『エゴ・リセット・プログラム』 ~別人に生まれ変われるという制度を受けなかったら、日本から命を狙われることになった件~

ねすと

第一章

第1話 わたしね、自分が嫌い

 愛好あいこう 日借ひかりとの会話はいつだって「嫌い」から始まり、そして「嫌い」で終わっていた。


「わたしね、自分が嫌い」


 それは僕の誕生日でも同じで、いつものように――朝、学校であったときと同じように、日借は悉く自分を否定した。


「わたしが嫌い。この目が嫌い。この鼻が嫌い。この頬が嫌い。この耳が嫌い。この頭が嫌い。この脳が嫌い。この手が嫌い。この髪が嫌い。この口が嫌い。この歯が嫌い。この唇が嫌い。この腕が嫌い。この肘が嫌い。この指が嫌い。この爪が嫌い。この首が嫌い。この胸が嫌い。この肩が嫌い。この背中が嫌い。このお腹が嫌い。この臍が嫌い。この腰が嫌い。このお尻が嫌い。この股が嫌い。この性器が嫌い。この腿が嫌い。この膝が嫌い。この脛が嫌い。この踝が嫌い。この踵が嫌い。この足が嫌い」


 そして。

「わたし自身が大嫌い」


 そして。

「誕生日おめでとう。楽鬼がっき


 そして。

「それでえっと……いくつになったんだっけ?」


 ずっこけそうになった。公園のベンチに座っているのに、そのまま前に倒れそうになる。


「……16。昨日まで、お前と同じ年だったはずだよ」


「ああ。そうだったそうだった。確か、同じクラスだったよね」


「そうだよ。小学校から今日まで、ずっと同じクラスで同い年で幼馴染だよ」


「感慨深いよねえ」


「……僕の年齢も忘れてたのに?」


「年齢が上がって喜ぶ歳でもないでしょ。だから、うっかり忘れちゃうんだよね。今自分が何歳なのか、楽鬼が何歳なのか。周りもみんな同い年だから、いちいち確認なんかしないしさ」


「それはちょっと、達観しすぎじゃないか?」


 誕生日は、まだ僕の中では重要なイベントの一つになっているというのに。

 わくわくするほどではないにしろ、そわそわするのは事実だった。 


「わたし、良くも悪くも学生だもん。達観して大人ぶるのは、こういう年頃の特権だと思わない?」


「じゃあ、まだお前は誕生日を心待ちにしてるってことでいいのか?」


「どうだろう」と、日借ははにかんだ。「わたしの誕生日は夏休み後だからね。心待ちに”してた”けど、心待ちに”なる”かは、わからないな」


「………………」


「小学校って、確か6才からだよね。そうなると、これでちょうど10年か。区切りとしてはピッタリだし、やっぱりこれは感慨深いってことになるんじゃないかな?」


 10年。

 6歳の僕の誕生日から始まり――そして今日、僕は16歳の誕生日を迎えた。


 あまり気にしていなかったが、言われてみると確かに、区切りという意味ではピッタリなのかもしれない。


「ね、楽鬼」


 そういって僕を向く日借の顔は。

 いつものように、疲れて疲れて疲れて疲れて、それでもなんとか絞り出して、ようやく人に見せれるように作りあげた笑顔を見せて、僕に言った。


「どうせこれで、最後になるんだしさ」

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