第10話 小金井探索
裕政の心に深い裂け目が生まれた。毛羽毛現との戦いで受けた呪い、カミヌマの記憶攻撃による精神の侵食――そのすべてが、彼の意志を削っていた。
滅茶苦茶強かったアカリまでも死んでしまった。
「無理だ……俺には……」
ふらつく足で、裕政は異界の裂け目をすり抜け、現世の残滓へと逃げ込んだ。気がつけば、彼は小金井市の住宅街を彷徨っていた。空はどこまでも重く、街のざわめきはどこか異様に遠かった。
その足で、裕政はふらりと入った――スーパー・エコス小金井店。冷房の効いた空気が肌を撫で、現実の匂いを取り戻すかに思えた。
しかし、店内には違和感が漂っていた。
棚の商品は、全て賞味期限が『未来の日付』で統一されていた。客の誰一人として喋らず、全員が何かに憑かれたように、同じリズムで商品をかごに入れていた。
「……これは、“時間の舞域”……?」
そのとき、レジ奥から現れた店長風の男。エプロンには「時ノ
「おや、舞の継承者。ここまで逃げ込むとは――哀れだな」
店長の目が赤黒く光り、両腕が液体のようにうねり始める。彼は、カミヌマに協力する“異舞の使徒”の一人、『時間の調律者・クゼ』だった。
「ここでは時が止まる。お前の剣も、舞も、何の意味も持たない。お客様感謝デーの名のもとに、お前の命も“永久保管”といこうじゃないか」
時間が凍りつき、裕政の動きが鈍くなる。だがその瞬間、どこからか微かな鈴の音が響いた。
「……誰かが、俺を……まだ見てる……」
裕政の胸に、六つの残像がまた現れる。彼は震える指で剣に触れ、言葉を絞り出す。
「舞は……逃げるためのものじゃない。立つためのものだ」
エコスの冷凍食品売場に、光の舞台が広がる。
“時を斬る舞”――新たな舞が、始まろうとしていた。
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“時を斬る舞”の終曲が、静かにエコスの店内に降り立った。斬撃の余韻が残る中、冷凍庫の扉がひとつ、きぃ、と音を立てて開く。
そこには崩れ落ちたクゼの姿があった。エプロンは焼け焦げ、彼の身体は無数の時計の歯車へと崩れ、風に舞い消えた。
裕政は、肩で息をしながら剣を鞘に収める。店内にいた無言の客たちも、次々に目を覚まし、まるで何事もなかったかのように日常へと戻っていく。
「時間が……戻ったのか……?」
アナウンスが鳴る。
「ピンポンパンポーン……お客様感謝デー、終了のお知らせです。ご来店、ありがとうございました」
その声に、裕政は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「まったく……命懸けの感謝デーだな」
エコスを出た瞬間、空が急に青くなった。まるで“時の舞域”が晴れ、季節が戻ってきたかのようだった。だが、彼の胸の中にはまだ重く沈むものがあった。
――毛羽毛現。そして、カミヌマ。
彼らはまだ健在だ。異舞の浸食は止まっていない。
しかし、クゼとの戦いで裕政は確かにひとつの“答え”に触れた。
「舞は、ただの技じゃない。命と、記憶と、願いを繋ぐものだ……」
歩き出す裕政の背に、六つの影が寄り添う。その影の先には、まだ語られていない“最後の継承者”の姿が、ぼんやりと浮かび始めていた――。
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小金井公園の奥深く、まだ朝もやの残る緑の中を、裕政はゆっくりと歩いていた。戦いを経て身体は重く、精神の傷も深い。だが、その歩みは確かだった。
「仲間が、必要だ。……舞だけじゃ、もう届かない場所がある」
そのとき、風がざわついた。
竹林の間から、一人の屈強な男が現れる。鋼のような肉体に僧衣をまとい、額には蓮華の印。
「お主、名は?」
「裕政だ」
「――よし、弟子入りを許す。拙僧はモンクのタイソウ。拳と心で煩悩を砕く者だ」
タイソウはそれだけ言うと、倒木に拳を打ち込み、跡形もなく粉砕した。どこか抜けたところもあるが、その力は本物だった。
さらに、井の頭通り沿いの古びた商店街の裏路地――薄闇からしゅるりと現れた影。
「アンタ、追われてるんだろ?あんたの剣、なかなか光ってたぜ」
猫のような目をした女が指を鳴らすと、彼の足元の財布がいつのまにか彼女の手に。
「返すよ。仲間になってくれるならね。あたしはシーフのエンジ。鍵も罠も情報も、任せてよ」
夕刻、街の境内に入ると、そこに黒衣の青年が立っていた。両目に包帯を巻いているが、気配は鋭い。
「この土地の魔脈が乱れている。“記憶の舞域”の影響だな……私は黒魔術師・カリユ。舞の力と魔の力、交われば面白い」
彼の手から放たれた黒炎が空を裂き、禍々しい霧を焼き払った。
最後に、小金井街道の古書店。その奥の静寂の空間に、白いローブの女性が佇んでいた。柔らかな微笑みとともに、彼女は光の紋章を浮かべる。
「傷ついているのね。あなたの中の“光”が少しだけ揺れている。……私は白魔術師のソノミ。癒しと加護をあなたに」
彼女の指先が触れた瞬間、裕政の傷がじわりと癒えていく。
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こうして、裕政のもとに四人の異能者が集った。
タイソウの拳、エンジの影、カリユの闇、ソノミの光。
「カミヌマを倒すためには、舞だけじゃ足りない。“世界を繋ぐ五つの理”が必要だ」
裕政の旅は、新たな段階へと突入する。
――異能の戦士たちと共に、“終焉の舞”の真の意味に迫る旅が、今始まった。
天平の丘公園に到着した裕政たちは、広がる古代の景観と静かな緑の中で、かつての戦乱と祈りの記憶が残る場所に身を置いていた。カリユは持ち歩いていた魔導書を開き、空に指を伸ばして呟く。
「この地には“破滅の門”が刻まれている。開けば世界の均衡は崩れる…けど、そこにしか“封印の指輪”はない」
白魔術師ソノミは、公園の東にある琵琶塚古墳を見つめながら静かにうなずいた。
「私には感じるの。地の奥深く、眠れる力の震えが…これは、誰かが目覚めさせようとしている」
その時、タイソウが草むらの中で何かの痕跡を見つけた。重く大きな足跡、そして焦げたような黒い痕。
「奴らが近くにいるな。黒き修道会の連中だろう。準備を――」
その瞬間、茂みが揺れ、黒いローブに身を包んだ影が現れた。杖を持ち、低く呪文を唱えている。エンジがすばやく背後を取ると、短剣の刃先で喉元に突きつける。
「話せ。“指輪”はどこだ?」
影は笑いながら答えた。
「金井神社の鏡が開かれる夜…“魔王”は復活する。我らが望んだ運命が、始まるのだ」
エンジの目が鋭く光る。裕政は静かに仲間を見渡し、決意を口にする。
「次は金井神社だ。運命が動く夜、その始まりを俺たちで変えてみせる」
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