「先パイッ!「ビーエル」って何ですかっ?」

AnnA

第1話 出会い

「あっ!先パ〜イッ!今からご飯ですか〜っ?」


そう言いながらアイツはいつものように満面の笑みでこっちに小走りでやって来た。学内のカフェテリアで昼時だから学生が溢れている。


ここに居る人間のほとんどが俺とアイツのやり取りに注目しているのが分かる。


学生も教授達もキッチンの調理スタッフ達もだ。


俺は小さく「ハァ…」と溜息をつきつつ、アイツが目の前に来たので「ああ、今から飯」と、いつものように低い声でボソッと返事をした。


愛想もクソも無いのは百も承知だが、こうするのには訳があるというか…正直かなり面倒臭いからであって、冷たく接して早く今の状況から解放されたいのだが…


肝心のコイツには全く伝わらずの日々だ。


「先パイッ、あのぉ〜1つ聞きたいことがあるんですけど〜」


「…何?」


「先パイッ「ビーエル」って何ですかっ?知ってますかっ?」


「…はぁ…?」


これだ。これが面倒臭すぎるし、ウザ過ぎるし、イライラしてしょうがねぇから一刻も早く解放されたい訳だ。


カフェテリアの連中にとっては面白いかも知れないが、こっちはいい迷惑だ。ほら見ろ。


皆驚いて、ざわついて、俺らのやり取りを笑ってるし、俺の連れ2人も「へっ⁈」って言うと同時に笑いを堪えてるし、コイツの後ろにいるコイツの仲良しグループは吹き出して笑いを噛み殺してる奴、腹抱えて声も出ねぇ程笑ってる奴…。


おそらくこの質問をする原因になったであろう集団は奥の方で真っ青で「え〜〜っ⁉︎ちょっとぉ〜〜〜っ⁈」と慌ててる。


本当に腹が立つ…が、ここで怒ってもしょうがない。


コイツは全くもって悪気も何も無いのだ。ただ純粋で子供のように素直というか子供そのものって感じだから。


本当にBLが何か分からないだけなんだ。

俺は鼻からフーッと静かに息を吐き、冷静さを保ちつつ「さぁ?知らないな」とボソッと返した。


「そうですか〜先パイなら本とかに詳しいけん、知っとるかな〜っち思って〜」


「いや、知らないな」


「すんません何か…」


「別に」


「何なんですかね〜?ビーエルって」


「…本なのか?それ」


「ん?あ〜サークルの先パイ達がいつも言いよんけん、本とかの事やと思うんですけど〜」


「そうか…悪いな力になれなくて」


「えっ⁈全然ですよ〜〜っ!!むしろすんませんっ!自分で調べんで先パイに聞いて…!」


「いや、別に。サークルの人達の方が知ってるだろうから、そっちに聞いて教えてもらった方が良いと思うぞ」


「そっすね〜!そうします!すんません、いきなりお邪魔して…長崎先パイ、宮崎先パイもすんませんでした!」


俺の連れ2人は笑いを堪えながら「い…いいや?全然…!ふっふふっ…」と何とか返し、周りで見てる連中も笑いを堪えているのが分かる。


分かって無いのはコイツだけで、奥に居るサークルの先輩方は顔が青いやら紅いやら、滝のような汗を流して一刻も早くこの場から消えて無くなりたい事だろう。


フン、ザマァ見ろ!お返しだ。こんな状況作った漫研サークルめ…。


コイツの考え方とか行動を予測出来て無いが故のミスだなザマァ…


「先パイ、何食べるんですか?」


「…カレー」


「あっ!!いいっすねっ♪俺もカレーにしよっと♫一緒に取りに行ってもいいっすかっ?」


「…ああ」


「やった〜♫あ、もう食券買いました〜?宮崎先パイ達もカレーですか?」


「いや、俺らは今日は麺類の気分で」


「あっ麺類っ…出汁が黒いんですよね?」


「そーそー、こっちはこれが標準なんだよ〜」


そうして、俺の気持ちになんか全く気付くことも無く、アイツは親と一緒にフードコートに来た子供のようにニコニコのルンルンでカレーを受け取り


「じゃあ先パイ、俺 友達と一緒に食べるんで失礼しま〜す!ありがとうございました〜!」と部活生のように礼儀正しくペコっと頭を下げ、バイバ〜イと言わんばかりに笑顔で手を振って…子供みたいだ。


ホントに子供みたい。キッチンスタッフの人達からも「あら〜今日はカレー?」と、もう顔もキャラも覚えられてるし…何で俺なんだろう?アイツ…。


「な〜お前、もっと愛想良くしろとは言わねえけど、「じゃ〜な」とか「またな」とかくらい言ってやったらいいじゃん?」


「そーそー、見てて可哀想だわ何か…あんなに良い子…つーか何つーか…」


「健気…?ってやつかな?」


「あー!それだ?たぶん」


「…早く食わねえと麺伸びるぞお前ら」


「も〜話しそらす…つーか、何でお前なんだろな?」


「ホントに〜!入学前にあった記憶とかねえの?」


「無い。何で俺なのか、俺が一番聞きてぇし謎だ」


「聞きゃあいいじゃん!つーか聞きたいわマジで。お前のどこがそんなに良いと思ったかをさー」


「分かる〜!明日もたぶん声かけに来るだろうからさ〜。つーか、かわいいよなぁ〜♡ピュアっつーか」


「顔も性格もカワイイよなぁ〜♡…男だけど」


「…先行く」


「あっ ちょっと!何でカレーのお前のが食うの早えんだよっ」


「ベラベラ喋ってるからだろ」


そう言って俺は先にカフェテリアを出た。全く…他人事だと思って…腹立つ。


アイツのせいで最近ずっとイライラしてる俺。いや、アイツが悪い訳では無いな。面白がって周りで盛り上がってる連中がムカつくんだよ。


暇つぶしのネタとして、皆で盛り上がる学内共通の話題として使われてんのが腹立つ。


この頃ずっと寝る前に考えてる。ベッドに横になったら無意識に。


何で俺なのか?どれだけ考えても分からねえ。謎だ謎。


おかげで読書ペースがガタ落ち。読みたい本の積読タワーが最長記録を更新し続けてる。


それなのに今日もまた この謎を少しでも解明したくて、明日土曜だし、もう一度アイツと初めて会った(と俺が思ってる)日から今日までを思い返してみる。



初めて会ったのは新年度が始まって一週間くらい経った時だった。


今年入学の一年生が講義室はどこかとウロウロ、キョロキョロしてる時期だ。


俺と長崎、宮崎は次の講義室に向かっていて、その講義室のドアを塞ぐように学内のヒエラルキーのトップにいる、SNSのフォロワーが一万以上の陽キャ集団が立ち話をしていた。


俺らは顔を見合わせて後ろのドアから入ろう、とアイコンタクトをした。


するとその時「っ!!あああ〜〜〜〜〜っ⁈マジでっ⁈⁈」と廊下の奥から大声が聞こえて、その場に居た全員…同じフロアに居た全員が驚き、声のした方を見た。


既に講義室内に居た人達も何事かと廊下の方に目をやった。その声の主がアイツだ。


遠目からでも分かる程 満面の笑みで瞳をキラキラ輝かせ頬は紅潮して、子犬…いや子鹿…いや人に例えるなら


まるで小さい子供が「抱っこ〜〜っ!」と言いながら両手を広げて保護者の所へ全力で走っているような感じだ。


アイツはピョンピョンと子鹿が跳ねるような走り方で一直線にこっちに走って来る。速い速い。


あの場に居た全員が同じ事を思っていた。アイツの反応、走ってる方向、目線の先…


インフルエンサー達のファンなんだろうな、憧れの人を見つけたんだろうなと全員が思ったし、インフルエンサー達も自分達のファンなんだなと思った。


だからニッコリ微笑んでスタンバってたのに…アイツは一瞬で真横を通り過ぎ…


全員が「え⁈」と思ったのも束の間、何と俺の真ん前でビタッと止まった。


俺を含め全員が、???となっていたけど、アイツは「ああ!やっぱり!!」という表情をしてからニカッと笑い、更に瞳を輝かせて 本当に最高に嬉しいと 顔に書いてあった。


俺だけじゃなくて 両サイドに居た長崎、宮崎もそう思ったし、アイツの表情を見てた全員がそう思った。


ただ俺を含めた全員が「?????」だったけど。アイツはそんな事に全く気付かないようで


「あっ あのっ! 俺っ渚央って言いますっ!朝日 渚央あさひ なおですっ!!」と自己紹介を始めた。


「あのっ!お名前はっ?聞いても良いですかっ⁈」


「あ…ああ…あ…き…よし…です…けど…???」


この瞬間全員が「えっ⁈そっち⁈なんで⁈」と思ったのは言うまでも無く、俺はあまりにも予想外過ぎて頭が真っ白というやつだった。


「…えっと…秋…吉…さん?」


「あ…いや、嵯峨です」


「え?佐賀?」


「苗字が嵯峨さが、名前が旭克あきよしですけど…あの…一年生ですか?」


「はいっ!あ、先パイですかっ?」


「ああ…2年です…一応…」


「あっ そうなんですね!あのっ先パイ!!俺と友達になって下さいっ!!」


「…あ…は…?え…⁇」


全員が「えええ〜〜???」と思ったけど教授が来ていて「講義始めるよ〜?」と言ったのでそこで解散となった。


ちなみにアイツは隣の講義室で、俺とは専攻が違うことだけが分かった事だった。


ああ、あと名前だけが 今知った情報だけど…何で俺⁇と、この一部始終を見ていた全員が思っていた。


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