第18話 オフ会0人
我が社の人手不足は、もはや看過できない深刻な課題となっていた。
もちろん、錬金術師の数も足りない。父さんが、かつてブリュッセル大学で最後に錬金課程を卒業した一人として、旧友たちに声をかけてくれている。
社名に“錬金術”と堂々掲げているおかげで、特に西ワロンでは反応も良好らしい。
だが、実際に雇用へと至るまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
そもそも今、錬金術師として生き残っているのは、一人親方で地元と深く結びついている者ばかりだ。
そうした人たちが、そう簡単に拠点を移すわけがない。
とはいえ、僕が今すぐどうにかしなければならないのは――電気技師だ。
僕自身がハンダ付けや回路の修正をしている限り、新しい技術開発は一歩も進まない。
だが、僕には一つ武器があった。
ラジオ開始からニヶ月間、僕は“電気講座”の番組を放送してきたのだ。
放送枠は、先輩の人気番組の次だった。
少しばかり人気がなく、社員投票によって放送休止に追い込まれてしまったものの――きっと、リスナーの中には電気に興味を持ってくれた人がいたはずだ。技師の卵が、育っているに違いない。
僕は決意した。
“かつての電気講座のリスナーよ。我が社で、電気技師として働いてみませんか?”
そう書いた告知文を、番組内で読み上げてもらった。
ちなみにその枠は現在は近所の農家のおじさんが担当している農業講座になっていて、これが意外と好評。
悔しい。
告知では、次の月曜日にシャルルロワで就職説明会を開くと発表した。
ーーーーーーーーーー
その日は業務を午前中で切り上げ、意気揚々とシャルルロワに向かった。
いったい何人くらい来てくれるだろう。
ラジオの受信機はこの地域に数千台は出回っている。
そのうちの1%でも来てくれれば、50人。
説明をして、質疑応答をして、最後にはラジオ局見学なんかも――と、道中の僕はすっかり舞い上がっていた。
カリーヌ先輩の番組に届くファンレターが、いつも羨ましかったのだ。
僕の電気講座は硬派すぎて、リスナーからの手紙を読み上げる時間など設けていなかった。
そのせいか、放送期間の二ヶ月間、ついに一通のファンレターも届かなかった。
だからこそ、今日こそは。
ついに僕の“視聴者たち”と触れ合うことができる。
そう思うと、昨晩は嬉しくてなかなか眠れなかった。
広場の一角。
紙で作った簡単な目印を立てて、僕は待った。
……でも、来なかった。
開始時間を過ぎて30分。
それでも、来なかった。
1時間。
やっぱり、誰も来なかった。
広場を行き交う人たちは皆、目を逸らすように通り過ぎていった。
やがて、日が傾きはじめる。
人通りもまばらになり、ついには僕だけが取り残された。
と、その時――
近くの雑貨屋のスピーカー付きラジオから、神父様の朗読する聖書の言葉が流れてきた。
「私たちは彼を避けるように顔をそむけた。
彼は侮られ、私たちは彼を尊ばなかった。」
イザヤ書第53章。
まるで今の自分に向けられたようなその一節が、誰もいない広場に静かに響いていた。
僕はそっと荷物をまとめて、肩にかけた。
誰にも必要とされなかった就職説明会のあと。
何も成し遂げられなかった月曜日の午後。
それでも、空はどこまでも澄みわたっていた。
帰り道に差し込む夕陽が、なぜか目にしみた
ーーーーーーーーーー
我が社のビジネスも、ついに次の段階へと進もうとしていた。
これまではラジオの“受信側”、すなわち受信機の販売で利益を上げてきたが――今後は“送信側”、つまりラジオ局の側でも収益を出していこうと考えている。
そう、ラジオコマーシャルの導入だ。
僕たちが作った送信設備をもっと多くの場所に広げていくためには、ラジオ局という事業自体が採算の取れるものであると、投資家たちに示す必要がある。
我が社のように、受信機の製造と販売によってラジオの波に乗れる企業は例外的だ。
通常のラジオ局は、広告収入によって放送事業を自立させなければならない。
ただ、僕たちは技術者の集まりであって、営業は決して得意ではない。
ラジオCMの枠を埋めるためには、相当な苦労をした。
値段もかなり下げて、ようやく全ての枠に何らかのスポンサーをつけることができた。
この取り組みを通して、今では「ラジオ局」という投資商品そのものを売り込むようになっている。
初期投資に加えて、維持費をコマーシャル収入でまかなえるという、ひとつのビジネスモデルを提示したのだ。
僕たちのラジオ局が、そのモデルの成功例となっていたからこそ、問い合わせは絶えることがなかった。
……実際にはCM枠をほぼタダで売っていたので、ラジオ局単体では赤字だったけども。
そしてついに、ベルギー国内で初めて、僕たちが直接販売した送信設備を使った「新たなラジオ局」が誕生することになった。
場所はシャルルロワ。
以前から僕たちのシメイの放送が受信できていた都市で、鉱石ラジオの普及率も高い。
新しい局の設立には、地元の新聞社が手を挙げてくれた。
利益はもちろんのこと、自社の報道内容を広く届ける手段として、ラジオの「影響力」に目をつけたのだという。
これは、僕たちにとっても記念すべき「初の販売局」だ。
放送のノウハウから番組編成の仕組み、CMの入れ方まで、全力で支援させてもらった。
街中という立地のため、アンテナは新聞社の屋上に鉄骨を組んで設置することにした。
高さ16メートル、シメイの塔と同じ構造だ。
試験放送が行われた日、僕は工房の鉱石ラジオで音を拾ってみた。
音質は上々。クリアな音声が流れてきた瞬間、思わずガッツポーズをしてしまった。
ラジオにつけていた選局つまみが、ようやくで役に立つ日が来たのだ。
これから、ベルギー中にラジオ局が建ち並び、競い合うようになるだろう。
そして、現代における“ラジオ文化”と同じように、切磋琢磨の中でより良い番組が生まれていくに違いない。
それが僕の――僕たちの、願いだった。
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