第2話 誓いの翼と真実 




「私たちが『ヴァルキリー』の……パイロットに」


 明の言葉に、せつなは思わず聞き返した。

「そうだ!」


 明は二人の動揺などおかまいなしに続けた。


「これは今現在、二機しか存在しない、つまり人類の希望とも呼べるものだ」


 明の言葉に、せつなの心はざわついた。

 人類の希望? そんな大げさな……。せつなは、この言葉に押しつぶされそうになった。『ヴァルキリー』に乗るということは、つまり、命を賭けて戦うということ。そんな覚悟も勇気もない。


「強制はしない」


 明はそう言ったが、その言葉には重みが感じられた。まるで、彼女たちが逃げようものなら、容赦なく追いかけてくるようだった。

 しかしふと、椿の顔を見ると、そんなものは感じられず、それどころか自信に満ちていた。


「やります!」


 椿は、そんなせつなの様子をまったく気にもしていないように、力強く叫び、一歩前に出る。


「なんで……!」


 せつなは思わず声を荒げた。


「なんでそんな簡単に言えるのよ! 死ぬかもしれないのに!」


 それは今まで出した事のない声で怒鳴りつける。

 昔からそうだった。椿はいつも考えなしに行動して、私を巻き込む。だから、私はいつも椿の影に隠れ、彼女の「付属品」呼ばわりされていた。

 この言葉は、そんな過去の自分。そして無力な自分への怒りへの八つ当たりに過ぎないと、分かっているた。


「そりゃあ怖いさ。アタシだって死ぬのは怖いさ……」


 椿は少し考え込んだあと、そう言った。


「でも、アタシたちは軍人だ。いずれ戦うことになる。それが今日か明日かの違いだけだ。『ヴァルキリー』に乗れば、大切な人を守る力になる。それが、アタシたちが軍に入った理由じゃないか?」


 椿の言葉に、せつなはハッと息をのんだ。確かに、私たちは軍に入った。かつて護れなかった。助けられなかった人のために。でも、まさか、それがこんな形で現実になるとは思っていなかった。

 あの日も、そうだった……。

 帝国の戦争が始まってわずか三日後、両親を乗せた旅客機が撃墜された。その知らせを聞いた時、せつなはリビングで一人、声を上げて泣いた。椿も悲しんではいたが、せつなのように大泣きするのではなく、静かに涙を流していた。

 そんな椿が、いつまでも泣き続けるせつなに語り掛けた。


「せつな、もしアタシたちに力がもっとあったら、父さんと母さんを助けられたんじゃないかと……思わないか?」


 突然の椿の言葉に、せつなは顔を上げた。


「……どういうこと?」


 椿は夕焼け空を見上げながら、静かに話し始めた。


「アタシたちがこんなに辛い思いをしているのは、力が無いからだって思うんだ。もっと強ければ、こんな悲しい思いをする人たちを助けられたかもしれない!」


 椿の瞳は、夕焼けの色と同じくらい熱く輝いていた。そして、せつなの手をぎゅっと握りしめると、力強い声で言った。


「せつな、一緒に強くなろう!力があれば、みんなを助けて!守るが出来る!せつな! 一緒に軍人になろう! そして二人で強くなってろう!」


 そうだ……あの日も椿はせつなを求め、彼女に手を差し伸べてくれた。

 そして今、椿はあの時と同じように、手を差し伸べる。


「二人なら、きっとできる!」


 あの時と同じだ……。

 椿の笑顔に、せつなは勇気をもらった。怖かった。でも、この気持ちを無駄にしたくなかった。


「わかった!行くわ!私たち二人で!」

「おう!」


 二人の手は、まるで一つになったかのように固く結びついていた。それは、ただの手つなぎではなく、あの日の誓いを、果たすために。


 明と理恵は、せつなと椿のキリッとした表情を見て、ニヤリと口角を上げた。


「よし! 二人とも! パイロットスーツに着替える時間はない! 直ちに搭乗、出撃だ!」

「「了解!」」


 せつなと椿は力強い返事を返し、二人の息の合った敬礼に、明はどこか懐かしそうな、まるで若かりし頃の自分たちを見ているような目を向けた。二人はそれぞれの機体へと駆け出した。


「やっぱり、お前のその色か?」


 蒼い機体、初号機の前にせつなは立ち、赤い機体、弐号機の前に椿は立ち、問いかけた。


「そういうあんたこそ、赤なのね?」

「それじゃあ……行くか!」

「ええ!」


 二人は機体の左側に設置された乗り込み階段を駆け上がり、コックピットへと飛び込んだ。

コックピットに滑り込むと同時に、メインモニターを起動する。幸いにも、今まで訓練で使っていた『アーマードギア』と操作系統がほとんど同じだったため、戸惑うことなく操作できた。しかし、それ以上に何か懐かしさのようなものを感じた。まるでその昔、これを操縦したことがあるかのように。


「なにこれ……通常の5倍の魔力量!」


 せつなは操作しながら、その性能に驚愕しながらも、冷静に操作を続けた。


「こちら初号機! メインモニター、セット完了!」

「同じく弐号機! メインモニター、セット完了!」


 せつなと椿の報告が終わると同時に、機体がグワッと揺れ、上昇していく感覚が伝わってきた。モニターに映し出された外の景色を見ると、どうやら機体は巨大なリフターのようなもので運ばれているようだ。


『フォースゲートオープン! フォースゲートオープン!』


 けたたましいサイレンと共にアナウンスが響き渡る中、二人の機体を乗せたリフターは、巨大な電磁カタパルトの前へとゆっくりと移動していく。


『初号機及び弐号機! ガントリー・ロック、解除!』


 機体を固定していたロックが外れ、発進準備完了の合図。せつなと椿の機体は、電磁カタパルトに両足を乗せた。

機体の背中にはバックパックが装着され、目の前の巨大なゲートが、手前から奥へとゆっくりと開いていく。まるで巨大な口が開いたようだ。


『全ゲート、オールグリーン!』

「いい感じじゃないか!」


 椿の声が弾む。

 発令所に移動していた明と理恵も、モニターを通して二人の発進を見守っていた。明は腕を組み、真剣な表情でモニターを見つめている。


「では……発進!」


 理恵が力強く発進を命じた瞬間、二機の機体を乗せた電磁カタパルトが、けたたましい轟音と共に猛スピードで機体を射出した。さらに、背中のバックパックからジェット噴射が加わり、機体と機内は激しいGに襲われ、大きく揺さぶられた。


「うっ……!」


 せつなは一瞬息を詰めたが、すぐに意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。ゲートの出口に広がる、どこまでも青い空が目に飛び込んできた。


「見えた!」


 ついに、二機の『ヴァルキリー』は狭いゲートを抜け、広大な大空へと飛び立った。口に広がる、どこまでも青い空が目に飛び込んできた。

 その様子を、明と理恵は発令所のモニターで見守っていた。


「行きましたね……」


 理恵が安堵の息をつく。


「ああ、美しいな」


 明は目を細め、呟いた。


「えぇ……」


 理恵は明の呟きに思わず聞き返す。


「蒼き空を駆ける戦乙女(ヴァルキリー)か……」


 明はそう呟き、まるで遠くへ旅立つ子供を見送るような、優しい眼差しでモニターを見つめていた。その表情には、期待とほんの少しの心配が入り混じっていた。そして、彼は静かに続けた。


「あの頃の私達を見ているようだ」


 その言葉に、理恵はハッとした表情を浮かべ、二人の未来に希望を託すように空を見上げた。



 轟音を轟かせ、アーマードギアは空を突き進んでいく。機内の温度は上昇し、コックピット内の緊張感は張り詰めていた。操縦桿を握る二人、椿とせつなは、すでに三宅島の上空7000メートルに達していた。


『いいか二人共!。今、帝国軍の爆撃機が複数接近している。君たちの任務は、小笠原諸島方面から侵入してくる爆撃機隊を迎撃することだ。頼んだぞ!』


 無線から聞こえてきた明の緊迫した声が、コクピット内に響き渡る。


「「はい!」」


 二人揃って返事をすると、明はさらに続けた。


『このままの速度でいくと、北緯24度14分、東経141度28分付近、南硫黄島周辺で敵と遭遇するだろう。レーダーをしっかり見ておけ!』

 全天球レーダーが映し出す機外の光景を、二人ともじっと見つめる。緊張感が高まる中、椿は速度を上げ、目的地へと急に向かった。

 北緯24度14分、東経141度28分。ついに、指定された地点に到着した。


「ここね……」


 せつなは窓の外を見渡し、呟く。

「いつ敵が現れるかわからない。警戒を怠るなよ!」

 椿の言葉に、せつなは頷いた。 

 二人とも、あらゆるセンサーに意識を集中させる。心臓が鼓動を早め、手のひらには汗が滲み出る。

 そして、その時が来た。

「未知の物体発見!」

 機内の警報音がけたたましく鳴り響く。

「な、なに!?」

 せつなが慌ててレーダー画面を見上げると、そこには「unknown」の文字が大きく表示されていた。

「敵だ!すぐ近くにいる!」

 椿の声に、せつなは思わず息を呑んだ。

「どこに!?」

 せつなが焦って周囲を見渡すが、敵の姿は見えない。

「真下だ!」

 椿の叫び声に、せつなは急いで機体を上昇させた。

 雲を突き破り、現れたのは想像をはるかに超える巨大な影だった。

「な、なんだこれ……」

 せつなの目は見開かれたまま、その場に釘付けになった。

 それは爆撃機というにはあまりにも大き過ぎる、まるで空飛ぶ要塞のようなだ。

「こんなの、爆撃機って言うの!?」

 せつなの声は震えていた。

「まるで、動く島みたいだ……」

 椿も、その光景に言葉を失っていた。

 これから、こんな怪物と戦うのか、恐怖が、せつなの心を蝕んでいく。

 しかし、すぐさまその恐怖を振り払うように、せつなは叫んだ。

「絶対に、ここで倒すわよ!さあ、行こう!」

「そうだな!行くぞ!」

 椿も、せつなの言葉に奮い立ち、エンジン出力を最大にした。

 二人のアーマードギアは、巨大な爆撃機に向かって、猛スピードで突っ込んでいく。



 二人の存在に気づいたのか、爆撃機はまるで蛾の羽のような両翼から無数の銃座がせり上がり、容赦ない弾幕を放ってくる。

「さすが! この巨体に見合った対空弾幕ね!」

 せつなは感心したように呟いたが、その表情に恐れはない。

「けど、この程度!アタシたちなら行ける!」

 椿もニッと笑い、力強く応える。

「そうね!」

 二人は機体の正面に魔力障壁を展開し、雨あられと放たれる注ぐ弾丸を防ぎながら、爆撃機へと果敢に接近していく。

「抜けた!」

 ついに弾幕を突破し、せつなは双銃を、椿はサブマシンガンを構え、反撃を開始する。だが、巨大な機体を覆う重装甲は、二人の攻撃をいとも簡単に弾き返した。

「なんて固さなの!」

 せつなが驚きの声を上げる。

「こうなったら肉薄して、コイツを落とす!」

 椿の提案に、せつなも頷く。

「そうするしかないわね……」

 二人は機体を反転させ、脚部を爆撃機に向けた。そして、二人はそれぞれ爆撃機の左右の翼に着陸する。まるで巨大な怪鳥に掴まった小鳥のようだ。

「よし! このまま武装を破壊しつつ、エンジン部へ向かうぞ!」

「破壊するのは中央のメインエンジンと左右のサブエンジン……よね?」

 せつなの確認に、椿は力強く答える。

 二人はエンジン部への障害となる武装を破壊するため、せつなは右翼、椿は左翼へと分かれて走り出した。翼の上は、まるで巨大な滑走路のようだ。

 翼の中央付近に到達した時、突如、翼の内部から六機の『オートクルス』が現れた。

「増援ね……しかもこの数……大盤振る舞いも良い所ね!」

 せつなは呟きながら、椿の方へ視線を向ける。案の定、椿の側にも六機の『オートクルス』が展開されていた。

「あっちも……なら、一人でやるしかないわね!」

 せつなはピストル式の双銃から、リボルバー式のシングルアクションアーミーに変形させた。機体の顔の前で銃をクロスさせ、覚悟を決める。

 まず、正面の『オートクルス』に向かって走り出した。左足に魔力を集中させ、敵のメインカメラを破壊!蹴り飛ばされた機体は、隣にいた二機に激突!せつなはすかさず手榴弾(グレネード)を投げつけ、まとめて撃破した。

「まずは2機目!さあ、来なさい!」

 同時に二機が撃破されたことに驚いたのか、残りの四機は一瞬怯んだ。しかし、すぐに背中からビームサーベルのような武器を取り出し、数的な優位を活かそうと一斉に襲い掛かってきた。

「数を活かして近距離戦に持ち込む気ね……上等じゃない!」

 せつなは機体のAI・ハルが予測した敵の攻撃パターンに従い、華麗に回避していく。まるで踊るように。

(なに……この感度の良さは……怖いくらい)

 爆撃機の丁度中央に機体を停止させると、椿も背中合わせに立つ。

「それじゃ……行くか!」

「ええ!」

 二人は武器を構え、静かに言葉を紡ぐ。

「こっから先は……」

「私たちの……」

「「ターン!」」

 二人の声が重なった瞬間、せつなは左翼側の敵へ、椿は右翼側の敵へと走り出した。

 まず左右から迫る敵に対し、せつなは双銃を構え、敵のメインカメラを正確に撃ち抜いた。大口径の弾丸は、カメラはおろか、機体の顔面を大きく抉り、右側の敵は完全に機能停止した。

 ハルが算出した最適な攻撃位置へ移動しながら、せつなは敵の銃弾とサーベル攻撃を紙一重で回避していく。そして、連射可能な武器に切り替え、機体を360度回転させながら乱射!残りの三機を一気に撃破した。

「あとは……あんただけみたいね!」

 せつなは最後の敵に向かって言い放ち、ガン=カタの構えを取る。敵も呼応するようにビームサーベルを構えた。

 張り詰めた静寂が二人を包み込む。そして、その静寂を破るように、両者は走り出した。

 せつなは走りながら銃弾を放つが、敵はそれをいとも簡単に切り裂いてしまう。

「!?」

 今度は銃弾に魔力を込めて放つが、それも斬り捨てられた。

「こうなったら、イチかバチか……やるしかないわね!」

 せつなは一度立ち止まり、作戦を練る。敵は容赦なく迫ってくる。本当に、この方法しかない。

 再び走り出したせつなは、一気に敵の懐に飛び込んだ。敵がサーベルを振り下ろそうとした瞬間、右足にありったけの魔力を込めて、敵の腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 以前、ヘルヴェスを倒した時と同様に衝撃波を発生させ、敵の動きを封じる。その隙を見逃さず、双銃で敵のメインカメラを破壊。さらに左足を魔力障壁で覆い、敵を蹴り飛ばして海へと落とした。

 爆撃機の翼から落ちていく敵機は、途中で大爆発を起こし、跡形もなく消滅した。その様子を見届けたせつなは、激戦の中で高揚していた気持ちが、少しだけ冷めていくのを感じた。



「おい! せつな!」

 椿の声がまるで轟音のようにせつなの耳に響いた。意識が遠のきそうだったのが、その声のおかげで我に返る。 

「っ、なに…!」

「大丈夫かよ!」

 椿が心配そうにこちらを見てくる。せつなは深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせた。

「……ええ、ありがとう」

「落ち着いたみたいだな。よし、おまえは中央エンジンを、アタシは左右のエンジンをやる! いいな?」

「わかった」

「そんじゃあ行くぞ!」

 椿の掛け声と共に、二人は機体を爆撃機との距離、三〇メートルまで上昇させた。

「武装変更! グングニル!」

 機体の両手に装備されていた双銃が、まるで生き物のように光を放ち始める。粒子化した銃身が、瞬く間に巨大な一挺の銃へと変貌を遂げる。

「よし!」

 せつなはその巨大な銃、グングニルを構え、遠くに浮かぶ爆撃機へと照準を合わせた。

「それじゃあ、アタシも!」

 椿もまた、機体の左腰に装備された刀に手を掛け、魔力を込めた。刀身が妖しく輝き、鞘の中が深紅に染まっていく。

「魔力充填……120パーセント! これなら行ける!」

 せつなは、グングニルを敵の爆撃機に向け、一点に集中した。椿も、妖しく光る刀を構え、二人で息を合わせる。

「放て! グングニル!」

 せつなの叫びとともに、蒼白い光が銃口から迸り出す。閃光は一瞬、周囲の空気を震わせると、鋭い一点となって斜め上へと切り裂いていく。

「切り裂け! 雷光!」

 椿も同時に、刀を鞘から引き抜き、空を切り裂くような勢いで振り下ろした。刀身から放たれた三日月状の雷光は、まるで生きているかのように、激しい稲妻を伴いながら爆撃機と一直線に飛んで行き、それが二つへ分裂した。

 蒼白い光は中央エンジンを貫き、エンジン部は粉々に吹き飛ばされた。轟く爆発音と、振動がせつなの機体を揺るがす。そして、椿の放った雷光が、左右のエンジンに命中し、ひとつづつ順番に誘爆が広がり全てのエンジンから黒煙を上げ、ゆっくりとその巨体は落ちて行く。

 エンジン部から始まった爆発の炎は、奥から手前のコックピットを目指し広がって行く。まるでそこが目的としているかのように。

 そして炎はついにコックピットへと到達した。

 炎はコックピットを包み込込み、せつなはふとそのコックピットへと視線が向けてしまった。

 せつなの目に映ったのは、知りたくない、見たくもなかったもの……燃え上がり焼き殺される兵士たち。

 ハルが勝手に燃える上がるコックピットの中に居る兵士の口元を解読し、何を言っているのか音声と共に再生した。

「ママーーー腕が……腕が取れちゃったよ!」

「開けろ! 早く開けてくれ!」

 そうした叫びがせつなの耳にまるで、呪いを掛けるように入って来る。

「はぁ……はぁ……」

 せつなは怯える小動物のように怯え、操縦レバーから震える手を放し、耳を塞いだ。

 全身の震えが止まらない、そんな時にせつなはついに目が合ってしまった。

 燃え上がる炎の中、せつなに視線を向けている。焼け落ちた顔には、彼女に対する強い憎悪が感じ取れた。

 やがてその爆撃機が完全に火だるまのような状態になると、その兵士を包み込むように炎が巻き付き姿を消し、海へと落ちて行った。

「よし! これで任務完了だ! 帰投しようぜ! せつな!」

 椿がせつなに声を掛けるが、彼女は反応できない。

「おい! どうしたんだよ! せつな!」

 椿がさらに強い声で、せつなに語りかける。

 全身の震えが止まらない中、せつなは一言だけ呟いた。

「私……にはもう……無理」

「!?」

 その一言に、椿は思わず言葉を失った。

 

 爆撃機迎撃の任務を終え、二人は重い沈黙を乗せて基地へと帰還していた。

「大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫よ」

 嘘をついた。本当は今にも椿に本当は今にも椿に、この胸に渦巻く不安と切なさをぶつけ、抱きしめて欲しかった。でも、そんなことをしたら、また椿に心配をかけてしまう。それに、こんなことで椿の足を引っ張りたくないという気持ちも強かった……だから思わず嘘をついた。

「椿……さっき言った事……忘れてくれない?」

「なんの事だ? まるで覚えてない」

 そうは言っているが、多分嘘だ。

 どこかぎこちない声がそれを物語っている。二人は今、互いに嘘をついている。傷つけないようにして……。


 それから二人は一言も話さないまま、基地に着いた。

 機体を格納庫に収めると、明と理恵が待ち構えていた。

「良くやったな! 二人とも! 初の出撃で超大型爆撃機を撃墜するなんて、末恐ろしい!」

「いいえ、アタシたちは命じられた事を、やったまでです」

 椿が二人にそう告げると、理恵が少し微笑んだ。

「謙遜して……でも本当に良くやったわね!」

「はい!」

「はい……」

 椿は二人の行為を素直に受け取るように返事をしたが、せつなは受け取れる気になれず、どこかやる気のない返事をした。

「戻って来てそうそうに悪いが、二人に話しがある……来てくれるか? 大事な話だ!」

 さらに明は続ける。

「本格的に『ヴァルキリー』に乗るか、乗り続けるかは……この話しを聞いてから決めてくれ! こっちだ!」

 そんな事を言われたら、聞く以外にはない。

 こうして二人は話しを聞くため、明と理恵に司令部の談話室に案内された。

「二人共……この写真の人物に見覚えはないか?」

 そう言うと、明は一枚の写真を見せた。

 そこに四人の男女が写っている。しかも二人はその人たちを知っている。知っていて当然で……もうこの世には居ない人たち。

「これって私たちの父さんと……母さん……」

「なんで……」

 二人の表情を見て、確信したのか、明と理恵は互いを見て頷いた。

「この写真に写っているのは確かに……おまえたちの両親だ! そして3年前の私たちでもある!」

「話しってのは……アタシたちの?」

「そうだ! これから話すのは……今から3年前……帝国との開戦直前の 2139年8月16日の話であり、そしてその4人の死についてだ!」

 そして明は語り始める。『ヴァルキリー』とそれにまつわる二人の両親の話を……。


 魔力がエネルギーとして確立されてから数年。世界各地で不思議な遺跡や洞窟が発見されるようになった。それらは今や『ダンジョン』と呼ばれ、地上の三倍以上という高濃度の魔力が確認されている。

 そんなダンジョンの一つが深海の底、マリアナ海溝で発見された。海底洞窟という形で、しかもダンジョン内には未知の遺物があるという情報が、第一陣の調査隊によってもたらされた。

「私は本格的な調査を目的とした第二陣、その調査船団の護衛隊司令を務めていました」

「そこで、アタシたちの両親と会ったんですね?」

「ああ、理恵も一緒にな」

 私は部下が淹れてくれた紅茶を一口飲み、話を続けた。


 私と四人との出会いは、調査船の寝室でのことだった。

 幅わずか二人分の狭い廊下を歩き、船体中央にある船員室へと向かっていた。四人はそこに着くまでの間、そこで寝泊まりをしていた。

「東郷博士! 小烏博士! そろそろ目的の海域に到着します! ご準備を!」

 ノックをしても返事はない。聞こえてくるのは楽しそうな笑い声だった。

「失礼します!」

 私は恐る恐るドアを開けると、四人は何かを見てニヤニヤしていた。

「……何を見ていらっしゃるのですか?」

 その一言に四人は一斉に私の方を向いた。

「うん! これは護衛隊司令の花森明さん……ですね? わざわざご苦労様です!」

 そう答えてくれたのは、せつなの父親・東郷和仁博士だった。

「いっいえ、何を見ていたのですか?」

 私は興味があり、思わず聞いた。

「ああー! 娘たちの写真ですよ! ほら~可愛いでしょう~」

「たっ、確かに可愛いですね……」

 そんな会話をしていると、今度は椿の母親・小烏真琴博士が会話に飛び込んできた。

「そんな事言ったら! 私たちの娘ーーー椿の方が! 10倍可愛いですよーーー!」

「何を! 私たちの娘! せつなの方が一〇〇倍可愛いぞ!」

 不毛な娘マウントが始まり、私と理恵が呆気取られていると、あとの二人がやって来て、二人の肩に手を置いた。

「ほーら二人共!」

「マウントの取り合いなんて、やめるべきだよ!」

 二人を止めたのは、せつなの母親・東郷紗耶香博士と椿の父親・小烏進博士だった。

「和仁くんってば、娘が可愛いのは分かるけど、それはせつなも椿ちゃんも可愛いでしょう!」

「そうだよ! 娘が可愛いのは互いに同じだろ?」

 紗耶香博士と進博士の一言に二人は冷静さを取り戻した。

「ごめんね! 和仁くんは娘の事になるとどうしてもね~ まあ真琴ちゃんも同じか!」

「いいえ! お構いなく……それより集会室へとお願いします!」

「とりあえず、気を取り直して……行こうか!」

 そして私は四人(実際には五人)を集会室へと案内した。

 案内した先では、すでに発掘担当や設備担当、陸戦護衛隊などの面々が数十人揃い、席に付いていた。

「揃ったようですね! では今回のダンジョンについて説明させて頂きます!」

 調査隊の隊長に当たる人物が、スライドを展開しながら説明を始める。

「今回、本格的に調査をするダンジョン……入り口は海底の洞窟を通り、エアポケットになっている所が今回の目的地、通称・マリアナダンジョンです! 内部は他のダンジョンと同様に整備された宮殿エリアと、その奥に洞窟エリアと分かれています! この辺りは基本情報ですが……ここからが本題です!」

 そう言うと周囲の科学者たちが、一斉に聞く態度を変えた。それまでの前情報は全員が知っているからだ。そしてここからは知らない情報、科学者というのは知らない事に関する好奇心がとても強い。

「それがこれです!」

 隊長がスライドを動かすとそこには、全長七メートルのロボットが写し出されていた。

「今回せつな両博士には、このロボットの解析をお願いします!」

「「はい!」」

 二人は返事はやならずやり遂げるという意思を感じた。


 説明が終わり、調査隊はいよいよダンジョンのある海底を目指し、潜航を開始した。 潜航してしばらくすると、ついに海中には光が届かなくなった。

「これが……深海か」

 私は艦内のモニターから外の様子を見ながら、ドキドキしていた。 だって私にとって深海に潜ること自体が初めての体験だったんだもん。 まるで子供の頃に読んだ冒険小説の世界に入り込んだみたいで、ワクワクが止まらない。

 深海二三〇〇メートルに達したところで、ついに目的の洞窟を発見! 調査隊が先に入り、私たち護衛隊も後を追う。 そして予想通り、そこには空気が溜まった空間が広がっていた。

「アレか? 例のロボットがあるダンジョンへの入り口は?」

 隊長が調査隊員に尋ねる。

「はい! あの洞窟を四〇〇メートル進むとあります!」

「よし、行くぞ!」

 こうして艦を降りた私たち護衛隊と調査隊、総勢六〇名の大群は、隊長の指示で洞窟へと足を踏み入れた。


「ここで少し止まってください!」

 洞窟に入ってしばらく進んだところで、調査隊員の一人が声を上げた。 私と理恵を含めたみんなは、何が起こったのか分からず呆気に取られた。

「照明をつけてくれ!」

 隊員がそう言うと、手前から奥に向かって明かりが灯り、洞窟全体が明るくなった。 そして、私たちは目の前の光景に息を飲んだ。「これは……!」

 そこに広がっていたのは、洞窟の一面を覆い尽くすほどの巨大なクリスタル。アイスブルーに輝くそれは、大人の身長をはるかに超える大きさで、まるで宝石の塊のようだった。

 私だけでなく科学者や護衛隊の隊員たちも、その美しさに目を奪われ、言葉を失った。

「まさか……こんなに大きなものを見られるなんて……」

 私の左隣にいた小烏真琴博士は、クリスタルの輝き以上に目をキラキラさせていた。

「一体なんですか? これは?」

 理恵が真琴博士に尋ねる。

「私も知りたいです!」

 私も興味津々だ。

「これはマナ・クリスタル!」

 真琴博士は興奮した様子で説明を始めた。

「マナ・クリスタル……別名、魔力結晶とも呼ばれる。魔力が結晶化したもので、つまりこれは魔力の塊なの! しかも! この大きさだと、中に封じ込められている魔力は約二〇〇年分くらいかしら。それに、ここの魔力は地上の三倍だから! このマナ・クリスタルに封じ込められている魔力は……だいたい六〇〇年分くらいね!」

「なっ……なるほど!」

「勉強になります!」

 私たちは真琴博士の勢いのある解説に思わず、少し引いてしまった。

「真琴博士! 来て下さい! 進博士が呼んでいます!」

「はい! 今から行きます! じゃあねまた後でね!」

「はい!」

 そんな時、隊員の一人が二人を呼んだ。 二人は隊員の元へと駆け寄っていく。

「私たちも奥に進みましょうか? 東郷博士たちの様子も気になりますし」

 そう理恵が提案すると、私は賛同し東郷博士たちの元へと向かう事にした。 


 洞窟の奥深く、まるで時間が止まったかのような荘厳な宮殿エリアに足を踏み入れた。そこは、古代の遺物はもちろん、宮殿そのものが歴史のロマンを物語る、考古学者垂涎の場所。眠れる文献を解き明かせば、失われた古代技術が蘇り、現代文明を飛躍的に進化させるかもしれない。そんな期待を胸に、私たちは東郷博士と和仁博士が待つ場所へと急ぎ足で向かった。

 目の前に現れたのは、想像を遥かに超える巨大な古代宮殿。古びた石造りの建物は、まるで生きているかのような威圧感を放ち、思わず息を呑む。隣に立つ理恵も目を丸くして呟いた。

「これが…宮殿エリア…」

「初めて来ましたが、本当に壮観ですね!」

 隣に立つ理恵の言葉に、私も深く頷く。宮殿の入り口で警備に当たる兵士に声をかけ、二人のいる場所まで案内してもらった。

「東郷紗耶香博士!和仁博士!進捗はいかがですか?」

 二人は研究に没頭しているのか、声をかけてもなかなか気づかない。

「あの…博士!」

「ん!ああ、済まない!」

「つい夢中で解析しちゃって!」

 ようやく顔を上げた二人は、私たちに気づいて少し慌てた様子。

「それで?何か用かな?」

「様子を見に来ました」

 そう言いながら、二人の背後にある巨大な物体に目を奪われる。それは、全長7メートルもある二体のロボットだった。

「これが…例の…」

 映像で見たことはあったが、実物は想像をはるかに超える迫力だ。まるでファンタジーに出てくる古代の石像のようにも見える。

「これは確かにロボットだよ」

「えっ!」

 私が驚いていると、和仁博士が背後から声をかけてきた。

「驚かせて悪かったね。でも、これを見てくれ!」

 和仁博士は、目の前に仮想PCの画面をスライドさせ、詳細なデータを見せてくれた。そこには、複雑な機械構造と、大人一人が入れるコックピットが映し出されていた。

「5万…年前?」

 データに表示された年代に、私は首を傾げた。

「和仁博士…この5万年前っていうのは…?」

「ああ、君はまだ知らなかったか。このロボットに限らず、このダンジョン全体が約5万年前に作られたと考えられているんだ」

「ええっ!?」

「しかも、このダンジョンだけじゃない!世界各地で発見されたダンジョンも、すべて5万年前に作られたと推測されているんだよ!」

「じゃあ、5万年前に高度な文明があったってことですか?」

「そういうことだ!」

 そんなことがあり得るのだろうか?もし本当に文明があったのなら、現代文明はもっと発展しているか、逆に衰退しているかのどちらかのはず。

「君の疑問はもっともだ。普通に考えれば、石油文明を通っているはずだからね」

「はい!」

「小烏博士や他の教授たちも同じ意見だったんだけど…なぜそうなったのかは、まだ解明されていないんだ。がっかりした?」

「いえ!教えていただきありがとうございます!」

「そうか、ならよかった!」

 和仁博士は笑顔で答えた。その後、私たちは小烏博士たちと合流し、発見された遺物やマナ・クリスタルを地上に運び出す準備を始めた。もちろん、あの謎のロボットもその対象だ。

 その時、作業服を着た若い男性が慌てて駆け寄ってきた。

「あの、ちょっと待ってください!」

「君は?」

「小烏博士たちのサポートをしている者です!この奥で、すごいものを発見したそうです!」

「わかったわ。理恵、ここの指揮は任せるわ!」

「はい!」

「ありがとうございます!」

 男性はホッとした表情を浮かべた。ここまでして知らせに来たのだから、話を聞かないわけにはいかない。私は理恵に指揮を任せ、男性に案内されて奥へと進んだ。

 案内されたのは、宮殿エリアよりもさらに奥にある、狭くて暗い場所だった。そこには、小烏博士たちが膝をついて、何かを覗き込んでいる。

「何かありましたか?小烏博士!」

「ああ、花森くんか!これを見てくれ!」

 覗き込むと、そこには鍾乳洞から流れ落ちる水滴でできた水たまりがあった。

「あの…この水たまりが何か…ですか?」

「そう見えるかもしれないけど、これは魔法水だよ!」

「魔法水? 普通の魔法水と何が違うんですか?」

 小烏博士は興奮気味に答えた。

「これはね純度100パーセントってことだよ! 液体の中だけじゃなくて、この液体そのものが魔法でできてるんだ!」

「つまり…この水そのものが魔力の液体ということですか?」

「通常、魔法水は水に魔力を加えて、初めて魔法水と呼ばれるんだ!」

 小烏博士の興奮度はそこで頂点に達し、深呼吸をした。

「ごめん!つい興奮してしまって!そういう事だから悪いけど、これも回収リストに入れてくれるかい?」

「はい!」

 こうして、調査の第二陣はひとまず終了し、最低限の人数と物資を残して地上へと帰還した。




 帰還から数日後、私たちは再び四人に会う任務が出来た。

「お前たちと最初にあったのも、その時だ」

 私はそう言いながら、せつなと椿に優しく視線を移すと、二人は驚きを隠せない様子だった。

「もしかして、私たちに敬礼して挨拶した短髪の人って?」

「ああ! それが私だ! その頃の私は今くらい長くなかったから」

 私は二人表情に嘘はない、私の事も、あの事も覚えてないようなだった。

「ところでその用事ってなんですか?」

 せつなの疑問に答えるように、私は胸ポケットから小さく、透明な立体正方形のケースを取り出し、机に置いた。

「これは?」

 そのケースの中には小さな半導体のようなものが収納されており、二人はそれを見つめ始めた。

「なんですか?」

 私はそれを手に取り、説明を始める。

「一見するとただの半導体だが、良くよく見て見ろ」

 二人は覗き込むようにそれを見る。

「これ……動いて!」

「!?……」

 二人の反応はまるで、得体の知れないものを見てしまった時のようだ。

「これは一体?」

「ニューロチップ……聞いた事はないか?」

 その言葉に二人は驚愕する。

「存在だけは」

「でもこの目で見たのは初めてです!」

「ニューロチップ……神経細胞(ニューロン)を人工的に作られたもので、言わば一種の脳であり……お前たちが乗った『ヴァルキリー』に搭載されている。しかもコイツは普通のニューロチップと違う! マナ・クリスタルから切り出し、制作したマナ・クリスタル純度100%のニューロチップ……これはそのレプリカだがな」

「それと任務の関係って?」

 私はレプリカを置き、静かに言い放つ。

「ニューロチップへの魔力注入、そして例の機械の起動実験だ! そしてお前たちと初めて在ったのも、その実験だった」


 それは開戦前夜の出来事だった。私たちに与えられた任務は、極秘実験の警護。何しろ、この実験自体が軍のトップシークレットで、知ってるのは私たちを含めたほんの一握り。警護を命じられた理由は、以前の調査隊護衛任務で同行したからという、まあ単純なものだ。とはいえ、それを望んだのが、他でもないあの四人だったらしく、私はそれに従った。

 実験場所は、日本とハワイの間に浮かぶ、琵琶湖くらいの大きさの小島。もちろん、地図にはそんな島は存在しない……なんせ、極秘の軍事実験施設だ。衛星ですら見つけられない。そんな島に、私たちは約六十人の兵士を引き連れて到着した。

 島に到着するや否や、私は外で見張り兵士たちを配置し、当時から副官を務めていた理恵と共に、挨拶のため施設へと向かった。

「お久しぶりです!」

 その施設は、まるで港の倉庫のような見た目をしている。もちろん、それはただの偽装で、中には最新鋭の機材がぎっしりと詰まった実験場だ。

 そんな施設に入り、私と理恵が挨拶をしたが、作業中で手が離せない四人は、私たちを見て笑顔で手を振るだけだった。でも、その笑顔には、久しぶりに会えた喜びと、仕事への熱意が溢れていて、私は少しだけ嬉しくなった。

 やがて、実験が始まった。施設内部の周囲には、巨大な魔法水が入ったガラス製のタンクが十個以上、機体を囲むように置かれており、そこから大量のパイプが、中央にある二機のロボットへと伸びている。

「第一及び第二タンク解放!ロボットへ注入開始!」

「タンク解放! 注入、開始します!」

 小烏真琴博士の指示で、作業服を着た研究員たちがバルブを回し、パイプから魔法水が二機のロボットへと、まるで生き物の血管のように流れ込んでいく。その様子を、東郷和仁博士と東郷紗耶香博士は、モニターを見ながら、機体の状況をチェックしている。

 実験開始から一時間が経過した。タンクの一つが空になり、それに続くようにして隣のタンクも空になるが、ロボットに変化はない。

「……まだ何も起きないのか!」

 和仁博士は、モニターとロボットを交互に見ながら、焦りを露わにした。額からは、汗が滴り落ちている。

「……第三! 第四も解放して、注入!」

 紗耶香博士が焦った声を上げると、研究員たちは急いで第三、第四タンクのバルブを開き、さらに大量の魔法水をロボットへと流し込んだ。

 しかし、それでもロボットは沈黙を保ったまま。二人の博士の苛立ちが、ひしひしと伝わってくる。

「おかしい……計算上では、これで起動するはずなのに……」

 和仁博士が険しい表情を浮かべ、私を含めた施設内の全員が、事態の深刻さを認識し始めた。

「こうなったら……全てのタンクを解放し、注入!」 

 和仁博士の焦りから出た指示に、進博士が異議を唱えた。

「それは危険だ!そんなに一気に注入したら、何が起こるか分からない!最悪の場合、過剰摂取で機体が爆発する可能性だってある!ここは焦らず、少しずつやるべきだ!」

 和仁博士の焦りから出た指示に、小烏進博士が異議を唱えた。これまでの四つのタンクからの注入でも、決して少ない量ではない。もし、第五から第十までのタンクを全て解放すれば、爆発するリスクは当然あるだろう。しかし、それを分かっていてなお、和仁博士は決断したのかもしれない。しかし、口論の末、ついに進博士が折れる形で、和仁博士の指示通り注入は開始された。

 そして、進博士が懸念していた事態が、現実のものとなり始めた。

 最初は、計器類が壊れたり、魔法水タンクにひびが入って水が漏れ出す程度の小さな異変だった。しかし、最後のタンクが空になり始めた時、紗耶香博士と和仁博士がモニターを見て愕然とした表情を浮かべた。

「どうした!」

 進博士と共に駆け寄ると、紗耶香博士が震える声で言った。

「おかしい……コイツ、もう起動してる!」

「えっ!」

「どういうことだ?」

 私が質問しようとした瞬間、けたたましいサイレンが施設全体に鳴り響いた。

「何が起きた!」

「施設の、いえ、島を含めた半径二キロの魔力が低下しています!」

「なっ!」

 私は思わず耳を疑った。施設どころか、周囲の魔力まで低下するなんて、自然現象ではありえない。

 やがて、施設を照らす照明が弱くなり始め、研究員たちは計器類の出力を維持しようと必死に作業している。俺と理恵も、万が一の事態に備え、兵士たちに指示を出し、博士たちは原因究明に奔走した。

「そんなことが……」

 和仁博士が小さく呟いた。

「原因が分かったんですか?」

「ああ」

 和仁博士はそう言うと、静かに原因を指し示した。

「まさか……コイツが!」

 それは、例のロボットだった。

 タンクの中にあった魔法水は、純度だけでも一〇〇パーセント、濃度は通常の三倍であり、含まれていた魔力量は約300年分にもなる。だが、「アレ」はそれだけでは足りず、ついに周囲の魔力まで吸収し始めたというのだ。

 とても恐ろしかった。あれだけの魔力でまだ足りないというのか。その異様な姿に、一瞬、「アレ」が全てを喰らい尽くす悪魔のように私には見えた。

「このままにしておくと……どうなりますか?」

「分からん……だが、最悪の場合、地球全体の魔力を吸ってしまう可能もある! それだけは避けたい!」

「では……」

 和仁博士は紗耶香博士、そして小烏博士たちを見て決断する。

「コイツを破壊する!」

「はい! これより二機を破壊する! C4(プラスチック爆弾)の設置を急げ!」

 二人の博士の苦渋の決断の下、俺は兵隊さんたちに設置を命じた。

 私の命令で動いた兵士たちは、焦りを見せることなく、C4の設置に専念していると、モニターを見ていた博士たちが安堵のため息をついた。

「良かった……収まったみたいだ!」

「本当ですか!」

「ああ! だから爆弾を設置しなくていい! 皆さん、申し訳ない!」

 私を含めて、周囲に安堵の空気が広がった。そして、さっきまで不安定になっていた照明や機器も落ち着き、安定を取り戻した。

「よし! 再開する機器のチェックをしてくれ!」

 和仁博士の掛け声で、研究員たちは各自の持ち場につき、再び機器を稼働し始め、私も兵士たちを持ち場に戻るように指示を出した。

 その時だった。

 まるで眠りから覚めように、「それ」――巨大な人型ロボットの頭部が、ギギギと音を立ててせり上がった。今までただの飾りだったはずの、頭部のメインカメラが、起動音と共に怪しく光を灯す。

 「一体……何が起こったんだ?」

 それだけではかった。「アレ」はまるで自分の意思を持ってるみたいに、ガッチリ固定されていたロックをギギギ……って無理やり外そうとしていた。

 「研究員はすぐに退避しろ! 兵士たちは武器を構えろ! 各個、応戦準備!」

 緊迫した声で、私は叫んだ。その時、和仁博士が深刻そうな顔で俺を見た。

「……こればかりは、もうやるしかない!」

 博士の言葉に、私と理恵は腹を括った。

「わかった! 研究員たちの避難は、私たちに任せてください!」

「頼みます!」

 博士は覚悟を決めた顔で、ガタガタ震えて動けない研究員たちに指示を出す。

「皆さん! 早く避難してください! 必要な物は私が回収します! だから、他の皆さんはすぐにここから離れて!」

 私たち兵士たちに、博士が研究員たちに、それぞれ指示を出したおかげで、混乱もなく避難と兵士の配置が順調に進んでいた。

 次の瞬間、「アレ」の機体から強烈な光が放たれた。それはまるで、この世の全てを切り裂くレーザー光線のように 周囲のあらゆる物が、一瞬にして跡形もなく消え去り、人が……人が、まるで砂のように灰になっていく。

「総員、直ちに退避せよ!」

 もう、コイツをどうにかできる状況じゃない。そう判断した私は叫んだ。攻撃していた兵士たちは、私の顔を見て、事態の事態の切迫を悟ったんだろう。研究員たちと一緒に、我先にと施設の非常口へ走り出した。

 さっきまで攻撃しろって言ってたのに、急に退避などと言い出したもんだから、兵士たちも混乱してた。

「こっちだ!」

「早く!」

 私と理恵が直接声をかけながら、避難を誘導した。

「おーい! 大丈夫か!」

 ボロボロになり、今にも崩れそうな廊下。あちこちの部屋から黒い煙が立ち込めて、火事でも起きているようだった。そんな中、私たちのことを心配したんだろう、四人の博士たちがこちらへ走ってきた。

 しかし、その時だった。

 ドォンッ!

 地響きのような音がして、巨大な光の柱が、まるで倒れる大木みたいに廊下を突き破った! その光に包まれた博士たちは……灰になって、跡形もなく消えてしまった。

「……」

 信じられない光景に、私は言葉を失った。足も竦んで、しばらく動けなかった。

「明司令!」

 理恵が、私の名前を呼んだ。その声で、やっと我に返った俺は、理恵の顔を見て、走り出した。

そして、俺たちが非常口から施設の外に出た瞬間、施設全体が、無数の光を放ちながら、ガラガラと音を立てて崩れ去った。後に残ったのは、瓦礫の山と、暴走して機能が停止した二体の巨大ロボットだけだった。それは、まるで悪夢のような光景だった。

「その後、私はそれを回収し、近代化改修させた。それがお前たちが乗った『ヴァルキリー』の正体であり、両親の死の真実だ」

 明は静かに語り終えた。

 彼女の言葉が、重い沈黙と共に談話室に満ちた。椿とせつなはまるで心臓を鷲掴みにされたように言葉を失っていた。

 真実――その二文字は、辞書で知っているはずの意味を遥かに超え、二人の胸に深く突き刺さる。今まで、それはどこか他人事で、現実味のない言葉だった。けれど今、それは違う。自分たちの両親の『死』という、決して目を背けることのできない真実を突きつけられたのだから。

(受け入れるしかない……のか)

 椿が諦めにも似た感情に囚われかけていたその時、せつなはまるでバネ仕掛けのように勢いよく立ち上がった。その瞳は怒りに燃え、明と理恵を鋭く射抜いている。

「じゃあ、なんですか……! 私たちの両親を殺したのが、その『ヴァルキリー』で……それで、私たちにそれに乗って戦ったって言うんですか!」

 明は何も言わず、ただ静かにせつなの怒りを受け止めている。理恵もまた、悲しげな表情で俯いていた。

「ふざけないでください!」

 せつなの叫びは、張り詰めた静寂を切り裂き、談話室の空気を激しく震わせた。その声には、抑えきれないほどの怒りと悲しみが込められていた。

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