 子供が食べたらケガするわ!

 そんでもって俺へのトリックもう少し容赦しろや!






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