第3話 美しき勝利 ※セドリック

 披露宴の席で、セドリックは優雅に笑っていた。


 絹のように柔らかなライトブラウンの髪を肩で揺らし、エリスは彼の隣に、まるで祝福のためだけに作られた飾りのように座っていた。


「まるでおとぎ話みたい。夢みたいだね」


 エリスが嬉しそうに囁いた。


 セドリックは頷いて銀のグラスを掲げた。会場には拍手と歓声が溢れ、誰もが笑顔を向けてくる。

 これでいい。ようやく、あの冷たい女から解放されたのだ。


 リリアナ。

 あの女は、いつも理知的な顔で他人の言葉に口を挟み、礼儀にうるさく、間違いを許さなかった。

 どんなときも背筋を伸ばして、人を値踏みするような目をしていた。

 美しいのは確かだったが、楽しさも甘さもない。女というより、よく磨かれた剣のような存在だった。


「見た? あれが新しい公爵夫人よ」


「すてきな方ね。あのドレス、エリスの趣味らしいわよ」


「リリアナ様と違って、ずっと柔らかい雰囲気だわ」


「公爵様にも、ああいう方のほうがお似合いよね」


 貴婦人たちのざわめきが、心地よく耳に届いた。

 リリアナの時と違って、誰もが微笑み、彼の選択を正しいものだと認めているようだった。


 あの女は、自分のことを誇りだと思っていたのだろうか。

 そう思うと、笑えてくる。冷たく、理屈ばかりで、笑えば皮肉に見え、黙れば軽蔑しているように映った。

 たしかに、知性や立ち居振る舞いは目を引いたが、だから何だ。

 女はもっと素直で、甘えて、男を立てる存在であるべきだ。


 エリスを見ろ。俺に尽くし、微笑み、すぐに腕に絡みついてくる。

 こういう女こそ、公爵夫人にふさわしい。


 なのに。

 ふと、グラスの中の赤いワインが揺れた瞬間、リリアナの髪の色が浮かんだ。

 あの冷たい瞳。静かに背を向けた最後の夜。何も言わずに出ていった姿。


 セドリックは首を振った。

 思い出す必要はない。もう終わったことだ。


「すべては俺の勝利だ」


 そう言ってグラスを空けた。


 テーブルの下で、エリスがそっと手を絡めてくる。笑顔を向けると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 これでいい。これが正解だ。誰が何を言おうと、今の自分は勝者なのだ。


「セドリック様、おかわりは?」


「ありがとう。エリス、今日の君は美しいよ」


「まあ……セドリックったら。セドリック様こそ、素敵です。どきどきしちゃいます」


 リリアナが、こんなことを言ったことがあっただろうか。

 記憶を探しても、出てくるのは冷たい目と、正論だけだった。


 終わったはずだ。

 それでも、またワインが揺れたとき、深紅の髪が脳裏をかすめた。


「くだらない」


 思わず漏れた言葉に、エリスが不安そうに顔を上げる。


「いや、なんでもない。少し飲みすぎただけさ」


 笑ってごまかすと、彼女は安心したようにまた腕を絡めてきた。


 やはりこれでいい。すべては順調だ。

 自分は公爵家の主で、栄光の中心にいる。


「これが、俺の勝利だ」


 セドリックはそう呟いた。

 エリスはうれしそうに、こくりと頷いた。

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