第4話 六甲山に昔から伝わる怪異「メリーさんの館」

前にも話した通り同好会だとしても資金は欲しい。

朱美先輩もそれとなく温かく応援してくれたのだが…

家と自分の恥を宣伝したくないため妖刀が蔵にあった件は口止めされた。

僕も心神喪失のうちに解決されてしまったためにいまいち実感が沸かない。

なので推せない。


友達の多いボードゲーム同好会でも神戸の青少年会館というところで月二回日曜日に

例会を開いて啓蒙活動をしている。


これを実績というのだろう。


どうしたらいいか直接生徒会に聞いたところ、裏庭である六甲山の怪異を実地体験で

レポートしてみたらという、ありがたいサジエッションをいただいた。


さっそく寮でそのことを久保田と薫先輩に提案した。

薫先輩

「ふーんいいんじゃない」


久保田

「面白いなぁ、やろうぜ!」

だから対案を出せよ。

具体案を言ってみろよ!


そんなものが二人から出るはずもなく、僕も思いつくはずもなく

梅田のキディランドで買った新しいカードゲーム

ミルトンブラッドレイ社の「ドラゴンマスター」に嵌まっていた。


これの何がいいってマージャンの点棒のような「クリスタル」が入っていることだ。

・ダイヤモンド:$20000

・エメラルド :$10000

・ルビー   :$5000

・サファイア :$ 1000

という塩梅で持ち点がダイヤモンド二個、エメラルド三個、ルビー五個、サファイア五個

を最初に持っている。

一回でだいたい$8000動くのでルビー一個とサファイア三個がグルグル流通する。

親の時に

お題は以下の5つ

・特定のスートを取ると1枚につき1000失点

・特定のランクを取ると1枚につき2000失点

・特定のカードを取ると8000失点(ハーツのブラックレディのようなものです)

・最初と最後のトリックを取ると、それぞれ4000失点

・上記4種類のお題がすべて適用

を子供から巻き上げられる。

子供はドラゴンカードが手札にあると「革命」が起こせるが失敗する確率が高い。


なにぶんスカートの複雑なルールに飽きてきたので簡易版のこれはありがたかった。

もちろんスカートより簡単なので選択ルールはすべて取り込んだ。


三人だと男爵四枚、伯爵四枚、道化四枚の十二枚抜くのだが表面が擦り切れるまで

遊んでいるのでたまに四人になるとカードの質が違って盲牌できてしまう。


スリーブというカードのバリアのない時代だ。

別に使えなくなったらトランプで代用するからいいやという塩梅だ。


特にウォリアーの赤のプリンスはアーノルド・シュワルツェネッガーのコナンのような絵なので「直撃」といって愛され憎まれた。


一撃八千点はきつい。マージャンの満貫振込みと同じだ。

このカードゲームを千点=百円のレートで徹夜でよく遊んだものだ。


そろそろ差し迫ったので

とりあえず「犬もあるけば棒に当たる」作戦をすることにした。

なんのことはない久保田のフィアットで夜中に六甲山にドライブに行く。

ただそれだけのことだ。


当時の六甲は、今でもそうかな、走り屋の聖地なので鶴甲団地の上から行く、

いわゆる表六甲ルートはボーゲンしかできないスキーヤーが蓼科のアルペンルートを滑るくらい

危険なのでわざわざ大回りして芦屋寄りの甲山森林公園あたりから登って行った。


しかし裏六甲ドライブウェイに入ってからが本番だ、

ここは走り屋がいてもがんばった。


そんなある夜…


「久保田、おまえドライビングうまくなったんとちゃうんか」

「へへそうか、おれのドリフトに酔いしれたか」

「バカ、ボク、何度煽られて道譲ったの、こっちが気まずいわ…」

その頃は薫先輩も慣れてくれて僕らを愛称で呼んでくれたりした、

滅多に言わないけど…


夜中の11時

窓を開けば山独特の匂いがする

不快ではない、むしろ心地よい。


ラジオから流れるはユーミンの歌


ヘッドライトに照らされて

若い女が歩いているのが見える。


こんな真夜中

なぜ女が一人でいる?


女が手を振った。


「どうする」

「ヒッチハイク?」

「襲われた?」


久保田は車を側道に停めた。


「どうされました?」

務めて冷静にしているが声が上ずっているぞ久保田。

「すいません止まってくれて助かりました。

実は彼氏に捨てられたんです!」


女は白い服を着ていた。少し汚れていたが…

しかし裸足ではない。


「佐々木、匂いは?」

薫が確認を促す。

クンクンクン

「死臭はしませんね。

まあ生きてる人間じゃないんですか?」


僕は小声で薫さんに言った。

「僕を探知機代わりにしないでくださいよ…

それに生身の人間でも生理前でしたら判別できませんからね…」


「とりあえず乗ってください。話は後だ」

「おい佐々木、助手席にこいよ」

薫さんと謎の女性を後部座席に座らせて僕はシートベルトを絞めた。


「とりあず麓まででいいですか?」

久保田はウインカーをチカチカさせる。

バックミラーを見る。

長い髪で顔が見えないということはない。

いたって普通の女性だ…20代前半か…


「助かります、わたし森崎千鶴っていいます。

じつは彼氏とドライブに来てたんですけど…

途中で口論になって置いて行かれました…」


「ひどい彼氏ね、付き合って長いの」

薫さんは女言葉に切り替えた。

まあ男三人の車だとレイプされるかもしれないと思われるのもなんだ…

ナイス判断だ。


「付き合って半年になります。

私怪談が好きで死人が裏向きに着物を着たり、裏拍手の話をしたりしてたんです」


「ああ、カップルで磯釣りにいって親子づれ四人に話しかけられて

奥にいいスポットがあると誘われて、歩いて行ったら…」

「途中で服が裏向きだとわかったんですよね

彼氏は止めるんだけど彼女は乗り気で

それで彼氏は無理やり彼女の手を引いて自分の車に戻るんだけど…エンジンがかからない」

久保田が運転しながら引き継ぐ。

「ヘッドライドをつけると親子連れが走って近ずいてくる。

焦ってやっとエンジンがかかって砂浜から国道に出ると彼女がおかしい。

「なんで無理やり手を引っ張って戻ろうとしたの、いい人たちなのに…」

「おまえわからなかったのか?

後ろからついて行ったらシャツのタグが見えたろう。

裏向きに服を着てるんだよ…

それにもう冬なのになんで薄着なんだよ…

それは死人の衣装だ、生きてる人間じゃない!」

「そうそれでわかったのスゴイスゴイ!」

と彼女が裏拍手をした。

そんな話ですよね」


「そうなんです。私の彼氏も一度は悪いと思って引き返したんですけど

私が裏向きに手を振ってしまったので

何か取り憑かれてしまったと思ってUターンして逃げていきました!」


「それは酷い彼氏ね、いえヒドイ奴よ!

あなた彼の本性がこれで分かったじゃない!

わかれて正解よ!!」

といって薫さんは千鶴さんの手をぎゅっと握った

「ありがとうございます…

ありがとうございます!」

千鶴さんは泣き出した。

薫さんは千鶴さんの背中を撫でる。


「なんかヒトコワの話に落ち着きましたね」

そう総括すると


霧がたちこめてきた


六甲山で霧が発生するのは珍しくない。

標高がちょうど雲の高さだからだ。

しかしそれは早朝か雨が降り出してしばらくしてからで

夜中に発生するのは稀だ…


「谷間に入ったのかな…」

久保田はライトをハイビームにする。


だが霧は段々と濃くなってくる。

このままではホワイトアウトだ。


「ダメだな一旦、退避場所に入れるわ…」


ちょうど看板か見えた。

分かれ道になっており

脇道側に「休息所はこちら」となっていた。


「とりあえず本道から外れて脇道に行くわ…

こんなんで対向とぶっかったら目も当てられんて…」


久保田は左側にハンドルを切る。

上り勾配になった。


ちょっとした小高い丘で車が数台止まれる空き地があった。

先客の車が数台停まっていた。


東屋というか喫煙場所があり

数人がたむろしていた。


「わりぃ、ヤニ成分補給してくる」

久保田は煙草を吸うために喫煙場所に向かう。


僕達も降りた。

九十九折の山道は結構、酔う…


山肌にそって駐車場の上に建物が見える。

洋館風だ。

灯りもついている。

「喫茶店なのかしら」

「久保田が戻ったら行ってみますか」

「そうね、温かいコーヒーでも飲んだら落ち着くでしょ…」


「すいません、バッグを彼氏の車に置いてきちゃって…」

千鶴さんが申し訳なさそうにつげた。

「いいの、いいの

私達、善きサマリア人だから」

久保田が帰ってきた。

「えらい遅かったな」

「ちょっとあんたたち知ってる怪談ないかって聞いて回ったからな

これでもワシらフィールドワークの最中じゃないんでっか」

「わかった、わかった、で成果は」

「ちょうどこんな休息所での話

台風の夜、休息所で男女がたむろっている。

しかしおかしい、休息所なのに車がない。

どうやって六甲山の山奥まできたんだ。

それになにか服装が今風じゃない。

一番おかしいのは電灯がついていないのに

その若者たちの目鼻立ちがはっきり見える。

それとなく別れたが後から思い出すと

あいつらこの世の者じゃないんじゃないかと

台風の夜だけ現れる幽霊じゃないかと…」

「なるほどね、それを今この場所で聞かされた…」

「そうなんだよ」

「ゾっとした?」

「ああ、ゾッとした」

「おまえ担がれたんだよ。そんなうまい具合に話が出てくるもんか。

おまえを騙すために、ついさっき考えた作り話もらってきたんだよ」

「そうかぁ?」

「そうだよ」


「それより階段の上に洋館風の休息所がある。

コーヒーでも飲まないか」

「ああいいね、暖まろう…」


僕らは階段を上った。

50メートル四方の洋館風の喫茶店がある。

看板には「メリーさんの館」とある。


「洒落てるねぇ。

六甲山さんで一番有名な怪談「メリーさんの館」になぞらえて屋号にするとはね」

「とりあえず入ろうじゃないか。

霧が濃くなってきた。寒い。寒い…」

「おい佐々木」

「なんだ」

「前が見えないくらい霧が濃くなったんでここに来たんだよな俺たち…

じゃなんで休息所とか他の車がはっきり俺たちは認識できたんだ?」

「野外電灯がついていたんだろ」

呆れ顔で呟いた。

「それもそうか…」

「入るぞ」


四人は中に入った。


造りは山小屋に似ている。

基本的には無人なのだろう。


「匂います」

「そうか、私もセンサーが反応しているようだ」


微かな木屑が腐った匂い。

かび臭い、堆肥の臭いがする。


吹き抜けの二階はバルコニーになっており階段が左右にある。

多分コロニー風の造りなのだろう。


ソファーセットが置かれており

四方にアルコールランプがある。


「掃除はされています。廃墟というわけではありませんね」

「どうだろうか、年代がたっているとも、昔風に最近建築されたようにも

見えるわ…」


「トイレに行きたいんですが…」

森崎千鶴は我慢の限界のような口調だ。

無理もないか僕らに拾われてからでも30分ぐらいは経っている。


「あそこにWCと表記があるわ」

千鶴は走っていった。


「幽霊屋敷での単独行動は危険でしょう」

「それは早計なんじゃない。ここが本当に公共の退避場所という線は残っているわ」


「しかし、さっきの駐車場にいた連中はなんでこっちにこないのかしら…」

「何故か時間の感覚が狂ってきているようです」

「あるいは周波数があってきた…」

「棚を見てみましょう」

食器棚を見るとポットとコーヒーセットが10セットほどあった。

「ネスカフェの顆粒と粉ミルクが欲しいところね」

「ちょっと埃をがぶっていますね。最近使われた形跡がない…」


「久保田、君の直観はどう告げている?」

急に話を振られて久保田は驚いた。


「そ、そうですね。この建物自体はおかしいものではない。

ただ状況がおかしい。

必要として造られたのに使われる機会がなかった…

そうゆう風に感じました。」


「その皮膚感覚は正しいのかもしれない。

場所が間違っていなれば、時間とか空間が異常なのかもしれない」


森崎千鶴が帰ってきた。

「トイレの水は流れました。ただ、ちり紙はありませんでした」


「向かって右奥がトイレ、手前右がキッチン、ダイニングであれば

左側に二部屋、上に二部屋から四部屋あるのが普通の間取り」


「では左の手前から開けてちょうだい」

僕はドアノブを回した。

空いた。

「これは…保健室のようですね、ベツドと薬品棚、机がある…」

「薬品棚を見て」

「期限切れの薬品があります。

年代は昭和30年代…」

「という事は戦中戦後ね…」

「ベッドはどう?」

「使われた形跡なし、黄ばんでいます。劣化が激しいですね」

「となるとカルテがあるはず…どうかしら?」

「カルテのたぐいなし…ただ道具は充実しています、これカテーテルですよね」


「これでホルマリン漬けの胎児でもあれば完璧ね」

「嫌なこと言わないでくださいよ」

「奥の部屋に行きましょう」


「暖房用のボイラーか…

燃料もある。あとは山小屋にあるような備品か…」

「念のために右のキッチンとダイニング見に行って…」


「やはり食堂のような造りでした。調理器具はありますが埃をかぶって何年も

使われた形跡はありません」


「長いテーブルが二つ、椅子が12脚、クロスが机にかかっていて、これも黄ばんでいます」

「冷蔵庫に食料、缶詰です、やはり製造年月日は1940年代…」


「どういう事…時が止まったみたい…六甲山といえば都会の隣の山よ、

こんな場所なら暴走族とかの失礼な輩で相当荒らされているはずなんだけど…」

「でも戦後から今までの時の経過は感じられるんですよ」

「そうね、主を待っていて、待ち焦がれて、今やっと主が帰ってきたみたい」

「となると答えは二階にありますね」


僕らは上を見上げた。


「わかってる…でも二階からヤバイ雰囲気しか感じられない…」

「そうですね、ここまでは解き明かしていい謎だが二階の扉を開くことは…禁忌だ!

覚悟がいりますね」


「あのう…帰りましょう」

森崎千鶴は小声で言った。


「そうね、撤退するのも勇気、それにここは雪山じゃないわ。

季節も初夏よ、早く麓に降りましょう」

「ここにカメラがないのが残念ですね」

「そうだな、うってつけのフィールドワークの題材だ。

「霧の中で幻のメリーさんの館、発見!」てね」


僕らは外に出て階段を下りる。

駐車場に他の車はなかった。


「あれから三十分のもたっていないよな…誰か車のエンジン音聴いたか?」

「いや、静かなものだ…逆に静寂すぎないか?

夜に鳥は騒がないんだが…フクロウとか…ウシガエルのいななきが聞こえても

いいんじゃないか?」


「東屋の喫煙所に人がいません!」

「おかしいぞ、霧が濃いからここにいるんだ。

彼らがここを出発する理由が思い浮かばない…」


「ここで霧の中から殺人鬼が出てくれば追い立てられて「メリーさんの家」に

舞い戻るというパターンだな」

「どうします。霧が晴れるまで時間つぶしに二階回りますか」

「そうだな私もトイレに行きたくなった」


また山肌にそった階段を上がる。

薫さんはトイレに行き

僕らはアルコールランプをひとりづつ持った。

「待たせたな…一階の広間用にアルコールランプを中央に置いていこう。

どうする?

向かって右か左か?」

「右にしましょう」

吹き抜けの階段を右側の方から上がる。

二階の渡り廊下に窓がある。

扉は一つしかなかった。


「開けろ」


中は病室のようだった。

子供用のベッドが12ある。


「下の椅子も12脚、なにかの収容施設なんでしょうか」

「そうだな、ここいらは戦中の外国人の収容施設がたくさんあるという場所だ」

「稲川淳二がそこに迷い込んで「メリーさんの家」という怪談が

語られるようになった

そうですよね」

「実際の収容所は今でもホテルとして残っている」

「ベッドを見て回りますか」

「やめとけ、思念が一番濃いのがここだ」

「テディベアがあったら嫌だよぉ」

窓にはカーテンがなかった。

一見してベッドは使われた形跡はない。


「左のウイングにいくか…」

ふきぬけ越しに見ると扉は二つある。


「予測できるのは看護婦の部屋、医院長の部屋になる」

「行きますか」

手前の部屋を開ける。

はたしてベッドが二つあった。

後は本棚…

「本か…読んだら精神が錯乱するかもな」

「そんなこと言わないでください、今から家探しするのに」

「すまんすまん」


本は簡単な日本語の医学書と…

後はドイツ語だった…


「おまえ専攻ドイツ語とってるか?」

「いや仏文科でね」

「嘘つけバリバリの教育学部だろ」


「ただこれは英語だから読めるだろ」

薫さんがポイとペーパーバックを放り投げて渡した。

「クリホード・ドナルド・シマック著

「Way Station」」


「奥付けは1964年だ。これだけ比較的新しい」


「ハヤカワ文庫で1970年代に日本語化されている。

邦題は「中継ステーション」」


「ちょっと前の本ですよね、内容は?」


「なんかアメリカの片田舎で異星人が転送装置で立ち寄って管理人と話すという…

まあそんなホノボノとした話だよ」


「ここもそうだと?」

「なら転送装置は隣の部屋か見つけていない地下室かな?」


この部屋に隣にいく扉がある


「開けろ」


隣はがらんとしていた。


中央にガラスが斜めにはめ込まれた展示台があるだけだった。

それが二つ対になって置かれている。

「展示室」

「となるとここは記念館だな」


「展示品を見るぞ、答え合わせだ」


ガラスケースの中には写真が飾られていた。

やはり戦時中の外国人の収容所というのは間違いない。

この施設の外で六人の子供と二人の看護婦そして一人の医師が写っていた。


そして進駐軍に窃取された模様の写真もあった。


最後に責任者の名前のプレートがあった。


「アイザック・ホルスタイン博士」


なるほど、進駐軍もあまりにここが施設としては小じんまりだから

使用しなかったのか。


ガチャ

階下から音がした。


慌てて

踊り廊下から下を覗く。


四人の男女が入ってきた。


俺たちだ!


「「匂います」

「そうか、私もセンサーが反応しているようだ」」


アッ!


「大きな声を出すな!

下に聞こる!」

「しかし…」


「「掃除はされています。廃墟というわけではありませんね」

「どうだろうか、年代がたっているとも、昔風に最近建築されたようにも

見えるわ…」」


「どういう事なんです」

「いいからジッとしていろ後で説明する」


「「トイレに行きたいんですが…」


「あそこにWCと表記があるわ」」


「まったく同じセリフです」

「だから出会ったらまずいんだ…」


「「久保田、君の直観はどう告げている?」


「そ、そうですね。この建物自体はおかしいものではない。

ただ状況がおかしい。

必要として造られたのに使われる機会がなかった…

そうゆう風に感じました。」」


僕らは音をたてないように展示室に戻った。


小声で話す。


「何か時空の歪みで三十分時間が巻き戻った世界に来ている」

「ドッペルゲンガーですか」

「いや、私達自身だ」

「ちょっと見たんですけどランプが四隅にありました。

明るかった」

森崎千鶴は震えている。

「何にしても私達と鉢合わせするのは危険すぎる」

「ええ、映画でもそんなのありましたよ」

「バカか!数分前の記憶で自分自身と会ったと認識しているのか?」

「いえ…」

「ならば試すな。

最悪この宇宙が崩壊する!!

因果律がめちゃくちゃになるのがわかっていてその危険は犯せない…」


「ではどうするんです」

「ここにこのまま停滞しているのは非常にまずい。

最低でもこの施設から出る必要がある」

「でも下に僕らいますよ」

「そうだ。しかし一旦外に出たろう」

「あっ」

「あのう…帰りましょう」

森崎千鶴は小声で言った

「そうだ、そのタイミングで表に出る」

「でもそうならもう時間がありませんよ!」

「よし、隣の部屋を経由して階段の手前まで行くぞ」


ぼくらは中腰で階段の手前まで這うように進んだ。


「「そうだな、うってつけのフィールドワークの題材だ。

「霧の中で幻のメリーさんの館、発見!」てね」」


入口が閉まった。


「いまだ!入口まで走れ!!」


ドアに到達し隙間ごしに表を見る。

階段から自分の頭が沈むのを確認する。


「よし出て走れ!」

「ランプは?」

「持っていろ!山道だ!!」


ぼくらは山肌を慎重に下った。

ランプの光は足元だけ照らすようにする。


「広場に僕らがいますよ」

「そうだ、わたしたちが上に上がるタイミングで車で帰る」

「ええっ、あの僕らが帰れなくなりますよ!」

「頭を回転させろ、あいつらはいずれ私達と同じ軌跡を辿る」


駐車場の広場に出る。

車が数台あるうちの白いフィアット500B を探す。


車が数台?!


「あっ怪談好きのお兄さん」

東屋の喫煙所で見かけた若者達が寄ってきた。


「霧が晴れてきたんでお兄さん達も帰るんですか?」

「ああ、そうだよ」

久保田は何気なく答える。


森崎千鶴は僕の袖を引いて小声で言った。

「あの人たち…衣服を裏で着ています…」


「わかった、気取られるな…」

僕も小声で返す。

こういう時、久保田の勘の鈍さはありがたい。

僕はつとめて冷静にふるまった。


「なあ皆さん、僕らが先導して走ってあげるから

そのテールライトを追ってくれば安全に下れますよ」


ゲバケバしい化粧したサングラスのギャルが答える。

「お兄さんあったまいい!

そしてブレイブあるぅ!」


なるほど着ているアロハが白っぽい、裏向きだ…


僕らは慌てて車に乗り込んだ。


「おい久保田!早くエンジンかけろ!!」

「おい焦らすなよ!急いでいるよ!!」


ブルルン


発進した。


「おいあまりスピード上げるなよ。

霧が晴れてきているけど視界が悪い…」


「千鶴さん、薫さん、後続は来てますか?!」


「ああ、ヘッドライトが四つ見える。

車間距離を詰めてきている形跡はない…」


「それはそれで嫌なんですけど…」


標識のある二股地点を通過した。

「久保田!霧が晴れたら猛スピードで後続を引き離せ!」


「なんで、対向車線から飛び出しがあって危ないって

さんざん言ってたじゃないか」

「いいからウルテク見せてみろ!

おまえは峠の狼だ!

狼になるのだ!」


霧が晴れた。


「今だ!」


久保田はアクセルを踏んだ。

こいつほんとにドリフト走行してやがる!

調子に乗りやがって!


「ボクちゃーーん、決してバックミラーみないでねぇーーー」


薫さんが冗談のようなネコナデ声を出した。


ぼくはサイドミラーを見た。


見なきゃよかった…


そこには後続車の二台ではなく…


首のないライダーと


高速で四つ足で走ってくるババァがいた!


奴らは霧の中にいる。


後ろから霧の塊が迫ってくる感じだ。


トンネルが見える。


入った。


大形トラックとすれ違う!


あやうく正面衝突だ!


トンネルで若干でもスピードを落としていたので助かった。


後ろで轟音と閃光

一呼吸おいて衝撃波がきた!


後輪が一瞬、持ち上がる。


「ええっ事故起きたの!」


「そうみたいだな…緊急電話ボックスみたら停止」


だいたいトンネルの出口には電話ボックスがある。


あった。


止まった。


「久保田は車で待機

佐々木、電話かけてこい」


「ええ、でも…

絶対おいてかないでくださいよ!」


「なら手短に報告

通報者の名前は胡麻化せ!」


「そんな難しい…」


ぼくは119番?

110番にかけた。

小銭は要らない。


「もしもし…」


目の前で白いフィアットが通り過ぎる。


トンネルから霧?

煙が沸きだした。


やられた。

やってくれた。

そうか…そうですか。


三十分もかからず

パトカーと消防車と救急車がきた。


その後の事情徴集は…

トラックとすれ違った後は知らぬ存ぜぬで通した。

同乗者はどうしたの答えは


千鶴さんの話の男女逆バージョンで胡麻化した。真夜中の六甲山に一人では

それしかない。

久保田よ、お前は--僕の彼女だぞ…

男同士じゃないか…

まあ愛のカタチは色々よ…


トラックは視界が霧で突然奪われ

トンネルの壁と激突したらしい。

運転手は幸い生命の危険はなかったが

全治三か月の打撲と火傷ということだ。


一日ほど警察に拘留されたが…


朱美さん経由で優秀な弁護士を雇ってくれたらしい。


久保田も事後呼ばれたが弁護士指導で口裏を合わせたので

これも半日程度の拘留ですんだようだ。


三日後

薫さんと久保田と合流した。

千鶴さんもきた。

なんでも久保田と付き合っているとのこと…


おいおい「吊り橋効果」か?

僕が大変なときに二人は愛をはぐくんだのか

ラブラブか

いいなぁ

僕が男女関係で妬ましく思ったのは初めてだ…

それも久保田に…俺の名目上の彼女だったのに…振られたのか…

「お勤めご苦労」

「ひどいじゃないですか!

置いていかないでって!言ったのに!」

「まあむくれるな。

首無しライダーとターボババァがトラックを大破させても

こっちに追ってきたんでな、私達が囮になってお前から引き離したんだ」

「ほんとですかぁ嘘くさいなぁ」

「ははは

まあお前の言いくるめ術を充分買っているということだ。

それに全員でことに当たると必ず綻びが生じる。

千鶴さんと久保田が警察に対して「適当」な供述ができると思うか?」


「それは…そうですが…」

薫さんの意見は一理ある。

ドッペルゲンガーやメリーさん家、服が裏向きの幽霊

はたまた首無しライダーやターボババァの話を真剣に話したら…

精神薄弱と診断されてもやむなしだ。


「しかし首無しライダーとターボババァがでてきてしまうと

一気にリアリティラインが下がって興ざめだよ」

実際に見ていない久保田に言われるとなんかムカっとくる。


「それに関してはあの霧が我々の内なる恐怖を具現化させたとは

考えられないか?」

薫さんはノートに箇条書きにしだした。

「じゃあ、あの映像は僕らの頭の中が発信源ということですか?」

「その前の千鶴さんの実話が大いなるフリになったと思えるね」


「それと急激な気圧の変化で脳の一部がバクった可能性もある。

とにかくヒドイ運転だったからね」


「チェッ、そんなこと言うなら二度と六甲山にドライブに連れて

いきませんよ」


「わかった、わかった、そう拗ねるな。

でも災い転じて福となす。

今度の経験を生徒会向け

いや文化祭の展示向けにレポートを書こうじゃないか」


「え、今からとりかかるんですか?」

「善は急げだ。

記憶が鮮明なうちに仕上げよう」


まだいいコンピューター、ましてや個人用コンピューターなど普及していなかった時代だ。

千鶴さんにはテープレコーダーにあらましを吹き込んでもらった。


数時間後


「なんか飽きてきたな…」

「そうだ、ちょうど四人いるんだ、ドラゴンマスターしようぜ!」

「いいね、やろうやろう!」

「ド、ドラゴンマスターってなんですか?」

千鶴さんが食いついてきた。

「これなんだけどね」

カードと宝石を袋から取り出す。


「まぁ綺麗だわ。

それにこの絵柄、アルフォンス・ミュシャの挿絵みたい…」


「じゃあルール説明するよ。

千鶴さんお正月に「ナポレオン」というゲームしなかった?」

「あ、トランプ使うやつでしょ」

「そうそう」


これで新たな沼に千鶴さんを沈ませれば…

三人じゃなくこれから四人でプレイできるな…


そしてレポートは審査会のギリギリに目鼻がついた。



思い返すとこの話

六甲山に昔から伝わる怪異

噂話をむりやりにくっつけただけに見えてくる。


事実としてトンネルのトラック事故は本当のことだ。


もしかしたら「メリーさんの家」展示館も実際にあるのかもしれない。

当時のままの姿を今に残すのがコンセプトなら何も不思議はない。


だがどうしてあの真夜中に鍵が開いていて全部の部屋が見れたんだ?

なぜランプが真夜中に焚かれていたんだ?


管理人は?


しかし物証はある。

持ち帰った三つのランプだ。


あの建物が公共の建物なら

立派な窃盗犯が三人いっちょ上がり…


これがあるので大学生の手前、この顛末をフィクションとして発表することはない。


しかし僕は想像する。


少女メリーがたまに来る来訪者に

プラクティカルじゃないジョークを仕掛けて

暗闇からケラケラと笑っている姿に…


あるいはアイザック・ホルスタイン博士が

たまに訪れる異星の来訪者に

「星の神秘」

を教えてもらい感銘を受ける。


そんな光景を思い浮かべずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る